第84話 視察(後編)
「エルフィ、行くよ」
領内に点在している村の視察です。エルフィに乗った私は上空から様子を伺います。
集落は全部で4つありました。川を渡ってすぐのところに1つ、そこから大体10キロ間隔で集落が並んでいます。4つ目の集落は山の麓です。山の麓から川まではおよそ東西に30キロ、これが私の領地の幅です。南北は調べたことはありませんが大体200キロぐらいあると思います。ずいぶんと縦長なんですね。開拓された部分は東西に30キロ、南北に10キロぐらいです。他がひたすら森なので、領地は広いけど生活できるところが殆どない超絶辺境地なのです。とはいえ王国の領土です。私が預かったからには立派な街に仕上げて見せましょう。
大丈夫ですか、ミーアさん。そんな大見得切って。出来なかったら恥ずかしいどころじゃ済みませんよ。
そこは
ご都合主義のミーアさんでした。
上空から見るとどの集落も大体30~40の家が建っています。集落から少し離れたところに建ってる家もありますが、同じ集落の人で間違いはないと思います。でもみんな粗末な家ですね。家というよりは小屋。水場だって共同の井戸があるぐらい。トイレだって穴が掘ってあるぐらいだし、もちろん風呂なんてありません。馬だっていても2~3頭。全部で10頭ぐらいしかいません。牛や豚を飼っているところはありません。肉は森まで出かけて行って魔物を狩っているのでしょうか。他に感じたところは、恐ろしく畑が狭い事。大体1つの集落に100人ぐらいが住んでるんですよ。普通に考えたら私が用意しようとしている畑が1つの集落で100個ぐらいあってもおかしくない。むしろ100個でも少ないと思っていたのに、実際に見てみると10個分より少ないって感じ。これでよく食べていけたね。
さてそれじゃ集落の中の様子を見に行きましょうか。エルフィには小さくなってもらって、肩に乗せます。まさかドラゴンで行ったら大騒ぎになっちゃうからね。
集落から少し離れた場所に降りて、荷馬車を作ります。この間作った荷馬車は潰しちゃったからね。こういう事もあるから用意しておいてもいいかもね。どうせ収納はいくらでも入るんだから。荷馬車には麦に豆、魔物の肉に塩を積み込みます。突然現れて様子を聞くなんて怪しげな行動はしません。あくまで友好的に、集落全体の移住をお願いするのですから当然ですね。
「すみません、村長さんいますか」
突然の訪問客に集落の人たちはびっくりしていました。
「ここは村じゃねぇから村長なんていねぇよ」
「そうですか。じゃぁここで一番偉い人を呼んでもらえませんか」
「おぅ。案内してやっからついてきな」
ぶっきらぼうな若者(と言っても30代ぐらい)が案内してくれます。
「ゴン爺、お客さんだよ」
ねぇ、そこのお兄さん。『爺』ってひどすぎない。だってまだ60ぐらいだよ。アンタ30過ぎてるでしょ。
ゴン爺って呼ばれてたから年寄りが出て来るのかと思ったら、いまだ現役のおじさんが出てきてビックリ。
「おぅよ、何だ」
「私はヘンネルベリから来た者です」
「ヘンネルベリ?あぁなんかこの間来た奴が、この地がアズラートからヘンネルベリに変わったとか言ってたな。で、そのヘンネルベリからのお客さんが何の用だ」
「一応いくつかのものを持ってきてますから、ご覧になります。他にも回りたいから全部って訳にはいきませんけど」
ゴン爺は馬車の中を覗いて、麦、豆、肉、塩が欲しいと言って来た。みんな足りないのね。
「少しお話を聞かせてくれたら、お分けしてもいいですよ」
話によるとこの集落ができてまだ7~8年だという事。他の集落も同じようなものだそうです。開拓団として送り込まれたそうです。初めの2~3年は開くことで精一杯だったそうです。森に入れば魔物がいて、開けた僅かな土地は森の木々にも見放されたやせた土地だったそうです。それでも少しずつ森を開いて何とか今の形にしたとのこと。開いた森に畑を作ったこともあったけどなぜかそこだけ魔物が襲うそうで、結局やせた畑しか使えないとのことです。
集落の様子や畑を見せてもらうことにしました。店は雑貨屋が1軒、鍋や農機具など生活雑貨が中心です。食べ物は集落全体で配給しているみたいです。これだったらお店は要らないかなぁ。
畑の様子は悲惨なものでした。実があまり付いていない麦、萎れた葉の間に見える小さな野菜。豆だけは育っていました。流石やせた畑でも元気に育つ豆です。
「ここがヘンネルベリの領地になったことは知っていますね」
「あぁ」
「で、私がここいら辺一帯の領主です」
「へー、アンタが。まだ若ぇのに大したもんだ」
「そりゃどうも」
「そんな偉い人が何しに来たんだ」
「私はこの辺りを大規模に開発を行おうと考えています。この集落もその一部です」
「何かい、オメェさんここを潰そうっていうのかい」
「平たく言うとそうですね。ただ潰すから出て行けとは言いません。ここは王国領ですけどあなたたちは帝国民です。これから先この地に住むなら王国民となってもらいますし、帝国民であり続けるなら立ち退いて帝国領内に移ってもらいます。どの道開発のためにここからは立ち退いてもらいますけど。帝国に移動するか王国民になるかを決めるのはまだ先で構いません。私はあなた方のために仮の住まいを提供します。もちろん畑も用意します。そこへ移り住んでもらって2~3年のうちに決めてもらえばいいです。仮住まいへの引っ越しは2~3カ月先を予定していますのでそれまでに準備だけはしておいてください」
「一方的な言い草やなぁ。俺たちがどんな思いでここを開いたか分かってるのか」
「帝国に言われて王国の領土を勝手に開いたんですよね。この土地は昔から王国の領土ですよ。王国の許可もなく勝手に開いたあなた方は、王国から見れば賊と何ら変わりませんよ。悪さをしていませんから処分はしませんが、追い出されても文句は言えない身なんですよ」
「……………」
「ただね、厳しい生活をしながらも頑張っているあなた方を事も無げに追い出すようなことはしません。場所は変わっても今まで通り生活できる基盤は作りますし、この地に新しい町が出来ればそこで新しい生活を始めてもらっても構いません。もし帝国に戻るのであれば幾ばくかのおカネは出しましょう。仮住まいが出来たら一度見てもらいましょう。構いませんね」
「勝手にしろ」
「ところで、この集落の畑ってあれで足りているんですか」
「足りてるとは言えねぇな。あれの倍の広さがあればなんとかなるんだが」
「分かりました。十分な広さの畑を用意します。他に困っていることはありませんか、盗賊とか」
「盗賊はここらにはいねぇけど、魔物がなぁ。怪我ぁしてるやつが多いんだ」
「今いる人で怪我をしている方は治療を行いましょう」
「助かる。アンタのやり方は気に入らねぇが、俺たちも生きてかなきゃいけねぇからな。アンタからもらえるものはみんな貰っとくぜ」
予想通りの反応です。そりゃね、苦労して開いた土地を開発するから退けなんて言われたらそりゃ不快になるよね。分かってましたよ。それでもね、やらなきゃだめんんです。少しぐらい不快に思われたって、大きな目的の前の小石です。気にしてなんかいられません。それに仮住まいを見ればきっと変わるんじゃないかな。
他の3つの集落も反応はみんな同じようなものでした。あと分かったことはここいらに巣食ってる盗賊団が2つあるっていう事です。後でとっちめに行きますので首を洗って待っててくださいね。
盗賊団(?)なんて呼べないような小さな賊でした。ただのチンピラがくだ巻いてる程度、ボスらしいボスもいなけりゃお宝も殆どない。酒と食料を奪って、攫ってきた女性を慰み者にする小悪党どもです。女性を慰み者にするから小悪党じゃなくってやっぱり大悪党です。女性の敵には厳しいです。
賊は亜空間プリズンに投獄して、貯めてあった僅かなお宝と奪われた食糧、開放した人を連れて集落へ戻ります。
「ここを苦しめていた賊は殲滅しました。そこにあったお宝はここから奪われたものですよね。持ち帰ってますので確認してください。あと攫われた女性も開放してありますけど、どうしましょうか」
この世界はまだまだ純潔を守ることが清いことで、たとえ望まないものであっても汚された女性は蔑んだ目で見られます。閉鎖的な小さな集落ではみんなが知っていることなので、そんな中に戻っても彼女たちの立場はいい訳がありません。
開放した女性は全部で5人。しかし彼女たちの家族は皆一様に死んだものとなっていました。今更帰るところなどないということです。
「1つ提案があるんだけど、あなたたちってもうここには居場所がないのよねぇ」
黙って頷いています。
「王国の中にね、あなたたちのような犯罪に巻き込まれて心に傷を負った女性のための施設があるの。施設っていうか町なんだけど、そこにいるのは女性だけなのよ。あなたたちみたいに慰み者になった女性もいるわ。そこで暮らす気はない」
「そこってどんなところなんですか」
「女性のための保護施設ね。攫われて奴隷扱いをされた人や、嬲られる為に買われた女性もいました。そんな女性たちが住んでる街で、商売をやってもいいし畑をやってもいい。工房でものづくりをしてもいいわ。自分がやりたいことをして生活できるようになって、いずれは別の所で普通に生活できるようになればって。どう?」
「行ってもいいです。どうせここには私たちの居場所なんてないんですから」
「じゃぁ彼女たちは私が預かるね。あとのことはよろしくね」
「慌ただしい領主さまだが、やることはやるな。盗賊の脅威も取り除いてくれた。もしかしたら我々のこ苦しい生活も何とかしてくれるのではないだろうか」
「………かもしれませんな」
**********
「ラファーネさん、ちょっといいかしら」
彼女たちを連れてワープでファシールにやって来た私であります。
「あら公爵様、どういたしました」
「この5人なんだけど、ここで受け入れてもらえないかなって」
「構いませんけど、どうしたのでしょうか」
「いやね、公爵領で盗賊退治をしていた時に保護したのよ。みんな可哀想な目にあっててね。だけど家族にも集落にも受け入れてもらえないっていう、そんな感じの人たちなの」
「分かりました。受け入れの準備を進めます。何かやりたいことはありますか」
「分かりません。攫われるまでは畑仕事をやってましたけど、攫われてからはずっと嬲られてたから」
「私もです」
「それなら住むところだけまず決めて、その後町の中を見ながら決めていくといいわ。それじゃぁ住むところを案内するわね」
彼女たちが見たファシールの町は、今までの集落とは別世界のようでした。大きな建物が建ち、大通りには木が植えられています。お店もたくさんあるし公園もあります。しかもいるのは女性ばかりです。
「ここはね、あなたたちのような女性だけの町よ。だから安心して、誰もあなたたちを差別したりしないわ。ゆっくり心の傷を癒してね。ここがあなたたちの住むところ。4から9まであなたたちで使いなさい。一人1部屋だからね」
玄関を開けて中を覗いた人が慌てて駆けてきました。
「私、こんなところに住めません」
ん?どうしたんだろう。そんなにひどい部屋だったかな。
「どうしたの?」
「どうもこうも、私がこんなとこに住んだら罰が当たります」
そういう事ね。今までの生活とかけ離れ過ぎちゃって、困惑してるのね。
「それなら気にしなくっていいわよ。さぁみんなで中を見に行きましょう」
彼女たちの集落の住宅事情からすれば、そりゃ簡単には受け入れがたいんだろうね。家の中で水が出て、ついでにお湯も出る。家の中にトイレがある。風呂もある。今まで風呂なんて入ったこともないかもしれない人たちです。そりゃ驚きますよ。広い居間もあって、2階もある。あの集落の建物ってみんな平屋だったからね。2階ってだけでも驚くんだろうね。その2階には広い寝室があって、ベッドも備え付けられている。集落から半ば追い出された彼女たちに与えられたのがこんなんだから、まぁしょうがないのかな。
「……という訳で、ここを一人1つづつ使ってね」
「本当にいいんですか。私たちお金ないですよ」
「ここは被害にあった女性たちの傷を癒すための施設だからお金は要らないの。ゆっくり治してくれればそれでいいんだから。後この町には交流区っていうのがあって、外の人たちと接することもできるわ。そのうち行ってみるといいわね」
「本当にありがとうございます。盗賊から助けていただいた上にここまで親切にしてくれて」
「気にしないで。これも私の仕事だから。また来るからね」
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