第69話 もう一波乱

出直すためにホテルに戻って、ドレスに着替えます。簡単に着替えるっていうけどさぁ、帝国のお偉いさん相手に大立ち回り(力じゃなくって言葉でだけどね)をした後だけに、お風呂に入ってリフレッシュでもしなければもう持たない、って事でゆっくりとお風呂で手足を伸ばしています。

「あー、いい気持ち」

生き返ったようです。もう少しゆっくりしたかったのですが、残念なことに時間がやってきたようです。まさか裸で行くわけにはいきませんからね。喜ぶ人はいるかな?でもそんな破廉恥なことは致しません、ですから。

ドレスは3着持ってきてあります。明日は王国と帝国との間で合意を交わす大事な日なので、正装の白のドレスです。他は黄色と赤のドレスです。この前のパーティーで着たやつね。赤のドレスは交渉がまとまらなかったときに『こちらの意志は固いですよ』と心理的にアピールしようと思ってたので、その必要がなくなった今回は黄色のドレスです。


シャルルの御する馬車で宮殿についたのは定刻の15分前。何台かの馬車が車寄せにいましたが私のは馬といい車といい明らかに格が違います。他の馬も怯えている様子がうかがえます。知ったこっちゃありませんが。



「今日のこの良き日、ヘンネルベリ王国のミルランディア姫をお迎えすることができ、大変喜ばしく思っています。……」

会場を見渡すと皇帝陛下をはじめ、奥様でしょうか、陛下の隣に綺麗な女性がいます。陛下のお子様とみられる2人の若い男性もいます。もちろん会談の席にいたドルアさんやそのほかのお偉いさん方も列席しています。苦々しい顔をしている人もいますけど。

陛下のあいさつに続いて乾杯が行われ、会食が始まりました。


初めに違和感を覚えたのはスープの時でした。運ばれてきたスープから毒を感じたのです。私のだけではありません。陛下のをはじめすべてのスープからでした。まぁこの程度であれば毒の影響は全く出ないほどのものでしたから気にすることではないんですけど。食材によっては微量の毒成分を含んでるものもありますから、そういうものが使われていたんだと思いました。この時は。


『マズいっ!』と感じたのは牛のステーキが運ばれてきたときでした。私のお皿とこともあろうか皇帝のお皿の料理に毒が仕込まれていました。

『ドルアさん』

「んっ」

ピクッと動いたドルアさんにすかさず

『動かないで。平静を保ってください。ミルランディアです。直接ドルアさんの頭の中に話しかけています。驚くのも無理はありませんが、今は少しの間だけ協力してください。頭の中で私に話しかけるように何か言ってもらえますか』

『ミルランディア殿か。何かあったのか?あっいや悪い、何か言うんだったな。そうだな…、『私はダドルフ・ドルア公爵であります』これでいいかな』

『はい。今あなたは『私はダドルフ・ドルア公爵であります』とおっしゃられましたね。私にちゃんと伝わりました。では急を要することなので手短にお話しします。今運ばれてきたステーキに毒が盛られています。私のだけでなく皇帝陛下のものにもです。すぐに効き目の出るものではないようなので時間的猶予はありますが、麻痺毒の解毒薬を用意してください』

『毒ですか?』

『ドルアさん、気づかれないようにしてください。解毒薬は皇帝陛下の分だけで結構です。私は毒に対して耐性がありますので、この程度でしたら問題ありません』

『それでも…。それなら今すぐ晩餐会を中止して……』

『それはいけません。せっかく皇帝陛下が用意してくださった楽しい会ですよ。台無しにするのは忍びありません。毒が効いてくるのは恐らく30分ぐらいしてから。それまでに解毒剤を飲めば問題はありません。早く用意して下さい。万一解毒剤が用意できなければ私に言ってください、すぐに用意します』

『分かった。すぐ準備させる。姫様も料理には手を付けないでください』

『やですよ。せっかくこんな美味しそうなお料理、頂かないのはもったいないです。それに変に怪しまれたくないし、この程度の毒なら私には効かないって言いましたよね』

『十分気を付けて下さいね』


ドルアさんが用意した解毒剤は皇帝陛下の手に渡り、事なきを得た。

『ドルアさん、ミルランディアです。料理に毒を盛ったのは、どうやらここの料理長のようです。誰に指示されたのかはわかりませんが。私や陛下のお皿に残っている量では少なすぎて人には効きませんが、ネズミとかなら効果が出ると思います』

『分かった。陛下と姫の皿は後で調べよう。料理長は今すぐに拘束するか?』

『料理長は実行犯であっても真犯人ではないと思います。一度料理長には料理のお礼とこの件についての警告をしようと思います。その後はそちらで自由にしてやってください』


「陛下、この素晴らしいお料理を作った料理長にお礼を言いたいのですが、呼んでいただけないでしょうか」

あくまで知らないふり。演技も上手くなってきています。さすが【劇団ミーア】の座長ですね。

「分かった。おいっ、料理長を呼んできてくれないか。姫が挨拶をしたいそうだ」

その料理長は逃げるかなとも思ったんですけど、肝が据わっているのか高を括っているのかわかりませんがやってきました。

「美味しいお料理をありがとう。私の国では見られないお料理でしたので、美味しく頂かせてもらいました」

こっちは表向き。裏は身動きが取れないように拘束して、声も出せないようにしたうえで

『あなたが毒を盛ったのね。私にはあなたがやったと分かっています。一緒に皇帝陛下も狙った理由は分かりませんけど。残念ながら皇帝陛下は既に解毒薬を飲みましたし、私は毒に対する耐性持ちですからこの程度では効きません。この件についてはドルアさんにもお伝えしました。皇帝陛下がドルアさんからどの程度聞かされているかは知りませんけど。もう下がっていいわ』

拘束を解かれた料理長は怯えた目で私を見た後、一礼して奥へ下がっていきました。


水面下ではいろいろと会った晩餐会も終わり、私の長い1日が終わりました。後で聞いた話ですが、会場の外には武装した兵が潜んでいたそうです。ドルアさんの指示で警戒に当たっていた人が発見して排除したそうです。料理長のその後?知りませんよ。そんなのは帝国がやる事です。皇帝に毒を盛ったということで死罪になったとしか知りませんから。


**********


「ミルランディア殿、昨夜は大変申し訳なかった」

「皇帝陛下、頭を上げてください。陛下は陛下なのですから軽々しく頭を下げるものではありませんよ」

「済まない」

「私がドルアさんに相談したのは、陛下がせっかく用意してくださった晩餐会を台無しにしたくなかったからです。ぶっちゃけ私に毒が盛られるぐらいは覚悟していましたけど、まさか陛下まで狙うとは想定外でした。陛下も何事もなくよかったです」

「ミルランディア殿は命の恩人だな。ドルア、どうなっている」

「料理長は既に拘束してあります。誰の指示で行ったかを尋問している最中です。毒の検証も終わっています。ミルランディア殿の言った通り麻痺毒でした。陛下と姫以外の皿も調べましたが、毒が見つかったのは陛下と姫のものだけでした」

「そうか。そちらの方は引き続き頼むぞ」

こっから先は帝国の中の話ですから、あとは勝手にやってください。


「ミルランディア殿、この後行われる合意交換の式典で交わす文書になります。昨日の話の内容をまとめたものになります。今一度ご確認をお願いいたします」

昨日最後に私がまとめたものそのままです。削ったとこもないし、変に帝国に有利になるように改竄したところもありません。

「いいと思います。この合意が交わされれば王国と帝国はともに新しい一歩を踏み出すことができるでしょう。この合意だけでなく一刻も早い和平協定の締結、そして終戦に続くようもう一段の努力をしていきましょう」

「お話の相手がミルランディア殿でよかった。ミルランディア殿でなければ両国の関係はより悪化していたかもしれない」

「で陛下、お話と言うのは私が捕らえている賊のことですよね」

「我が帝国内で起きた不祥事でもあるが故、こちらで適正に処分したいと考えている。ミルランディア殿にはその点を理解していただいて、賊の引き渡しをお願いしたいところなのだ」

「陛下が賊と言っているのは帝国の正規軍の一部隊、特務隊のことですよね。知らないふりをしなくても結構です。あの一団が正規部隊であることは最初から分かっていましたから。陛下が知らないといったのも立場があったからでしょうから」

「何もかも分かっていたのか」

「ええ。まず特務隊以外のもの、4つの盗賊団と田舎貴族の一団と義勇団。こちらについては全てお引き渡しいたします。盗賊団の目的は金品を奪うことと私に対する報復、田舎貴族の目的は王国との交渉に使うため私を捕らえることでした。義勇団の目的は私を殺害する者でしたが、これは彼らの意志ではなく裏で彼らに指示したものがいることは彼らの証言から分かっています。具体的に誰かは頑なに言いませんでしたが。私は私を害しようとする者には強硬になりますが、あくまでその者にその意思があるかどうかです。なので彼らについては帝国に引き渡します。皇帝にお願いがあるのですが、義勇団をまとめた黒幕についてはお願いします」

「承知した。私の名において責任を持とう」

「で特務隊についてですが全てをお返しする訳にはいきません。彼らの中には私を害しようとしたもの、私を害することを命令したものがいます。彼らについては王国で処罰します、私の殺害未遂の罪で。それについては同意していただけますね」

「どのくらいになるのだろうか」

「私を害しようと企てた者、それを命令した者、執拗に私を狙い続けたもの合わせて100名ぐらいでしょうか」

「100名か。拒否したらどうなる」

「そうですね、正規部隊であることは分かっていますが陛下は正式に認めていませんので、現時点では私の命を狙った賊と言うことになります。賊の処分については冒険者に任されていますよね。なので私の方で処分いたします。もし陛下が認めた場合、軍の直接的な関与の有無に関わらず国軍として襲撃を行ったことになります。その中で捕らえた捕虜になりますので引き渡しの交渉については本国を通じてということになります。その際戦争犯罪人については引き渡さずに罰することもできますので結果としては変わらないのかと」

「分かった。ヘンネルベリで処罰される100名を除いた者を引き渡してくれれば十分だ。ところでミルランディア殿は冒険者なのですか」

「ええ、これが私の冒険者カードです」

この冒険者カード、持ち主が魔力を込めると光るんです。もちろん他人のカードでは光りません。本人を確認するにはもってこいのカードです。

「おお、Cランクの冒険者なのですか。名前のミーアと言うのは」

「私の通称です。ミルランディアを略してミーアです」

「ミルランディア殿は王族ですよね」

「ええ。ただ私の母が王宮の外で暮らしていまして、冒険者のようなことをしていました。母は周りに身分を明かさずに暮らしていました。なので私は出自を聞かされていませんでした。名前も周りがミーアと呼ぶのでそれが私の名前だと思っていました。その母も父と一緒に私が7歳の時に流行り病で亡くなりました。父の親戚の所で育てられたあと街に出て冒険者になりました。その後私を探していた王宮の人たちと共に王都へといった次第です」

「そうだったのですか」

「そんな経験もあったので話もそれなりにできたのだと思います。自分の身は自分で守るのが冒険者の基本ですから。それは戦いだけでなく交渉においてもです」

「これではミルランディア殿には敵いませんな」

「全くだ。これからもいい関係を気づいていこうではないか、ミルランディア殿」

「そうですね」


そのあと引き渡しに合意した600人について帝国側に渡しました。皇帝は引き渡しのお礼と迷惑料込みで聖金貨100枚を渡されました。聖金貨100枚って金貨10000枚ですよね。太っ腹です。まぁいろいろありましたけどねぇ。

無事に合意も交わし、私のお仕事は一応終わりました。一応と言うのは帰りがけにグラハム辺境伯と東部方面軍に停戦の指示を出さなきゃならないからね。


**********


「ミルランディア殿はいつまでこちらへ」

「もう少し居たい気もするんですけど、報告もありますし停戦の指示もしないといけないので、明後日にはこちらを発とうと思ってます。少し観光もしたいですから」

「こちらを国王陛下へお持ちください。素晴らしい品々を頂いたお礼です」

「これは?」

「機械仕掛けの持ち運べる時計です」

「こんなに小さいのですか。時を知るのは時計台の鐘の王国とはずいぶんと違うのですね」

「ここまで小さくできたのはここ最近のことですけど、もう少し大きなものは普通にありますよ」

「そうなんですね。お土産に買って帰ろうかな」

「それとは別にミルランディア様にも何か贈り物をしようと考えているようです。命を助けられたあのお礼がまだとのなので。ところが貴女がどのようなものに興味があるのか分からないもので。どういったものに興味を持たれました?」

「そうですねぇ、私が興味を持ったのはあの馬なしで動く馬車ですね。出来ればあれを買って帰りたいと思っているのですけど、お許しをいただけませんか」

「あぁ、クルマのことですか。買うのは構いませんし、一台差し上げますよ」

「ありがとうございます。嬉しいなぁ。帝国は素晴らしいですよね。ああいうものが沢山あります」

「帝都はそうですけど、ひとたび離れればこういったものとは遠い社会です。クルマ屋の場所はここに書いておきます。この手紙を渡せばどんなものでも1台貰えるように書いておきますので、気に入ったのがあればこれをお渡しください。他に欲しいものがあれば買っていただいてけっこうです。ただクルマは多少値が張りますよ」

「ありがとうございます。陛下によろしくお伝えください。また機会があれば訪問させてもらおうと思ってます」

「次はお手柔らかにお願いしますよ、姫様」



クルマは結局4台買いました。1つは少し大きいやつで人が何人も乗れるもの、これを頂きました。あとは荷物が沢山積めるやつを1台と、ちょっと小さいけどカッコいいやつを2台。小さくてカッコいいやつは私用ね。帰ってからいろいろ研究しようっと。あと時計もいくつか買いました。もちろんあの小さな時計もね。



お土産もいっぱい買ったんでそろそろ王国に帰ります。

またねっ!


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