第79話 和平協定(前編)

「宰相様、お呼びですか」

「おぉミルランディア殿か。帝国との和平協定のことで王国としての立場を確認して、帝国側に提示する案を作ろうと思ってな」

「分かりました。みなさんはもうお集まりなのでしょうか」

「あとはナジャフ殿だな」



「…で、ドルアンカ外務卿は帝国に求める賠償金として聖金貨10000枚でいきたいというのか」

「そうですね。帝国の一方的な合意違反、我々が被った代償としてはこれでも抑えた方と思いますが」

「レヴィア財務卿、我が国の年間に掛かるお金はいかほどになりますか」

「年によって差がありますが、大体金貨100万枚ぐらいかと」

「と言うことはドルアンカ外務卿は我が国の年間でかかる費用と同額を請求するということになります。実際帝国はこれを払うことはできると思いますか」

「出来る出来ないではない。払わせるんだ」

「それで和平がご破算となって、再び戦争状態になった時のこちらの勝算と被害想定額は出ているのですか」

「間違いなく王国は勝つ。それだけで十分ではないか。賠償は帝国からふんだくってやればいいのだ」

「それ本気で言ってます。そんな考え方ではお話になりませんね」

「ミルランディア殿、それは私に対する侮辱と取って構わないのだな」

「事実を述べただけです。そもそも戦争に勝ち負けなどないとなぜ解らないのです。戦争に関わった国は全てが負けなのだと」

「勝てば領土が広がる。領土が広がることが国の繁栄なのだ」

「戦争で荒れ果てた土地、そこに住む悪感情を持つ人々。ただでさえ戦乱で国内が荒れ立て直しが急務となるところに、そのようなものを取り込めば国自体が傾くと何故理解できないのです。外務卿のお考えは帝国の年寄りの大臣と同じです」

「ならミルランディア殿のお考えをお聞かせいただこうか」

「その前にナジャフ軍務卿、帝国が国境を侵犯してからの期間と、我が国の軍の被害額を教えていただきたいのですが」

「帝国が侵攻してきてから10年と少しぐらいかな。軍の被害額は詳しくは分からんが金貨にして1万枚程度であろう」

「分かりました、ありがとうございます。軍の派兵の費用もありますからそれを加えても金貨3~5万枚と言ったところではないでしょうか。それを踏まえて最終的に我が国が帝国に支払いを求める賠償額は、金貨3~5万枚」

「それでは我が国は何も得るものがないではないか」

「最後まで聞いて下さい。我が国が帝国から現金で受け取る賠償額は金貨3~5万枚。帝国には聖金貨1000枚の支払いを請求します。これぐらいであれば帝国も支払うことができる範囲だと思います。交渉事ですので帝国も値下げを要求してくるでしょうから、最終的な落としどころとしては聖金貨500枚あたりにしたいと思います。ただそれだけでは何も残りません。たとえそれが聖金貨1万枚だとしても使えばなくなってしまうお金だけでは意味がありません。我が国の将来を長きにわたって繁栄に導くために必要なものは、帝国の機械技術です。それの一部提供を帝国に求めていきます」

「帝国の技術だと。そんなものが王国の役に立つとでもいうのか。王国の技術は優秀だ。帝国の力を借りる必要などない」

「それでは皆さん、ちょっとこちらををご覧になっていただけますか。これは私がこの間帝国に行ったときに買い求めたもので、帝国ではバイクと呼ばれていました」

「これがどうした」

「これを王都の幾つかの工房で作ることができるか聞いてみました。答えは全て『できない』だそうです」

「そんなことはあるまい。この程度のもの王国の技術を集めればできるに決まってるわ」

「できたとしていくらで売りますか」

「うーん、金貨2枚ぐらいか。いやもう少しあげないとダメだな」

「ところでこれ、いくらだと思いますか」

「金貨1枚ぐらいではないのか」

「これ銀貨20枚です。帝都ではもっと安いのもいっぱい売ってました。これは貴族の乗る乗り物ではありません。平民が乗るものなのです。事実帝都では沢山の人がこれに乗って街を動いていました。王都ではほとんどの人が歩いて移動している時にですよ。これが王国の現状です。機械の技術では帝国に大きく差を付けられているのです」

「そんなものなら奪い取ればいいではないか」

「ドルアンカ外務卿は帝国から全てを奪い取るというお考えなのですね。帝国とは合いいれず、滅することにしか興味がないようです。その考えは外務卿として如何なものかと思いますが。周辺の他の国々は王国のことをどのように見るでしょうか。覇権主義を掲げる帝国と同じとみるのではないでしょうか。軍を預かるナジャフ軍務卿はどのようなお考えで」

「帝国を滅しようなどとは考えておらん。我が国の平和を守るために力を見せる必要はあるが使う必要はない。これが私の基本的な考えだ」

「もういい、私は降りる。あとは勝手にやればいいだろう」

「ドルアンカ外務卿、これは王命ですよ」

出てっちゃった。でもあれじゃぁ和平なんて纏まる訳ないね。ドルアンカ外務卿って絶対私のこと恨んでるよね。後でどんな人か聞いとかないと。

結局結論も出ないまま会議は解散になってしまいました。陛下には宰相さんが話してくれるからいいとして、次はいつになることやら。



3日後、外務大臣の辞任の知らせが届きました。自分から辞めたわけじゃなくってどうやら国王陛下に更迭されたみたい。私は絡んでないからね。ところが次に届いた知らせにビックリしました。

『ミルランディア特別補佐を外務大臣兼任とする』

どうしてこうなるの。仕方ありません、慌てて陛下のもとに向かいました。外務大臣の拝命を受けるためです。他の大臣みんなに頑張れって声をかけられたけど、私って仕事しなくていいんじゃなかったっけ。ルイスおじさん、これは大きい貸しだからね。



と言うことで外務大臣となった私にとって帝国との和平はさっさと片づけなければならない事案です。

「それでは前回の続きになります。前回は最後の方でちょっとゴタゴタがありましたけど、交渉事ですので先延ばしにしないで決めちゃいたいと思います」

「このあいだもめた賠償額だが、どのようにするおつもりですか」

「帝国に事前に提示する額としては聖金貨2000枚。これで行こうと思ってます。これなら必ず値引きの交渉になるはずです。その時点で技術提供の話を切り出します。帝国でも提供できるものと出来ないものがあるでしょうから何でもという訳にはいかないと思いますが、少なくとも素材に関する技術、機械に関する基礎的な技術については提供を求めます」

「その技術があればこの国はどうなるのだ」

「まず新しいものとなれば商人が黙ってはいません。いち早くそれを商売につなげていくことでしょう。特にこの間お見せしたバイク、あれは街の人の生活を一変させるものになると思います。あのバイクを作るには素材は不可欠な技術です。新しい機械ができれば農家の仕事も変わっていくと思います。収穫量が増えれば領地の税収も増えます。ひいては国も豊かになります。また王国で作った機械を帝国で売ってもいいんじゃないですか」

「なるほどな。あと帝国軍の駐留に関する懸案があったと思うがそれはどのように考えておる」

「そうですねぇ、最終的な落としどころとして駐留期限を5年と見ています。なので帝国に提示するのは3年ということにします」

「ここでも仕掛けるのか」

「当然です。初めから5年なんて言ったら帝国は7年、いや10年は居座りますよ。そうさせないためにも頑張ればできるギリギリの線で迫るのです。なのでそれが3年ということです。それから駐留に伴って王国が受け取る費用ですが、軍の駐留を許可するのに年1000枚、これは据え置きます。兵士1人当たり2枚で、これは年を追うごとに倍に増やします。ですからそうですねぇ、2000枚と一人当たり5枚でいいんじゃないですか」

「それだとどれぐらいの金を帝国は支払うんだ」

「駐留する兵隊が1000人とすると初めの年が1000枚と2000枚で3000枚です。次の年が1000枚と4000枚で5000枚になります。3年目は1000枚と8000枚で9000枚。ここら辺になれば駐留兵も減らすでしょう。仮に500人になったとしても4000枚なので全部で5000枚。4年目、兵隊の数が300人に減ったとして1000枚と4800枚で5800枚。5年目、兵隊の数が100人に減ったとして1000枚と3200枚で4200枚。こんな感じではないでしょうか」

「これはずいぶんと」

「早く全面的に撤退させるためです。5年で合意したからといって5年いなければならないという事ではありません。最長5年間の駐留を認めるというものですから、別に3年で完全撤退すればそれはそれでいいのです」


「では外務卿よりこのような提案があったわけだが、何かあるか」

「特にはないが、帝国との交渉も外務卿がやっていただけるのであろうか」

「それはそうでしょう。そう言う思いがあったからこそ陛下は私を外務卿にしたのだと思っていますから。ただ協議の時にはここにいる皆さんと、協定の締結に関してはここにいる皆さんと陛下のご列席をお願いすることになると思います」

「分かった。ではこの内容を陛下に報告して、帝国に事前に渡す文書を作成しよう。外務卿殿、帝国へ持っていってはくれぬか」

「分かりました。お願いいたします」



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