第98話 潜入捜査(パート1)

朝になりました。昨晩は侵入しようとした形跡はありません。もう1つの部屋の方も大丈夫なようです。


「今夜もまた酒場へ繰り出すわよ。夜は昨日と同じだから、休息は十分に取っておいてね。いざっていうときに動けないんじゃ困るからね」

「そんなやわな鍛え方はしていませんよ、姫様」

「そうだろうけど、普段と違う環境で寝不足がたたって判断力が低下したなんて言い訳、聞かないからね。昼間は特にやることはないから、休めるときに休んどきなさいって事。私の護衛ならガラン1人で十分だから」

「分かりました、休ませてもらいます」


4人を休ませて、ガランと一緒に町に出ます。昨日ここに着いたのは昼過ぎだったので、朝の様子は知りません。この町の朝の様子を見るために町に出ました。

「思ったより普通ね」

「それはそうでしょう。ここも王国の町の一つですから」

「ちゃんと国に納めるものは納めてるのよね」

「そちらの方は分かりませんが、問題があれば何かしらの動きがあるはずですから。それがないということは表向きは正常と言う事ではないでしょうか」

「それもそうね。裏じゃ何やってるかわかんないし、王都の役人もここに査察には来たくないでしょうからね」

そんな話をしながら(もちろん周りには聞こえないような小さな声でですけど)2人で門の方へ歩いていきます。門の所では少なくない人が外に出かけていきます。それもとても狩りをするような恰好ではない人たちが。

「あの人たち、どこへ行くのでしょうかね」

「チョット追いかけてみますね。あっ、私が行くわけじゃないから安心してください」

「えっ?」

「あぁ、私のスキルで追いかけるって事です」

マルチさんの出動です。


「私たちは別の所へ行ってみましょう」

宿に置いてきた近衛の連中の食事は一応用意して来たけど、私たちの朝ごはんはまだです。市場の方に行けば何かあるでしょう。

市場に近づくと屋台からいい香りが漂ってきます。私はパンと焼肉串、それからスープを買ってきてガランと一緒に食べました。

「姫様が、こんな屋台の食べ物を買い食いするなんて…」

「今は姫じゃなくて、冒険者だって言ってるでしょ。姫だってばれると調査がしにくくなるの。分かってるわよね」

「そうなのですが…」

「ならそうして」

まだ納得しきれていないようですけど、そんなの関係ありません。冒険者らしく早食いをすると、次に向けて動き始めます。

「ミーアさ…さん、待ってください」

「ほら、いつまで食べてるの。もう行くわよ」

「あぁ、ちょっと」


「ミーア様、どうしたのですか」

「町中では様はダメって言ってるでしょ。気を付けて。どこで見られてるかわかんないんだからね」

「すみません」

「動きがあったのよ。朝、外に出て行った人たちがいたでしょ。その人たちの一部がダンジョンに入ったの」

「えっ?ダンジョンって封鎖されているって言ってましたよね」

「ちょっと声が大きいわよ」

「……」

「そう言ってたわよね。でもね、10人ぐらいかなぁ、確かに入って行ったわ。っていうか今も見てるんだけど」

「ダンジョンに何があるのでしょうか。もしかしてダンジョンの機能が戻っているとか」

「それはないみたい。入って行った人たちはとても狩りをするような装備じゃないから。一人だけ鉄の剣を持っている人がいるけど、あの人は護衛っぽわね」

「ダンジョンの中は明るいのですか」

「光の魔法を使っているみたい。結構見えるわよ。ちょっと待っててね、一応全員調べてみるから」

護衛っぽい男は勤労刑の受刑者でした。『この人に話を聞けたらいいな』って思いながら、魔力パターンのチェックをしておきました。他の人たちは元勤労刑の人たちです。『この人たちからも話を…』と言うことで、魔力パターンのチェックは忘れません。

「どうやら、みんな元勤労刑の人たちみたいね。護衛の人はまだ刑期中みたいだけど、それ以外の人はもう刑期を終えてるわ」

「そのような人を10人も集めて、一体何をしているのでしょうか」

「もう少し様子を見てみるわ。とりあえず宿に戻りましょう」

町中でぼそぼそ言いながら歩いているのは余りにも不自然なので、私たちは宿で続きの調査をすることにしました。


「もう休息は取れたかしら」

「お心遣いありがとうございます。問題ありません」

「ならちょっと私の部屋に来て頂戴。話があるの」

近衛の皆さんはすっかり元気です。私が王女でなく娼婦だったら、この後は桃色の世界なのでしょうね。そんな貧相な躰の娼婦はいないから心配するなって?大きなお世話です。性癖なんて十人十色、グラマラスな女性が好きな人もいればスレンダーな女性が好きな人もいるはずです。だから私だって需要が…、ってそんな話をしてるんじゃないんです。

「話では封鎖されてるって言ってたダンジョンで作業をしている人たちがいるの。今その人たちの監視をしてるから、チョッと集まって」

『今ここにいるのにダンジョンを監視してる?』って感じの近衛の人たちですけど、そこは職務に忠実な人たちです。私のいう事に疑問はあってもちゃんと指示通りに動いてくれます。

「まず、私が何をしてるか説明しとくわね。今スキルを使ってダンジョンの中にいる人たちを監視しています。スキルについては聞かないのがお約束よ。なんで彼らを監視しているのかと言うと、今朝、門から外に出て行く人たちがかなりいることが分かって、そのうちのいくつかに監視を付けたの。そのうちの一つが今ダンジョンにいるのよ」

「あのぅ、姫様が何か凄いことをしているのは分かります。私の理解の範疇を越えているのでよくわかりませんが、他の人たちは何をしているのでしょうか」

「あぁダンジョンに行かなかった人たちね。その人たちは壁の外で畑仕事をしているわ。んっ?ちょっと待って。畑…だけど、畑じゃないわね」

「どういう事ですか?」

「確かに何かを育てているのよ。だけど野菜じゃないのよね。普通畑ならお野菜作ってるじゃない」

「それを手に入れることはできますか」

「出来るけど、後にしましょう。急になくなったら向こうも警戒するでしょうから。夜にでも少し手に入れておきますよ」

「私たちが見ても何かは分からないでしょうけど、王都に帰って専門家に調査させればなんだかわかるかも知れません」

「そうね。ちょっと横に逸れちゃったけど、ダンジョンに向かった一行って言うのが、元勤労刑の集団なのよ。しかも護衛についているのが現勤労刑。それだけでも怪しいのに、この町は勤労刑の受け入れが多いんだって。そして刑期の途中で死亡する人も」

「勤労刑のものを集めて、満了したらそのまま仕事を斡旋する。都合の悪いものは途中で消す。そういう事ですか」

「うん。私もそんな感じだと思う。何の仕事をさせてるかって事と、悪い都合とは何かっていう事ね」

「ダンジョンのこともそうですね」

「そうね。この町を訪ねてきた人にはダンジョンは閉鎖しているといい、でも実際にはダンジョンで仕事をしている。この町の領主が何かをしてるって事ね」

「今晩もまた出かけるんですよね」

「そのつもりよ。中と外の警護は交替してね」

「一旦休みますか?」

「ちょっと待ってて、ダンジョンの方も仕事を始めたみたい」

「何をしているのですか」

「キノコ?キノコを育ててるわね」

「キノコですか」

「何のキノコかはわからないけど。あれっ?人数が合わない」

「どういう事ですか」

「入ってきたときは10人と護衛だったのよ。だけど今護衛を含めても9人しかいないの。2人どっかに行ったみたい」

「探せますか」

「うん、今探してる。………あっ、いた」

2人はダンジョンの小部屋のようなところにいました。何かを作っているようです。

「何か作ってるみたいね。枯草やら萎れた葉っぱ、乾燥したキノコもあるわ。ポーションでも作っているのかしら」

「これだけ怪しげなところですからねぇ、ポーションじゃないかもしれないですよ。第一ポーションだったら普通に街中で作ってもいいじゃないですか」

「そうね。ちょっと見てみるわね。………【魔薬】?魔薬って出たんだけど」

「魔薬だって!それは大問題ですぞ」

「それって何なんですか」

「ご存じありませんか。魔薬と言うのは使うのはもちろん、作ることも持つことの禁じられた薬なのです。強い興奮作用と幻覚症状が現れて、非常に常習性の強い薬なのです。常習すると自我を失い、確かではありませんが魔物化するとも言われています。しかし強い常習性と興奮、幻覚を求める者たちがいるのも事実で、裏社会ではかなりの量が出回っているとも言われています」

「ヤバい薬って事は分かったわ。でもこれどうする?今ここで全部焼き払っちゃう?」

「これは報告した方がいいですね。騎士団に収めてもらった方がいいと思います」

「この件で国王が代わるってことはないよね」

「先代の場合は関わった貴族が多かったこと、侯爵や伯爵のような上級貴族も関わっていたということで国王がけじめをつけたわけですが、今回はそれには当たりませんから大丈夫だと思います」

「じゃぁ魔薬のことは帰ったら報告ね。残るは勤労刑の受刑者の死亡についての件ね。これも魔薬に関わっているんでしょうね」

「間違いないと思います。この町が多くの勤労刑のものを受け入れるのは、魔薬の製造をさせるためだと思います。腕っぷしの強いものは警護、そうでないものは栽培のように。そして刑期の終わりが近づくとこのままここで仕事を続けるように言われるのではないでしょうか。魔薬の秘密が漏れるのはマズいですから。受刑者の方も元犯罪人と言うレッテルがあるので、まともな職に就くのは難しい。ここに残れば仕事もあるし、食うには困らない。だからそういう者が多いんだと思います」

「そうね。その線なら筋が通るわね。で、誘いに乗らない人は魔薬の秘密を守るために消されるっていう事ね。でもどうやって?教会も証明書を出してたわ。教会もグル?」

「恐らくは。そうでないにしても遺体があれば死亡証明書ぐらいは書くだろ」

「剣による傷も絞殺された後もなかったって事よね。そんなのがあれば証明書に書かれてるはずだから。グルなら書かないか」

「薬殺かもしれません。魔薬を大量に使うと死亡するとも言われていますから」

「魔物化するんじゃないの?」

「魔物化は長い期間服用した場合と言われています。短期間に大量に服用すると死亡すると言われています」

「ならそうね。魔薬の秘密を守るために、魔薬で口封じをした。こんな所ね」

「姫様、今晩話を聞きに行くのは危険ではないでしょうか」

「今日はディートのことを聞くだけだから。勤労刑の受刑者にね」

「でも聞ける人がいるんですか?」

「一応目星は付けてあるわ」

「分かりました。でも十分に気を付けて下さいね」


これだけ大掛かりに魔薬を作っている町です。領主が絡んでいない訳がありません。そうとなればやることは決まっています。領主の見張りです。領主邸の執務室に無造作に書類が置いてあるわけはないでしょう。どこか隠し部屋に置いてあるに違いありません。カルシュクを出て行くときに頂戴するとしましょう。


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