第172話 ギルドの苦悩
「これは何なのよ」
「商業ギルドからきた要望書です。飛行機に乗りたいという方の予約の一覧と、回数を増やしてほしいとの依頼ですね」
この間の話で話題になった『飛行機で空を飛ぶツアー』です。懐疑的だった私は1日おきに1回ずつで話を進めたのです。
フロンティーネを飛び立って、王都、北の山脈、バオアク、ニール、カルセア島と廻ってフロンティーネに戻って来るコースです。3時間ぐらいですかね。飲み物とお菓子ぐらいは出しますよ。
ところが蓋を開けてみればギルドがどんな宣伝をしたのかは知りませんが殺到してるんです。ただの観光ですよ。それに結構な料金も頂くんです。
「ミルランディア様、ツアーの回数を増やすべきです」
「今は珍しいから集まってるけど、すぐに廃れるんじゃないの」
「確かに今は珍しいということもあって注目を浴びていますが、このツアーが廃れることはないと思います。国内のいろいろな所を纏めてみられるなんて言うのはこれでしかできませんから。それに少し前に建てた大きなパーティー会場があるホテル、ここでパーティーを開く貴族の方が最近は増えてきて、このツアーとセットにしたいという声が多いのです」
「そう言うものなのね。であれば今は1日おきだから毎日やるようにすればいいかな」
「とりあえずそれでお願いします」
領海軍航空隊をもう1部隊増やそうと思ってたけど、大型の飛行機も1機か2機追加しておいた方が良さそうね。資材はあるから……、何とかなるか。
新しいホテルって言うのは8階建ての建物が5棟、全部で200室もある立派なものです。そしてそのお客様が一堂に会せるぐらいのパーティーホールを備えています。小さめのパーティーホールにバーラウンジと、ある種異質な空間が広がる場所になっています。
ここには貴族の別荘がそれなりにありますからねぇ。お茶会や少人数での食事会などであれば問題はないのでしょうけど、ちょっと大きめな会合やパーティーとなるとここを使うみたいなのです。あと商家の人なんかもここ使ってるみたいです。
**********
「ミルランディア様、少しよろしいでしょうか」
「何かあった?」
「……はい」
「……はい?」
話によると最近冒険者の目に余る行いに、領民が困っているとのことでした。飲食店や酒場での無銭飲食、椅子やテーブルの破壊、領民に対する暴行事件などいろいろな問題を起こしているそうです。もちろんそういう事をするのは一部の冒険者であって、多くは問題を起こさない人たちなんですけど。
「わかったわ。ギルドに改善を求めればいいかしら」
「それでお願いします。ただ、改善されなかったら……」
「分かってるわよ。私にとって大事なのは領民よ。ふざけた冒険者なんかに用はないわ。そのうえそのような冒険者をかばうようなギルドだったら、私も対応を考えるから」
ギルドマスターを呼んでもいいんだけど、そうすると警戒されちゃうでしょ。領主が呼び出したとなればただ事じゃないことぐらいは分かるでしょうから。だから知らん顔して私がギルドに行きました。流石に絡んでくるバカはいませんでしたけど。
「マスターはいる?」
「今お呼びいたします。部屋にいると思いますので」
「いいわ、それならこちらから訪ねるから。誰かついてきてくれない」
「わかりました」
ついてきてくれたのは
「マスター、領主様がお見えです。案内してきました」
「分かった。入っていただいて」
案内してくれたサブマスが戻ろうとしたので、一緒に話をするようにと引き止めました。
「これはミルランディア様、ご機嫌麗しゅう……」
「堅苦しい挨拶はいいわ。それに機嫌がよさそうに見えるかしら」
「……」
「まあいいわ。それよりギルドの方にお願いと言うかやっていただくことを伝えに来ました」
「それは……」
「最近領内において、特に街中で冒険者の問題行動が目立ちます。実際に被害にあってる人も多いのです。そこでギルドには冒険者に対して綱紀粛正を徹底するように通達を出していただきたいのです」
「はぁ。ただギルドとしましては依頼に関してですとか素材などの買取といったそういったことに関しては指導などはしますが、そういった冒険者活動外のトラブルに関しては……」
「出来ないとおっしゃるのですか」
「そういう訳ではありませんが、彼らの生活に関してはギルドとして責任は負いかねるというか……」
「でも実際に被害が出ています。無銭飲食や備品の破壊など。ギルドの酒場で暴れるんでしたら私は何も言いませんよ。でもね、ギルドの外、普通のお店で起こしてるんですよ、ギルド所属の冒険者が」
「だからそれは彼らの姿勢の問題であって、ギルドでは……」
「じゃあ何ですか、被害にあった人たちに泣き寝入りしろと、そうおっしゃるのですか」
「そうえはなくて、当事者同士で話をしていただければと」
「乱暴な冒険者と一介の酒場の主人とで冷静に話ができると思っているのですか」
「ですがギルドとしましてはそういった個別案件までは……」
「マスター。ここは冒険者に対して注意喚起を行いましょう」
「すぐにお願いします。一週間の猶予を見ます。その間に改善させてくださいね」
「しかし…「分かりました」」
「成果を期待していますよ。冒険者の管理もできない集団と言われないようにしてくださいね」
**********(side ギルド)
「一体何なんだ」
「落ち着いて下さい、マスター」
「ここまで言われて落ち着いてなんかいられるか。そもそもギルドは国の組織の一部じゃない、独立した組織なのだぞ。それを領主ごときが偉そうに」
「待って下さい。今ミルランディア様と対立するのはマズいです。ここで得られる素材の需要は高まる一方なのですよ」
「そんなことは分かってる。だがな、領主の言いなりって訳にはいかないんだよ。幸いここは魔物の棲む森が街の北側と南側に広がっている。この街を魔物から守っているのは私たち冒険者ギルドなのだよ」
「そうでしょうか。確かに魔物の棲む森は広がっていますが、丈夫な街壁に守られて街中での魔物による被害は殆どありません。それにここの領軍は軍隊に対する練度はさることながら、対魔物に対しても相当なものがあります。一説にはAランクの冒険者に匹敵するとか」
「討伐は出来るかもしれんが、護衛任務とかはどうするんだ」
「今は乗合があります。ここからならクロラントまで1日、クロラントから王都までだって1日ですよ。冒険者を雇って馬車で行くよりよっぽど安く行けてしまうんです。そうなるとここで冒険者が出来る仕事は採集だけになってしまうんですよ」
「それだけでも我々の意味があるという事ではないのか」
「もし商会が採集を専門にする組織を作ったら、どうなると思います」
「そんなものギルドが潰せばいいだけだろ」
「恐らくそれは出来ないと思いますよ。ギルドは国から、領から独立した組織ですけど、商会は領民がやる事です。まして領政府が事業として採集を行うというのであれば、切られるのはギルドですよ。ミルランディア様は冒険者としても活動されています。ですから冒険者の強み弱みを知っています。ギルドが独立した組織と分かった上で、ミルランディア様とはうまくお付き合いしていかなければならないのです」
「たかがCランクの冒険者の話を聞けと言うのか」
「あの人がCランクと言うのは、指名依頼を受けないためだそうです。領主で王族であるミルランディア様が指名依頼を受ける訳にはいきませんから。それに魔法を使えばAランクの冒険者が束になってもかないませんよ。あの『アズラート帝国崩壊の3日間戦争』で敵を全滅させたのは、ミルランディア様の魔法だそうです」
「仕方あるまい。ギルドとしては不本意ではあるが、ギルド員並びに冒険者に対して注意喚起を行う。それでいいな」
「それだけでは不十分でしょう。一応対策は考えておかないと」
「対策?なんのだ」
「冒険者の行いが正されなかった場合ですよ。彼らが『はい、分かりました』と素直に行動を正すと思いますか。問題を起こすのは一部の冒険者、パーティーでしょうけど、街の人から見れば『冒険者は野蛮だ』としか映っていないでしょう。ですから一部の冒険者によって冒険者全体の評判が下がることを抑えなければならないんです」
「だが、誰が素行の悪い冒険者かなんてわからないだろう」
「だから調べないといけないんですよ。人を割いてでも。恐らくしないと大変なことになりますね。無銭飲食や備品の補償などは全てギルドに回ってくるでしょう」
「拒否したら」
「冒険者が退去させられるでしょうね。迷惑をかける冒険者は要らないということで」
「この街から冒険者がいなくなるとでも。そんなバカなことはあるまい」
「可能性の話ですよ。ミルランディア領がギルドから買う量も減るかも知れませんし、ギルド員の管理もできないとして単価を下げられるかもしれません。そうなればここで使えるお金に影響が出ます。それにこういった話は噂としてすぐに広がりますよ。それにミルランディア様は国王陛下と並んで影響力のある人です。対応を間違えないようにお願いしますね」
「あ……あぁ」
「あと、これって上に報告をあげなければいけない案件だと思いますので。報告書をあげておきますね」
**********
一応注意喚起は始めたようです。何か所か張り紙をしたようですし、受付でも話しをしているみたいです。効果が上がればいいですけど、五分五分ですかねぇ。
さすがにすぐに問題を起こす人はいませんよね。でもね、慣れと言うのか、聞く気がないのか、習慣と言うのか、三日もすればだんだん綻んでくるんですよ。依頼の失敗や怪我などで気がたっているのでしょうけど、酒場で言い争いから喧嘩になるケースも少しずつ出てきたようです。でも3日ですか。3日しか持たないなんて、アンタたち一体……
「あれからどうです?」
「注意喚起は続けています。一定の効果は出てると思いますが」
「ならこれはそちらでお願いしますね。この1週間で起きた無銭飲食、店の備品の破損、窃盗などの被害の一覧です」
「しかしそれはギルドではなく冒…「分かりました。こちらで対応いたします。ところで詳細についてはご存じなのでしょうか」」
「ちょっと君、勝手なことをするんじゃないよ」
「マスターは黙っていてください。私はギルドのためにしているんです」
「なら君はクビだ。すぐに……」
「ちょっとさぁ、言い争いなら後にしてくれない。私だって暇じゃないんですよ。それにマスター、たった1週間よ。それぐらいも大人しくさせられないの。冒険者ギルドって言うのはその程度の事もできない、冒険者の管理も扱いもできない無能な集団なの。素行の悪い冒険者を放し飼いにするくせに責任は一切負わない無責任な集団なの。もういいわ、ギルドに対する対応は考えさせていただきます。差し当たっては冒険者ギルド並びに冒険者との取引は控えるようにとの通達を出しますので」
「ちょっと待って下さいよ。そんなの横暴じゃないですか。権力を傘にそんなことが許されると思ってるんですか」
「確かに商会に対してだったらこんなこと出来ませんよね。でも商会だったら改善を命令できます。その点ギルドに対しては命令はできません。ですからお願いに上がったのですよ。その結果がこれ、ですからギルドには誠意ある対応をお願いするんです」
「お願い?誠意ある対応?ふざけるな、ただの圧力じゃないか」
「そちらのサブマスターの方は分かっていただけたようですが」
「奴はさっきクビにしたんだもうサブマスターじゃない」
「マスター……」
「で、私の話は聞いていただけるのですか?」
「そんなの聞くわけないだろ。そもそもギルドは冒険者の尻拭いをする組織じゃない。奴らの不始末をこっちに持ってくるんじゃない」
「仕方ありません。明日から3日の間で領民でない全ての冒険者の退去を命じます。それを越えて滞在した場合は拘束することもあります。現在ダンジョンや森に出ている人たちについては短期の滞在許可を出しますが、本日以降森などに行くものについては対象としませんから。それから本日以降冒険者並びにギルド職員の街中の店の使用を制限します。領令として出しますのでギルドでも早急に冒険者への通達をお願いしますね」
「そんな、横暴な」
「私は領民と領の治安を守るための措置をしただけです。マスターは冒険者側に非があることを承知しているにもかかわらず、話を打ち切る決断をした。こうなってしまった以上、冒険者ギルドはミルランディア領において敵認定ですよ。もう生半可な改善策じゃ回復などできませんから。当面の間冒険者活動を目的とした訪問についても認めませんので」
「ギルドを閉めろと言うのか」
「そんなこと言ってませんよ。それにそんな命令できないでしょ。悪い冒険者に出て行ってもらうだけです。ただ誰が悪いか分かりませんから全員一旦出て行ってもらうだけです。暫くは入れないということについて知らせておかなければなりませんから、王国中のギルドに通達は出しますけどね」
「そんなことになったらこの支部は……。そうだ採集はどうするんだ」
「それはすでに領の事業として立ち上がっていますからご心配なく。冒険者の乱獲から資源を守るためにも、計画的な採集をするようにしていますので。領内での冒険者活動が無くなりますからポーション等の需要は減りますので、採集についてはあまり影響はないですね。ご心配ありがとうございます」
「分かった。もう出て行ってもらおうか」
「冒険者への通達の方はお願いしますね。それでは」
「お前も出て行くんだよ」
「マスター……」
領令はすぐに出されました。冒険者の混乱は言うまでもありません。3日で退去。しかも不正に留まった場合、期間に応じて鉱山での強制労働が課されるとのことで大騒ぎです。
街中の飲食店や酒場には『冒険者お断り』の張り紙が出された所も数多くありました。でも中では楽しそうな会話が弾んでいるんですよ。
元サブマスター、名前はリンダさんと言うんです。女性の方です。受付周りの責任者だったみたいです。歳は私と同じぐらいかな。見た目じゃないよ、実年齢の方ね。
あの後話をしたんですけど、マスターの対応によってはこうなることも予想していたみたいです。だからあそこで無理に割り込んだのね、ギルドを守りたいという思いから。マスターに潰されちゃったけど。
結論から言うと最終的にいろいろ決まるまでは私のところで働くことになりました。私の所って領ね。ギルドに戻りたいって気持ちはあるみたい。でもあのマスターの下は嫌みたいで、王国本部の結論待ちみたいです。私としては優秀な事務の人を雇えるんだからそっちの方がいいんだけどね。
**********(side ギルマス)
俺は、間違っていない……はずだ。だがどうして。冒険者の素行が悪いことなど織り込み済みだろう。一握りの冒険者に対する処置が全員の退去だと。無銭飲食の補償などできるはずがない。前例を作ってしまえば奴らの飯代を全てギルドが持たなければならなくなる。一部の冒険者じゃない、全ての冒険者のをだ。
あれ以降ギルドへの新規の依頼は激減した、あってもどぶ掃除や草刈りぐらい。駆け出しの冒険者がやるような仕事だ。これだけじゃギルドの運営に支障が出る。当面の金だけは本部に融通してもらわなければ。
あの時、どうするのが正しかったのだろうか。引き受けるのはダメ。突っぱねたのもダメだった。歩み寄れたのか。サブマスは何をしようとしてたんだ。犯人探しでもするつもりだったのか。分からない。
俺はこの先どうなるんだろう。今回の件は俺にとって大きな失点だ。初めの報告書は既に提出してしまっている。詳しい説明を求められるに違いない。領主とサブマスに責任を押し付けることは出来るのか。出来たとして冒険者のいない冒険者ギルドをどうしろと言うのだ。この状況で領主との話し合いは現実的じゃない。だが本部と領主が話をすれば、私の説明とは異なった面からの話になるだろう。私はギルドのために冒険者の尻拭いを断った。領主は領民の安全と治安を守るために冒険者を退去させた。私に分があるのだろうか。
私はこの支部での実績を手土産にして本部でのポストを得るはずだった。クビにはならないだろうが、このままでは田舎のギルドに飛ばされてそのままそこで終わりかも知れない。俺のキャリアが……
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