第89話 従兄たちの面接試験

フロンティーネの見学会の後、私は各地の領主への挨拶回りです。『新興の領私んとこに来たい人がいたらお願いします』って。そりゃぁあまりいい顔はされませんよ。だって領民を取られるわけですからね。でも現実では食べることもままならない農民も数多くいる訳で、そういうところでは口減らしのために子供を売るなんてこともあったりして、ぶっちゃけいい状態じゃありません。人手の必要な農家は大家族になる傾向があるのですが、家族が大きくなると肝心の畑を継げない人が出てきてしまうのもまた現実です。なので私はそういう人たちに移ってきてほしいと思っているのです。小さい子供ばっかりじゃ困るけどね。


この前のサウムハルト事件、違法奴隷の取引事件だったんだけど、この国は奴隷の全てが認められていない訳じゃありません。借金奴隷、犯罪奴隷、孤児奴隷など認められた制度もあるのです。ちなみに借金奴隷は借金が返せなくなった人が返済のために自分を売って返すために仕組み。あくまで本人の意思ね。借金は奴隷商人が肩代わりして、奴隷の売却代金などで賄ってる。奴隷を買った人は毎月決まった額を奴隷に払わなきゃならない。奴隷だからってただ働きはダメなんです。人間として最低限の保証と給金の支払いは決められています。商会も買い手も厳密な監査を年に何度か受けなきゃならないので、奴隷を買うのも大変なんです。

犯罪奴隷は、……分かりますよね。重罪を犯した人です。一般的には奴隷として鉱山での仕事になります。最低限の生活はできますが、給金は全て罰金の支払いなどに当てられ、手元に来ることはありません。罰金を払い終え、刑期を満了すれば開放されますが、過酷な労働の為途中で死ぬことの方が多いそうです。無期の場合、刑期の満了はありませんけど。

孤児奴隷は戦争や災害で孤児になってしまった子供たちのための制度です。里親みたいな制度です。成人するまできちんと面倒を見る、ちゃんとした生活をさせる、成人した時のために決まった額の積み立てを行うなど細かい決まりが沢山あります。孤児奴隷を主に使っているのは商人ですかね。小さいころから商売のイロハを叩き込んで、成人したら従業員として雇う。基本は全てわかっているから即戦力ですよ。孤児奴隷の場合特に買い手の監査が厳しいみたいです。

性的な仕事をしてもいいのは借金奴隷だけです。本人が合意した場合だけです。

不当な扱いを受けて奴隷が死亡した場合のペナルティーは重大です。

こんな風にいろいろと細かい決まりがあります。奴隷と言っても人ですからね。

親に売られた子供は本当は孤児奴隷のはずなんですけど、多額の借金を背負わされたことになっていて借金奴隷にされることもあるみたいです。なんでも仲介者がいることが多いらしくって、子供を買うときは多くても金貨1枚程度でも、仲介者が莫大なマージンを取って無理やり同意させたうえで借金奴隷として奴隷業者に売り渡すんだって。酷い話だよねぇ。それをするのが代官だったり町の有力者だったりすることもあるみたいで、大騒動になることもチラホラ。

取り締まってはいるみたいなんですけど抜けちゃうんですよねぇ。

サウムハルトがやってたのはこの表の制度とは違う裏奴隷ね。攫ってきた人を売りさばく。買った方は表向き使用人としてるけど、実際はモノ扱い。当然監査もかいくぐるし、そもそも奴隷登録もしていないからなかなか露見しにくい。


何でこんな話をしたのかと言うと、子供を売るぐらい厳しいんだったらウチに来なよって事。この話を領主にしたら、そういう底辺の農民だったらいらないから、引き取ってくれて構わないってさ。

1週間でかなり回ったと思います。マルチマップは既に王国の全てをカバーしているのでどこへでも行けるようになりましたけど、まぁ行くのは簡単なのですが交渉事なので、10件ぐらいいけたと思います。この先も頑張って続けていきましょう。


**********


「ミーア、ちょっといいかな」

「何でしょうか、国王様」

「いや、今はリオいいぞ。いやな、ミーアにチョット頼みごとがあるんだ。ジャルの面倒を見てくれないだろうか」

ジャルって言うのはリオおじさんの一番上の息子さんです。確か妹が何人かいたと思いましたが、弟はいなかったはず。確かジャルフィーだったと思います。私より7~8歳上だったかな。

「チョッと兄貴、それはズルいぞ。それだったら俺んとこもお願いしたいんだけど」

「ちょっと伯父様、何の話ですか」

「フロンティーネの領政官として鍛えなおしてほしいんだ。ミーアの従兄にあたるんだが、どうもミーアを見てると情けなくってな」

「それならミーア、うちのフィルとキッシュも頼みたい」

フィルとキッシュはルイスおじさんのとこね。フィルが長男、キッシュが次男ね。二人とも私より4つか5つ上だったと思った。フィルはフィルスラード、キッシュはキルシュレイクね。

「ええと、伯父様たちのお話ですからダメとは言いませんけど、面接をしてあまりに酷かったらさすがに断りますけどいいですか?」

「あぁ構わない。ジャルのやつ、私が国王になったものだから自分も国王になれると思いあがってやがる。変にプライドだけ高くってな」

「うちの奴らも似たようなものさ。あれが普通なのかもしれないが、俺たちはミーアを見てるからな」

「そうなんだよなぁ。ホント、ミーアが娘だったらって思うぜ」


「それじゃぁ面接をしちゃいますか。3人を呼んできてください。ちゃんと『フロンティーネのことで面接をする』って言ってくださいね。それから伯父さんたちも同席してくださいね」

私が真ん中、リオおじさんが右側、ルイスおじさんが左側に座っています。

「お3方をお連れいたしました」

扉の外で声がかかります。

「入ってください」


「なんだ親父、急に呼び出したりして」

「父さん、何か用でしょうか」

リオ伯父さんの顔が険しくなりました。

「そこに座ってください」

「あー?ミーアじゃねーか」

「(コホンっ!)」

「それでは、自己紹介をお願いします。まずジャルフィーさんから」

「何だよミーア、そんなに畏まっちまってよ」

「ジャルフィーさん、お願いします」

「何言ってんだよ。知ってんだからいいじゃねぇかよ」

「ジャルフィーさん、あなたは何をしにここへいらしたのですか」

「親父がよ、ミーアんとこで働けるように話しとくって言われたからよ。それでミーアが話があるっていうから来たんだけど、違うんか?」

「何と言われてここに来たのですか」

「なんか言ってたなぁ。ええと………」

「フロンティーネのことで面接する」

「おぉそうだ。そんなこと言ってたな」

「なら改めて、自己紹介をお願いします」

「俺はジャル。国王の息子だ」

「………終わりですか?」

「あぁ」

「ちょっと待ってくださいね。リオンハイム伯父様、これではちょっと…」

「ミルランディア、話をしてもいいか」

「ええ、どうぞ」

「ジャルフィー、お前の前にいるこの人は誰だ」

「ん?ミーアじゃないのか」

「お前がこれから仕事をするところがどこだか知っているのか」

「ミーアんとこじゃねぇのか」

「お前がこれから仕事をするところはだ。ミルランディアよ、私の育て方が間違ってたようだ。すまん」

「何で親父が謝るんだよ」

「まだわからないのですか。少しそこで静かにしていなさい。ではフィルスラードさん、自己紹介をお願いします」

「はい。フィルスラード・ヘンネルベリと言います。リオンハイム王太子の長男です。王立の騎士養成所を卒業したのち、現在第一騎士団に所属しています。読み書き計算に問題はありません。領地経営に携わったことはありませんが、勉強をしながら行っていきたいと思います」

「はい。ではキルシュレイクさん、お願いします」

「キルシュレイク・ヘンネルベリです。私はリオンハイム王太子の次男になります。私も王立の騎士養成所を卒業しました。今は兄と同じ騎士団で、日々訓練を行っています。読み書き計算に問題はありません。領地経営に携わったことはありませんが、一生懸命頑張ります」

「はい。ではジャルフィー、私は誰ですか」

「えっ?ミーア、じゃないのか」

「フィルスラード」

「ミルランディア・ヘンネルベリ公爵様です」

「キルシュレイク」

「ミルランディア・ヘンネルベリ公爵様です」

「ジャルフィー」

「ミ、ミルランディア・ヘンネルベリ公爵…か」

「ルーファイス伯父様、お二人はいいと思います。リオンハイム伯父様、彼はチョッと」

「なんで俺がダメなんだよ。ちゃんとやるからわかるように説明しろよ」

「ジャルフィー、お前のそういうところがダメなんだ。ここはミルランディア公爵が治める領都で領政を行うものの選抜をしているのだ。フィルとキッシュはちゃんとわかっていたじゃないか」

「だってあいつら俺の後だから気づいたんじゃないのか」

「言われなければわからんような奴に舵取りを任せられると思っているのか」

「でもよ、俺は騎士団じゃ仕事を任されてんだぜ。こいつらが出来ないような仕事もやってんだ」

「ならお前はずっと騎士団に居ればよい。だがどんなに強がっていてもミルランディアには敵うまい」

「なんだと。俺がこいつより弱いっていうのかよ」

「あぁそうだ。お前はアズラート帝国とのことを知らんのか」

「アズラート?あぁ俺たちに怯えて和平を結んだ国のことか。それがどうした」

「バカ者っ!!アズラートは大国だ。今総力でぶつかったら、王国は恐らく敗れるだろう。それをたった一人でひっくり返したものがおるのだ。アズラートはその者に敬意を表して和平を結んだのだ」

「親父じゃないのか」

「ミルランディアだ。ミルランディアがたった一人で帝国の特殊部隊と戦って、完全に制圧したのだ。それだけではない。帝国の皇帝をはじめ居並ぶ重鎮を相手に堂々と渡り合い、王国に有利な条件で和平に繋げたのだ」

「じゃぁ俺が国王になったら、ミーアを使って征服できるじゃん。スゲーじゃん、それ」

「私がそんな愚か者を国王にするとでも思っているのか。今すぐにでも廃嫡してもよいのだぞ」

「ちょっと待ってくれよ。急にそんな。言い方が悪かったよ。どうすりゃいいんだ」

「心を入れ替える気があるのなら、ミルランディアの所で一からやり直せ」

「一から?」

「あぁそうだ。馬車馬の糞の掃除からだ」

「そんなのは王族である俺がやる事じゃねぇ」

「糞の掃除は大袈裟ですけど、私の所で幹部として働きたいのであれば、せめて爵位は取っていただきたいですね。これはフィルスラードさんもキルシュレイクさんも同じです。王族だの殿下だのと言った肩書じゃ仕事はさせられません。もし取れないのであれば一般の方と同じ仕事になります」

「なぜ爵位を」

「王族だの殿下だのと言うのは生まれです。王家に生まれればみんな王族です。ところが爵位は違います。自分で貰おうが親から受け継ごうが爵位を授かった以上責任が生じます。いろいろなね。責任も持たずにプライドだけがやたらと高いお子ちゃまが、領民の生活を守れますか。領地経営なんて儲かりませんよ。苦労ばっかりで楽なことなんてほとんどないと思います。楽をしたいのなら金持ちの親の脛でも齧ってればいいのです。あとでどうなるかは知りませんけど」

「爵位をやればいいのか」

「ただあげればいいってもんじゃないですよ。ちゃんと実績に基づいてあげなきゃ意味ないです」

「そういうミーアはどんな実績があるっていうんだよ」

「ジャルフィー、お前は少し世の中で起きてることを勉強しないとダメだな。ミルランディアはあのサウムハルト事件の解決の立役者だ。事件の調査、解決、後処理まですべて主導してやってくれた。それに隣国アズラート帝国との和平締結だ。国王の補佐として、外務大臣としてほぼ一人で帝国と交渉にあたり、成し遂げてきた。これ以上の実績が必要と言うのであれば申してみよ。それにお前はこれ以上の実績を上げることが出来るのか」

「わ、悪かった。……ミーアってすげぇんだな」

「リオンハイム伯父様、どうしますか」

「今一度こいつの性根を叩き直してからもう一度お願いしようと思う。その時は頼む」

「分かりました。ルーファイス伯父様もそれで構いませんよ。貴族とは何か、領民とは何かを学んで、きちんと責任が取れるようになってからで構いませんから」

「うむ、分かった」

「それではお3方、お戻りになって構いません」


ジャルったらバツ悪そうに出てったね。まぁあの態度じゃしょうがないけどね。でもあれでいい歳なんだから、リオおじさんも心配なんだね。

「ミーア、悪かった。まさかジャルがあそこまでとは思ってなかったんだ」

「私もビックリしましたよ。まさかあそこまでとは。でも大丈夫ですか、彼の再教育」

「親の責任で何とかするさ。エヴァは早くに亡くなったっていうのに、娘はこんなにしっかりしてるんだからな。でもな、貴族の息子たちなんてこんなもんなんだけどな」

「それならよっぽど冒険者の方がしっかりしてますよ。あんな高飛車じゃないし、わきまえるところはわきまえられるし」

「あいつが冒険者だったらどうなんだろ」

「3日ともたないと思いますよ。言うほど甘い世界じゃありません。常に死と隣り合わせの世界ですから」

「ミーアは本当に強いんだな」

「それはどうだかわかりませんけど。そうそう爵位の件、お願いしますね。貴族の息子じゃダメなんで。貴族じゃないと」

「この国の全ての貴族がミーアのような考えならいいんだがなぁ」

「そこは国王様の腕の見せ所でしょ」

「ま、いろいろやってみるさ」



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