第101話 魔薬事件の最後

「……という訳で、チョッと込み入った内容な訳ですから、大臣会議をお願いしたいんですけど」

「早い方がいいのか?」

「その方が。少し大きな事件になりそうですから」

「事件か……3日後に開くことでいいかな」

「お願いします」



カルシュクを出た私たち一行は、フロンティーネには戻らず王都に直行しました。最後はワープでショートカットですけど。

近衛の皆さんももちろん一緒です。まぁ彼らは王都の近衛騎士団からフロンティーネに派遣されてる訳で、家族は王都暮らしですから、久しぶりに会うことになるのかな。

彼らにはカルシュクであったことを証言してもらわなきゃならないので、まだこの一件の仕事は続くんですけど。




「……ところで、ミルランディア殿はなぜカルシュクに」

「サウムハルト事件で勤労刑になったディートヘルム、彼は私が冒険者活動をしていた時の仲間パーティーメンバーだったのですが、彼が死んだという知らせを受けました。カルシュクは治安の悪いところだと聞いてはいましたが、もう少しで刑期が終わる時期に死亡したと聞いて、最期がどんな感じだったのか聞いてこようと思ったのです。

王太子様には事前に相談しておきました。近衛を同行させるようにとのことで、今回は近衛5人と行くことにしました。ただ中央の査察と言う形はとらずに、冒険者パーティーが立ち寄ったということにしましたけど。

まず気になったのは道中でした。カルシュクに続く最後の分かれ道を入ってから、急に盗賊が現れる様になったのです。それも1つや2つではありません。さほど距離はなかったのですが、4つ、5つぐらい出てきたと思います」

「カルシュクの領主は何をやってるんだ」

「私と近衛のパーティーじゃ盗賊なんて問題はないのですけどね。町に入ってもまず感じたのは寂れていたということです」

「ダンジョンがなくなったら、ダンジョンに支えられた町は寂れるわな」

「ダンジョン見物に行きたいと言ったら断られました。封鎖しているって。

で、町の様子を酒場にいる人に聞いてみたんです。町の雰囲気が普通じゃなかったのは、勤労刑が終わった人が多いからでした。カルシュクで勤労刑を終えた人がそのまま居つくという事ですね。彼らからすればそんな街を纏めている領主の評判は悪いものではありませんでした。犯罪者上がりを雇う所なんて殆どありませんから、彼らにとっては職を与えてくれるいい人なのでしょう。

ダンジョンがなくなってギルドも去った町ですから、素行の悪いのが集まって治安が悪化したのは自然な流れです。そんな中で勤労刑上がりなど大して目立つもんじゃありませんよ」

「領主はいい奴なのか?」

「いえ、そういう訳ではありません。

いろいろと街を探索していると、町の人が護衛を伴って外へ出て行くのが見えたんです。ちょっと気になったものですから後を付けてみたんですよ」

「ちょっと気になった。それだけでか」

「そうですね。違和感って言うんですかねぇ。畑仕事をするようなカッコをしていない集団が外に行けば、なんか変だなって思うじゃないですか。それに小さな違和感って何かのきっかけになるって事が多いと思うんですけど」

「違和感ねぇ」

「女性の勘ってやつかもしれませんけど。

で、向かった先がダンジョンだったんです。あの封鎖されてるって言われた。

集団が中に入って行ってやってたことがキノコ栽培でした」

「なら問題あるまい」

「そうなんですけど。栽培していたキノコがこれです」

用意してあったキノコを取り出します。

「鑑定してもらえばわかると思いますが、非常にまずいキノコです。まずいって味がじゃないですよ。栽培しちゃいけないキノコです。

他にもダンジョンの外では草花の栽培もおこなわれていました。それがこれです」

摘んできた葉っぱと花を取り出しました。

「……こ、これは……」

「お分かりの方もいるようですね。そうなんです、これらの植物は魔薬の材料なんです。カルシュクでは魔薬の製造がおこなわれていたのです」

最後に領主の館から失敬して来た魔薬を出しました。

「……魔薬だと」

「この魔薬は領主の館で見つけたものです。

カルシュクの領主は勤労刑受刑者や元勤労刑受刑者を使って魔薬の製造を行っているのです。しかもかなり大掛かりにやってると思われます。

ただ作業に当たってる者は、一部を除いて魔薬を作っていることを知りません。つまりサウムハルト事件の金色の月光と同じパターンです。犯罪行為に加担はしているが行為自体は違法とはいえず、犯罪行為自体は全く知らされていない。そして彼らを巧妙に縛ることも」

「……そのことについては後で考えよう」

「分かりました。

魔薬もそうなんですけど、勤労刑受刑者の死亡者が多いということもこれに関連していました。領主は受刑者に対して満期の少し前にカルシュクに残るように言われるそうです。表向きは元受刑者の雇用、実際は魔薬の情報の流出防止。断った受刑者については事故や病気を装って殺害していたようです。教会だって実際に死んでる人を見れば報告書ぐらいは書くでしょう」

「それがカルシュクなのか」

「そうですね。魔薬と勤労刑受刑者に関係すると思われる書類の写しがここにあります。向こうでは近衛の隊長のガランと一緒だったから、彼に話を聞いてもってもいいわよ」


テーブルの上に広げられた書類の確認が一斉に始まります。キノコと草花、薬は鑑定のために運ばれていきました。


「カルシュクの領主は何と言ったかな」

「確かムルジット男爵だったと」

「ムルジット?」

「確かサウムハルト事件で降爵になった者かと」

「そんな奴がまだ領主を務めているのか」

「カルシュクは領主のなり手がいないんです。それで彼に任せていました」

「奴はカルシュクに拘っていたのか」

「そうですね。降爵より領地替えを望む者が多かったですが、彼はカルシュクを望みました。こちらとしては領主のなり手のないカルシュクが片付くので、願ったりだったんですけど」


今回の魔薬の事件は、ムルジット男爵の単独のようです。関係する商人も2人だけでした。禁制品ですから下手に広げる訳にもいかなかったのでしょう。ただそれがどこに流れたのかを調べなければなりませんが。


「ムルジットを逮捕する」

国王が宣言しました。

「ここにある書類は全て複写したものです。カルシュクの領主邸とムルジット男爵の別邸と思われる館に本物は全てあります。薬もです。

ただ町に入るのが厄介で、冒険者であっても町に入るのにお金を取られました。しかも道中は盗賊も多く、もしかしたら役人や兵隊が来たら領主に知らせが行くかもしれません」

「だとすると厄介だな。一気に制圧したいのだが」

「あと別邸と思われる館ですが、ムルジット男爵とのつながりがはっきりしません。紋章の付いた調度品などはあるのですが、『知らぬ』と言われれば追及できなくなる恐れもあります。なので館にムルジット男爵本人がいるときに逮捕しなければいけないと思います」

「だがその屋敷に薬もあるのだろう」

「ええ、かなりの量が。これは賭けになりますが屋敷を秘密裏に張っていて、その上で正面から兵を動かします。本人が領主邸から動けば館で押さえられますし、動かなくても領主邸で身柄を押さえて同行の上で捜索を行います。ムルジットの紋章の付いた指輪が引き出しの奥にありましたから、持ち去られていなければ証拠にはなると思います」

「どうやって送り込む」

「兵が町に入る前の晩に、ワープで送るしかないかなと思っていますが」

「またミルランディアの力を借りるのか」

「仕方ありませんよ。大事件なんですから。他の国との戦争だったらやりませんけど、国内の問題ですからねぇ」

「お願いしていいか」

「いいですよ。送る兵は特殊部隊がいいと思います。目立つのはマズいんで」

「分かった。1週間後に実行に移す。騎士団の準備を始めるように」

「「「はい。承知いたしました」」」


「ところで栽培や栽培する人たちの護衛についていた人はどうなりますか」

「どれぐらいの人数がいるんだ」

「私がいたのが3日ぐらいでしたから、きちんとした数は分かりませんが、私がいたときで50~60人はいたと思います」

「多いな」

「彼らの多くは勤労刑の受刑者か元受刑者です。ただ魔薬のことは知りません」

「なら罪には問えないのか」

「でも金色の月光は罪を負いましたよね。彼らも人身売買、奴隷と言うことは知りませんでした」

「悩ましいな。罪に問えば彼らは2度目と言うことで鉱山奴隷。しかし彼らは普通の仕事をしていると思っている。それで鉱山送りにはできないしな。だが金色の月光のことがあるから罪に問わない訳にはいかないのか」

「なら、金色の月光の罪を取り消せばいいじゃないですか。そうすればこっちも罪に問わずに済みますよ」

「だが彼らの失った時間と名誉は」

「王国が誠意をもって見舞えばいいんじゃないですか。それにギルドにも罰則の停止と地位の回復を命じれば」

「それで納得するか」

「してもらうしかありません。特に殺されたディートヘルムに関しては丁寧な説明が必要になると思いますが」

「仕方あるまい」



1週間後、カルシュクの町でムルジット男爵は逮捕されました。魔薬の密造と流通、使用、さらに受刑者の殺人の罪で。

初めのうちは抵抗していましたが、魔薬の製造に関わっていた男たちが自白したので、男爵も関与を認めました。


その後のことは詳しくは知りません。恐らく男爵は魔薬に関することなので死罪なのでしょう。取引を行っていた商人も逮捕されたと聞きました。どこに流れて誰が使ったのか、これからも捜査は続くようです。町の管理をだれがやるかは知りませんが、カルシュクの町を含む領主が厳重注意を受けたと聞きました。



私がやったことは、ディートヘルムの骨を探したぐらいです。ちゃんとしてあげたかったからね。



**********(side ???)


「……そうか…カルシュクが」

「……そのようです。ムルジット男爵も……」

「やはりあれは……いや、まさかな」



**********(side 金色の月光 with ミーア)


私は今、ファシールの交流区にある町営の食堂に来ています。ここってさ、値段もそんなに高くないし味も悪くはないんだけど、あんまり流行っていないのよね。ここを訪れる人たちってみんな他の食堂に行っちゃうんだよ。まぁ空いてるからいいんだけど。

で、私の前にはカッチェとセリーヌ、横にローデがいます。

「ミーア、急にどうしたんだ」

「えぇと、みんなに報告があるの。カッチェには伝えてあったけど、ディートが死んだの」

「えっ?ディートが」

「そうなの。少し気になったから調べてみたのよ。そうしたらディートは事故や病気じゃなくって、どうやら殺されたらしいのね。犯人は捕まえたし、処分も下されるわ。死罪だと思う。

いろいろと調べて行ったら、それ以外の悪いことも見つかって……」

話せないことがあるからねぇ。適当に掻い摘んで話したわ。

「……ということで、これが王国から金色の月光への謝罪の手紙ね。あと、無実の罪で支払った罰金は慰謝料を含めて返還するって」

「……そうなのか」

「あと、勤労刑で拘束されていた間の慰謝料がこれ。それぞれで受け取って。あと、ディートにも出てる。これをどうするかはみんなで決めて。

あと、こっちがギルドの処分停止の通知と金色の月光に対する名誉回復の通知。だからみんなは冒険者ランクの降格は無しで、金色の月光の解散も無し。Aランクパーティーとして戻ってるわ」

「これもミーアが?」

「いろいろと収める為にはね」

「お金はありがたく受け取らせてもらう。金色の月光については、人でパーティーだから、2人欠けた以上もう戻ることはないと思う。俺も今の仕事をきちんとやらないといけないしな」

「私も治療院があるから」

「もう冒険者には戻れないなぁ。ディートもいないし、みんないないんだもん」

「解散するの?」

「しないよ。ただ活動はしないってだけ」

「あとローデにお願いがあるんだけど」

「何?」

「これ、どこかで葬ってあげてくれない」

「なにこれ」

「ディートの骨。全部は見つけられなかったんだけど、少しでもと思って」

「大変なことばっかさせたな。ミーアには感謝してもしきれないよ。これはカッチェとも話してちゃんとするから」



後味の悪い事件だったな。それもこれもムルジットがバカなことするから。




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