第99話 潜入捜査(パート2)

「ホントにいいのかい?」

「えぇ。余計な気を起こさずに、ちょっと話を聞かせてくれればね」

「約束するよ。嬢ちゃんは別嬪さんだけど、一緒にいる人はえらく強そうだからな。俺なんか一発で吹っ飛ばされそうだ。余計な気を起こす気なんてこれっぽッチもねぇから」

「それじゃぁ行きましょうか」

午前中に目を付けた勤労刑の男に接触しました。仕事から戻って休んでいたところを訪ねて、食事に誘いだしたのです。


「うんめぇな。知ってるかもしれねぇけど、俺はその、罪人だからよ。飯もまともになんて食えねぇんだよ。金は少しはもらえっけど、贅沢できるわきゃねぇしな」

「あなたが何をしたのかは興味がないんでいいんですけど、そろそろお話を聞かせてもらってもいいですか」

「あぁ、いいよ」

「店員さん、エールを3つばっか持ってきてくれ」

持ってきたエールは、やはり冷えていない、生温いものでした。例によってよく冷えたエールに変えるんですけどね。

「どうぞ、飲んで。冷やしてあるから美味しいわよ」

「おぉ。(ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ)おぉぉ!うめぇな」

「ネッ!ところでさぁ、ディートヘルムって名前、聞いたことない?」

「ディートヘルム?あぁ、あるぜ。あいつも俺たちと同じ勤労刑喰らってここにいたやつだからな」

「どんな人だったの?」

「あいつの知り合いか?」

「私じゃないけど、私の知り合いが彼のことを知ってたのよ。それでね」

「そういう事か。あいつはなぁ、まっすぐな奴だったよ。俺たちは確かに罪人だけど、あいつは違ってた。何をやったのかは知らねぇけど、自分の罪を受け入れて、償おうとしていた。あんなことがなけりゃ今頃は…」

「何かあったんですか?」

知ってますよ。知らないふりです。話を合わせるためにね。

「知らねぇのか。奴は死んだんだよ。いや、殺されたんだよ。この町にな」

「えっ?」

「この町で暮らしている奴は、この町からは出られねぇんだよ。出るときは死んだときだけさ。商人や嬢ちゃんたちみたいのは別だぜ。ここに住んでる住人と、勤労刑で来た奴らのことさ。俺を含めてな」

「じゃぁ、ディートヘルムはこの町から出ようとしたから殺されたと」

「そうだ。奴が満了となる少し前に、領主に呼ばれてな、『お前は力があるから俺の護衛をやってくれ』って言われたんだと。その後ことわりの返事をしに行くって言ってたけど、戻っちゃ来なかった」

「だから殺されたと思ったのね」

「あぁ」

「でも事故って事も」

「そんなことはねぇよ。刑期満了でこの町を出て行こうとするやつは、全員死んでるんだからな。俺がここに来てから無事に出ていった奴なんて一人もいやしねぇ。ここに残って仕事を続けるか、死ぬかだ」

「アンタはどうするの?」

「俺か?俺はまだ死にたくねぇからな。ここにいるよ。どうせ元犯罪者だ。まともな仕事なんかありゃしねぇ。俺たちを雇うぐらいなら、スラムの連中を雇った方がましだなんて声もあるぐらいだからな」

「アンタは元冒険者じゃないの?」

「そうなんだが、資格の永久剥奪ってやつよ。二度と冒険者には戻れねぇ。ギルドの支援なしじゃぁあの仕事は出来ねぇよ」

「そっか、辛いな」

「そうでもねぇぞ。ここは俺たちみたいのがゴロゴロいるからよ、俺なんかも気兼ねしないで生きられるんだ。仕事もあるし、飯も食えるし。外に行けないってだけで別に悪くはねぇんだぜ。女を抱こうと思えば抱けるしな」

(ギロッ!)ガランが睨みつけます。

「おぉっと、嬢ちゃんに手を出すつもりはこれっぽっちもねぇから。睨むなよ」

「分かった。だが、変な真似をしたら分かってるな」

「あぁ。つまりはよ、ここは俺たちみたいのが住むには悪くはねぇって事なんだ」

「ところでさ、アンタどんな仕事してるんだい」

「俺か?俺は護衛だ。町の外で仕事する奴らのな。外には魔物がいっからよ、そいつらから守るのが俺の仕事さ」

「剣の腕は立つんだ」

「ディートヘルム程じゃねぇけどな。奴はBランクって言ってたけど、ありゃAランクの腕はあるな。自分の得物じゃなくても剣さばきはすごかったぜ。まったくバカな奴だぜ。大人しくここにいりゃ、それなりに暮らせたのにな」

「町の外の仕事って何やってるの?」

「詳しくは知らねぇが、キノコ育てたり草や花を育てたりしてるぞ。別に悪いことはしてねぇよ。領主さまに言われたことをやってるだけだ」

「そっか。いろいろありがとね。まだ飲むかい」

「もうちょっとほしいな。久しぶりの酒だからよ。しかも別嬪さんと一緒だなんて、今日はラッキーだぜ」

もう少しだけ付き合ってあげて、宿に戻りました。



「この町が魔薬に関わっているというのは間違いなさそうね。勤労刑の罪人を集めて仕事をさせてる。させているのは栽培と護衛だけ。栽培と護衛なら悪い仕事には見えないわよね。ただ、そんなことさえ外に漏らさせないような周到さってこと。どっかから漏れるとヤバいからね。だから商人も冒険者もできるだけ近づけさせないように、盗賊がゴロゴロしてるって訳ね。取り締まってないんじゃなくって、むしろ逆、襲わせてる感じね」

「ここに来るのは秘密を絶対に漏らさない商人と、ここに来るだけの勤労刑の罪人って事ですか」

「そう。だから私たちのような旅の冒険者が来るってこと自体が異例なのよ。だからここに来たとき、門番が帰るように言ったのよ」

「うーん、証拠があれば…」

「証拠ってこれじゃダメかな」

取り出したのは作りたての魔薬と、栽培していた草や花、キノコなどです。

「これはどうしたのですか?」

「チョットね。私のスキルでね」

「これらと我々の話で、捜査は始まるでしょう」

「でもまだ領主側の証拠がなくって」

「領主の方は調べてるんですか?」

「うん。調べて入るんだけどまだ見つかってないの。明日1日調べてみるわ」

「じゃぁ明日は、姫様が領主邸の捜索をして、それが終わり次第王都へ戻るのですね」

「もう1泊しましょう。午後にここを出るのはあまりよくないわ。あの盗賊たちを何とかするには朝から出た方がいいわよ」

「分かりました。それじゃぁ我々は休みます」

「ご苦労様。見張り、忘れないでね」


そういえばあの領主邸って隠し部屋なんてないわよね。だって隠し部屋があればマルチマップに表示されるはずだから。お城だってクロラントでだって隠し部屋や隠し通路はみんな見つけてたからね。そっか、亜空間収納を使えばわかるかも。

亜空間収納の機能の一つに、品目一覧があります。だから、亜空間収納を領主の家に繋げば…。魔薬関係の書類は……。……あった。どこだこれ。

書類があったのは寝室の絵が掛かった壁の裏の隙間でした。こんなの分かるはずがありません。

ついでに魔薬も探しましたが、あったのはほんの少しだけ。小さな小瓶1つだけでした。これは現場に踏み込んだ際に押収するために残しておきます。でもおかしいです。かなりの量の魔薬があるはずですが、この屋敷にはないのです。これの捜査は明日だね。今日は…おやすみなさい。




「昨日の夜、領主邸を探ってみたの」

「それで証拠は見つかりましたか」

「残念ながら。書類もあまり無いようだったし、薬の現物も小瓶に1つ程度。これじゃぁ」

「書類は」

「書類は持ち出したけど、写しを取って戻しておいて戻しておいたわ。書類がなくなったってばれた時にこの町にいたのが私たちだと、まず間違いなく疑われるからね」

「写しを取ってって…」

「見る?これなんだけど」

亜空間収納から書類の写しの束を出しました。この写しって言うのは創造力と錬金術でやるんだけど、あまり創造力は使わないわね。現物がそこにあるから、イメージがしやすいの。これはバイクの部品の設計図を沢山作った時に覚えた技よ。

「これがその書類ですか」

「うん。でも明らかに少ないのよ。あれだけ大掛かりで悪いことやってるんだから、取引相手を縛るものがあってもいいはずなんだけど…」

「ダンジョンの中は調べたんですか」

「調べたけどそれらしいものはなかったわ。薬も」

「となると、領主は別の家を持っているか、または商店にあるか」

「商店はないんじゃないの。そんな大事な証拠を他人の手の届くところに置くかしら」

「領主がやっている店があればその線はあるかも知れないですよ。姫様の『ミル薬局』のような」

「そうね。どのみち領主の別邸って事ね。それなら今日は外には出ないで、捜索するわ」

「姫様、勤労刑受刑者の書類もあればお願いします」

「いいわよ。なら、食事を買ってきてもらえるかな。でも決して一人で動いてはダメよ。必ず二人以上で行動すること。いいわね」

食事の買い出しは4人で行くようです。ガランは私の傍にいます。


『うーん、町の中の捜索ってできないのかな。人は魔力パターンで探せるんだけど、書類や薬はなぁ。なんかこう…できないのかなぁ』

やり方の見当がつかないことをうだうだやっててもしょうがないので、とりあえず昨日薬を作ってたっぽい2人を探します。探すったってダンジョンで待ってれば来るんでしょうけどね。それまではあの部屋で待機です。

領主にも尾行を付けます。領主のムルジットは屋敷で朝ご飯中です。今日一日張り付いていれば、何かわかるでしょう。


『そういえば勤労刑受刑者の書類って言ってたわよね。それは領主邸にありそうね』

私はもう一度領主邸と亜空間収納を繋いで中を探します。昨日は魔薬関連の書類って探したんだけど、今日は勤労刑受刑者の書類で探します。さすがにこれはちゃんと残ってますね。ここは領主の執務室かな。とりあえずまとまってありそうなので、領主が外出したら写させてもらおうっと。


『町全体を亜空間収納と繋げれば出来るかなぁ。家でもできるんだからどうだろう』

この考えはダメでした。洞窟とか家とかなら範囲が決まるので亜空間収納と繋げるようですが、さすがに町って言うのは乱暴すぎました。

『んー、やっぱり何とかしたいな。あんまり時間もないし…』


あれこれ悩んでいるうちにダンジョンに動きがありました。例の2人がやって来たのです。

手慣れた感じで作業をはじめます。道具を用意して…よく見ると手元には本のようなものがあります。道具が片付けられていた他何も何冊かの本が。そうやらこれは薬のレシピのようです。っていう事はここでいろんな種類の魔薬を調合してたってこと?これは後で没収ですね。

二人の素性を見たところ、やはり元勤労刑受刑者でした。そしてジョブは【薬師】。ここで魔薬の調合をするのにピッタリの人たちです。この町を摘発する時にはこの2人の身柄も押さえなきゃなりませんから、家の場所ぐらいは突き止めておく必要はありそうです。魔力パターンを記憶して後で探しましょうかね。


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