第149話 スティルガノ大神

「龍神様、突然訪ねて来て申し訳ございません」

「かまわん。どうせすることもないしな。大神様のことで来たんだろ」

「そうですけど、何故それを」

「世界樹の記憶が騒いで負ったからな。其方が神のことを知りたがっているとな」

「そうなんです。そこまでご存知であれば話が早いんですけど、大神様と言う方はどのようなお方なのでしょうか」

「その前になぜ神について知ろうとするのだ」

「それは………」

ナビちゃんとのやり取りを掻い摘んで説明しました。

「なるほどな。でその大神様だが、その前に其方はこの世界の歪さについて知っているのか?」

「歪さ、ですか?いいえ分からないです」

「この世界には神の祝福や加護と言ったものが殆どないのだ。私は神の1柱ではあるが、加護を与えることは出来ない。大神様、スティルガノ神に止められているのだ」

「スティルガノ神と言うのが大神様なのですね」

「そうだ。今この世界でスティルガノ神様の加護を受けている者は恐らく2人。1人はこの私だ。そしてもう一人は精霊神。そ奴だけであろう」

「スティルガノ神様が加護を与える者って神って事ですか?」

「そうではない。私が加護を受けたのは20000年ぐらい前の事だ。私がまだ若かったころだな。まだそのころの私はもちろん龍神などではなくただの竜だった。私の他にも加護を受けた者もいたな、今はもう誰も残ってはおらんが。精霊神も同じ頃ではないかな」

「と言うことはその頃まではスティルガノ神様は普通に加護を与えていたという事なんですね」

「そうだ。加護だけではない。大地の祝福なども頻繁に行っていた。それがあれを機に一切やめてしまったのだ」

「何があったんですか?」

「古代文明の暴走。今の人間たちがそう呼ぶ事件だ。聞いたことぐらいはあるであろう」

「ええ。ハイデルランドにあった古代国家が、禁忌に触れたとか神の怒りに触れたとかで文明から何から全て葬られたと言われているお話ですよね。ハイデルランドではその遺跡と言われるものが見つかっています」

「思いあがった人間が神の怒りを買ったのだ」

「何をしたんですか?」

「全ての生きとし生けるものを支配し、剰え神までも支配しようとしたのだ。手に余るものを滅しようとしてまでな。実際神を滅することなどその時分でも、もちろん今でも出来はしないのだがな。だが思いあがった人間どもにスティルガノ神は神罰を下し、それ以来一切の加護を与えることはなかった。祝福もな」

「そんなことがあったんですか」

「長い年月が過ぎ、加護を持っている者も2人となってしまった。人間を始め全ての生き物が加護のない今の世界を当たり前と思っているのだ。だが事はそれだけではないのだ」

「他にもあるんですか?」

「スティルガノ神様は何もしていない訳ではない。今でもこの世界をじっと見ているのだ。そして身の丈に合わない力を持つ者、強大な欲に塗れた者を排除している。この間のモルーマがその例だ。スティルガノ神様は今や祟り神となっておられる」

「……と言うことは、もしかして私も?」

「そうやもしれぬ。スティルガノ神様から見れば其方の力が身の丈に合わないと思ったのであろう」

「じゃぁこの先もヘンネルベリは厄災に見舞われるって事?」

「そうかも知れぬしそうでないかも知れぬ。確かに其方は大きな力、いや大きすぎる力を持っている。だがそれを欲望の糧に使ってはいない。人の起こした罪には厳しく、自然の災いには優しくその力を使う。このことはスティルガノ神様も見ておられるであろう」

「私の声を届けることは出来ますか?」

「出来るかも知れぬが期待はせぬことだな。恐らくではあるがスティルガノ神様は其方のことを気に掛けている。其方が神に近づこうとするのであれば排除されるであろう。目の前のことを真摯に行うのであればその様子も伝わるであろう」

「分かりました。今まで通り私がやるべきことをやるようにします」

「人間の作った神でも構わない。神への祈りはスティルガノ神様へ通じるであろう」



龍神様にいろいろなことを教えてもらいました。でも公に出来ることはないですね。女神サファール様のことも大神様スティルガノ様のことも。サファール様のことを言っても教会との軋轢を生むだけだし、ましてやスティルガノ様のことなど言える訳がない。教会が作り上げた女神サファール様であったとしても今では私たちの心の拠り所なのだから。そしてこれから先も。


龍神様にも私の力は大きすぎるって言われた。欲望の糧にしないということは分かるけど正しい使い方と言うのはよくわからない。今までだってその使い方が正しいかと言われると自信はない。私中心にしか考えていなかったから。

私利私欲に走ってる訳じゃないと思う。あっ、盗賊狩りの慰謝料請求はダメかも。盗賊に苦しめられる人から見れば盗賊を退治することはいいことだし、私だってただ働きはしたくない。私にちょっかいを出してこない盗賊団は基本無視だし、盗賊団については今までと同じでいいや。

悪事に手を染めている貴族は?ヘンネルベリ王国の貴族であれば国の決まりに従って処分する。これは前から同じだね。若いころに大暴れしたサウムハルト事件も魔薬事件も、解決に手は貸したけど処分は国がした。ウィンの一件は私は冒険者だったし向こうはウィンを攫った。私からすれば権力を盛った盗賊と同じ。ならこっちも今まで通りだね。


よしっ、無理に何かをするんじゃなくって今まで通りで行こうっと。



**********



『龍よ、あの人間は何だ』

『大神様。あの娘はミルランディアと言いヘンネルベリ王国の王女『そんなことを聞いているのではないっ!あの力は何なのかと』』

『私にもよくわかりません。特異であるということは間違いないと思いますが』

『排除すべきものと言う事か』

『お待ちください。あの娘、竜族に生まれた聖銀竜の血を得た者です』

『であれば尚更ではないか』

『ただその血もあの娘が望んで得たものではなく、聖銀竜が自らの意思で与えたものなのです。それ故あの娘は悩んでいます。その行き先を竜族に向けることなく、ただ只管自分がどのように生きるかと言うことに向けてです。あの娘の寿命からすればまだ始まったばかり、竜族はあの娘を支えていくことにしたのです』

『竜が支えるのか。龍よお前もなのか』

『はい。私を含めた龍族で支えていきます。なので大神様、あの娘を排除することはお考え直し頂きたい』

『そこまで龍が言うのであれば少し様子を見よう。魔素の狂いも流行り病も見事に切り抜けていたしな』

『やはりあれは大神様が……』

『仕方あるまい。大きな力を持つものはこの世界に災いを引き起こす。私はこの世界の安定のため、そういった棘は抜き去る。これからもな』

『ではモルーマも大神様が』

『あそこは力と薬で周りと自然を侵していた。禁忌に近い薬を使ってな。そこへ異界を繋ぐ大規模な時空の歪みが起こることが分かったのだ。そのままにしておけば歪みが生じたのはヘンネルベリであった。だが、その前にモルーマだったのだ』

『それだけだったのでしょうか。大神様は魔素の狂いの時も流行り病の時も見ていたのではないですか。あの娘が民のため国のために一生懸命であったことを』

『見てはいた。それ故に歪みの先をずらした。あの者の力の使い方が今までの者とは違ったのでな。龍が支えるというのであれば暫くは静観しよう。ただしあれが邪な力に取りつかれたときは分かっているだろうな』

『承知していますとも。それを含めて龍族はあの娘を支えるのですから』

『しっかりとやれよ』


『それはそうとあの娘の力、本当は大神様はご存じなのでしょう』

『……精霊の加護だ』

『精霊神が?またなぜ』

『精霊たちの目があの娘の清らかな心を見つけたのだ。そして10年の間見続けたそうだ。その間あの娘には辛いことが多く起こったそうだが、心は濁ることなくむしろそれ以上に清くなっていったそうだ。精霊たちは祝福を行いそして加護を与えるまでになったということだ』

『何故精霊神は加護を与えたのでしょうか』

『龍よ、精霊がどのように生まれるのか知らぬのか。精霊は心から生まれる。清き心からは清い精霊が、邪な心からは邪な精霊がな。もちろん生まれるのは人間からだけではない。竜からも生まれるし聖獣からも生まれる。ただここ数百年で精霊の均衡が崩れ始めているのだ。邪な精霊が増えていると聞く。邪な精霊が要らない訳ではないのだが多くなっても困る。精霊たちは焦ったのだろうな。澄んだ心、澄んで清らかであればあるほど強い精霊が生まれれるのだ』

『そこであの娘を使ったのですか、精霊は』

『そう言っていた。様々な精霊が祝福することで多くの精霊が生まれる。精霊神の与り知れぬところで精霊たちがやったそうだ。精霊神が知った時には多くの精霊の祝福を受けた後だったらしい。ここでこの娘の心が邪なものになったら大事になると思った精霊王は小さな細工を施したそうだ。その償いに加護を与えたと』

『そんな……』

『私は精霊自体を排除することも考えた。だがそれを行った時、この世界は崩壊の一途をたどることになる。だからあの娘を排除することにしたのだ。精霊の加護を受け、精霊に心を握られている。そして竜とも親しい。排除の理由としては十分だとは思わぬか』

『精霊がそのようなことをしていたとは……。私からも精霊神と話をします。だからどうかあの娘、ミルランディアのことは私と精霊神にお任せいただけないでしょうか』

『龍よ、いいのだな』

『スティルガノ様にご心配をおかけすることはございません』

『龍がそこまで言うのであれば任せるとしよう。精霊の事頼んだぞ』

『はい。このことはミルランディアは知っているのでしょうか』

『知らぬ。精霊の細工のことも知らぬ。もちろん加護を与えられていることも知らぬ』

『であればこのまま黙っておきます。知らない方がミルランディアも幸せでしょうから』

『龍よ、其方いつの間にかあの娘を名前で呼ぶようになっているのだな』



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