第68話 会談
さて会談です。
親書の内容に沿った話し合いになりますけど、話の中心は国境線でしょう。今日これについて結論が出ることはないでしょうね。
「ようこそ、ヘンネルベリ国王代理」
「よろしく、皇帝陛下、ご列席の皆さま。私はヘンネルベリ国王代理、ミルランディア・ヘンネルベリ公爵です」
「ご丁寧にありがとう。今日は国王代理と呼ばせていただいた方がいいかな」
「私が国王代理であるということを承知してくださっているのであれば、呼び方は別に構いませんよ、陛下」
「まずは新国王の即位、誠におめでとうございます。帝国も隣国として敬意を表します」
「ご丁寧にありがとうございます。国内事情で前国王が前国王が譲位したもので、前国王に何かがあったという訳ではございません」
「ではなぜ」
「身内の恥になりますので控えたいと思いますが、綱紀粛正の一環と言うことでご理解いただきたいと思います」
「左様でしたか。それはそうと、姫はずいぶんとお若いのでは」
「私ですか、そうですね皆様からすると娘ぐらいになりますか。今年でちょうど20になります」
「なんと。私の所の息子よりさらにお若いとは。いやはや、しかししっかりとなさっていらっしゃる」
「いえいえ、今も私は皆様を前にして、胸がドキドキしています」
「いやぁ王国もこのような立派な姫がいらっしゃって、羨ましい限りですな」
「全くですな」
挨拶としてはこんなものでしょうね。お互い気持ちよく話には入れればいいのですから。
「それでは親書の内容について意見の交換をしたいと思いますがいかがでしょう」
「そうですね。いつまでも挨拶という訳にも行きませんからね」
「それではまず王国と帝国の間で起きている戦闘についてこれを停止し、両国の間で停戦の合意を行うということについて、帝国としてはどのようなお立場で」
「そうですね。散発的な衝突は時々起きているものの、大規模な戦闘はここしばらく起きていないのが現状ですね」
「王国は帝国の侵攻を防ぐため、これまでも専守防衛に徹しています。王国側からの攻撃は殆どないと聞いておりますが」
「小さな衝突と言うことで出合い頭と言うこともあるのでしょう」
「王国としてはこの無意味で非生産的な状態を改善したいと考えています」
「帝国としては帝国の国民がかつて自由に行き来していたところに王国が張り出してきたという認識です。その地に再び帝国国民が自由に行き来出来るようにするとことこそ、王国の信念でもあります」
「では帝国としては停戦に応じるつもりはないと」
「そうは言ってません。このままの状態が続くことがお互いにとって良くないということは承知しています。ただ、何も得ぬまま引くわけにはいかないということです」
「帝国は王国に対して領土を割譲せよと言いたいのですか」
「言葉を飾らなければそういう事になります」
「話になりませんね。帝国の方はもう少し現実を見られると思っていましたのに」
「それはどういう意味です」
「今回、何故私が来たのかと言うことです。私のような若輩者がこのような大役を任されるなど、本来あり得ることではありません。戦闘自体はほとんど行われていないにしても戦争状態の国を訪れるとなれば、かなりの数の兵士を護衛として連れてくることになります。しかし私は戦争をしに来たわけではありません。皆さまとお話に来たのです。ですから私はできうる限り最少の護衛を連れてきたのです。平和と安定を願う王国としてはこの状態を一刻も早く終わらせたいという願いがあります。しかしながら帝国が態度を変えるつもりがないという事であれば王国としても決断せざるを得ません。それを踏まえて帝国としての考えをもう一度お聞かせください」
「帝国としては先ほどの話と変わりはありません」
「ところで帝国は周辺諸国からどのように見られているかご存知ですよね」
「帝国の真意と異なる評価をされているということを承知している」
「帝国の真意ですか。国同士での合意を反故にし侵攻する。従わぬものは力をもって服従させる。これが周辺国家の見方であり真実です。異論でもありますか」
「侵攻については認めるが合意を反故にすることなどありません。それに無理やり服従させるわけなどなく、帝国の一員として加えてほしいという国があるだけだ」
「今、合意を反故にすることなどありえないと、そうおっしゃいましたよね。陛下もそうお聞きになりましたね」
「う、うむ」
「それでは先ほどの発言を念頭に置いて、今回の会談で最大の懸案事項となりうる国境の画定について意見の交換をしたいと思います」
「現在、実質的に国境となっている山の稜線を正式に国境とするのは如何か」
「先ほど帝国の方から合意を反故にすることなどありえないという発言がございました。かつて王国と帝国の間で第三国を交えて両国の国境について合意が交わされました。そのことはご存知ですね、陛下」
「その件については承知している」
「ではその合意の内容をお話しください」
「アズラート帝国とヘンネルベリ王国との国境をメラル川とする。これがかつて帝国と王国との間で交わされた国境に関する合意だ」
「お聞きになりましたね。帝国と王国の国境はメラル川。帝国はこの合意を反故にはしない。よろしいですね」
「少し休憩をくれないか。昼は用意してある。昼食を摂りながら会談としたかったのだが今はそういう雰囲気ではないようだ。本来であれば午後は1時から続きを行うのだが、こちらも少し調整が必要なので、申し訳ないが2時から再開したいと思う。国王代理には申し訳ないがこの予定でお願いしたい」
「分かりました。2時からですね」
第1ラウンドは完全に制したね。最初出合い頭に打ち込まれた感もあったけど、想定の範囲内だったし。っていうかこう来るの知ってたし。ダウンも奪ってるしね。何とか逃げたって感じかな。第2ラウンドもこの調子で行きましょう。
**********(side 帝国)
「なんてことをしてくれたんだ。完全に足元を掬われたではないか」
「申し訳ございません。つい」
「ついでは済まないのだよ、交渉事は。あの娘を見てみろ。しっかりと地に足を付けて落ち着き払っているではないか」
「新しい国境の合意を交わすというのは」
「この状況でできると思うか。あの娘は前に交わした合意の内容を知っていた。知っていて私に公表させたのだ。後に引けぬように。実に狡猾だ」
「でもここで引けば他の国との間でも」
「だから引くわけにはいかないのだ」
「ただ決裂となれば特務隊は」
「それなんだ。特務隊の為にもある程度は王国側に譲歩せざるを得ない。どこまで譲るかだ」
「停戦まででしょうな。停戦した上で実効支配は続ける」
「実効支配と言うことは国境はメラル川であると認めるということだぞ。周辺国の対応はどうする。今以上に風当たりは強くなるぞ。それにその案で特務隊はどうなる」
「難しいですか」
「ならいっその事、姫を人質にとって開戦は」
「忘れたのか。あの一行は道中4つの盗賊団、そのうちの一つはあの『ブラッド・ファング』だ。それから田舎貴族と義勇団と言う集団、それから特務隊を事も無げに片づけている。しかも無傷でだ。そんなものを懐に抱えて事を起こしたら寝首を掻かれるのはこっちだ。それに今王国との争いに傾倒してみろ、他の戦線はどうなる。総崩れもありうるぞ」
「八方塞がりですか」
「それではいっその事和平を提案するのは如何でしょう。王国との国境はこの際諦めましょう。その上で帝国国民を保護するという名目で駐留を続ける。これなら乗ってくるかもしれません」
「実効支配ではなく駐留か。乗ってくればいいのだが。和平を結んだとして周辺国との関係はどうなる」
「王国のように公式な合意を交わしたところは他にありません。みな口約束のようなものですから大きな問題にはならないでしょう。それにあれだけいがみ合ってた王国との間で和平を結んだという事であれば周辺国も評価することと思いますが」
「何か異論のある者はいるか」
「西側は惜しい気がしますが、致し方ないでしょう」
「これで特務隊をどこまで戻せるかがポイントになるな」
「どれぐらいとみている」
「50~100は戻ってこないでしょう。全部隊で命を狙ったということのダメージが大きすぎます」
「奴らを引き取るカネと賠償金も用意しておいてくれ」
「いかほどを」
「聖金貨で100枚。『ブラッド・ファング』や他の盗賊の分は後でギルドに請求を廻しておけ」
「すべてはこの後の会談ですね」
「正直言うともうあの娘と話すのは嫌だな」
「同意します」
へー、帝国から和平を持ち掛けるんだ。これはちょっと予想外。でもまぁこっちが想定していたプランとあまり変わらないみたいだから、概ねOKかな。ただ無期限の駐留は許さないよ。3年だね。あと駐留費として兵士1人当たり金貨1枚の支払いと、翌年からは倍額にするということも付け加えさせよっと。
**********
「お待たせして申し訳ない。それでは会談の続きをはじめましょう」
「分かりました。それで話はまとまりましたか」
「ええ。帝国はヘンネルベリ王国と和平を結ぶことを考えています。それについてこちらから提案を行いたいと思いますが、よろしいでしょうか」
「和平ですか。先ほどまでとまたずいぶん違いますね」
「まぁそうですね。帝国としても苦しいのですが、国境については合意がある以上反故にはできない。反故にして全面戦闘に突入すれば苦しむのは民です。帝国としてもそれは避けなければならないのです。それであれば王国との間に和平を結び、商人などの活動を活発にした方が利があると、そのような結論に至ったわけです」
「それでどのような提案をしていただけるのかしら」
「そうですね。まず和平と言うことですので戦闘行為の即時全面停止。停戦ですね。これについてはこの大枠の合意ができた時点で実施します。そして懸案の国境線ですが、かつての合意通りメラル川とします。ただメラル川の西側にも帝国の国民が住んでおります。その国民の保護のために軍を一部駐留したいと思います」
「帝国が侵攻し実効支配したところに入植した民を守るために軍の駐留を認めろと、そうおっしゃるのですね」
「概ね認識としては違いないかと」
「であれば駐留の期限は3年。その3年の間に帝国民は帝国内に移るか移民を希望するかを選択してください。必ずしも移民が通るとは限りませんが。少なくとも3年のあればできますよね。それから駐留にあたって駐留費のお支払いをお願いいたします。そして駐留期間が終わり完全に撤退するのをもって終戦とする、これで如何でしょう。これであれば私としても本国で説明と説得ができます」
「3年か」
「一応3年と言いましたが、これについては実務者で協議を行えばいいと思います。実効支配の区域にどれだけの帝国の人が暮らしているのかの調査も必要でしょうし。あと駐留費のこともありますので」
「駐留費は王国は払うのですよね」
「何を言ってるのですか。王国は変動の期間において帝国の軍が王国に留まることを認めるのです。別にお願いしていてもらう訳ではありません。むしろ早く戻って欲しいという気持ちですよ。帝国が民のために軍の派遣をお願いするのだから、もう言わなくてもおわかりですよね」
「「「……………」」」
「あと、戦争の賠償についてです。一方的に侵攻を受け、一方的に被害を被ったのは王国です。それについてはどのようにお考えでしょうか」
「侵攻については認めるが、被害については我々も被っている。そこは相殺していただけないだろうか」
「では賠償を行う意思はあるということでよろしいですね」
「参ったな。姫様には完敗だよ」
「そんなことはありませんって。今日の会談についてまとめたいと思いますがよろしいですか。まず和平を提案したのは帝国からである。両国間の戦闘行為は即時全面停止する。これはこの合意、正式な和平協定ではなく今回の合意と言うことですが、この合意ができた時点で実施すると。王国と帝国の国境はメラル川とする。メラル川西部で暮らしている帝国民の保護のために期限付きで帝国軍の駐留を認める。駐留にあたって帝国は駐留費を支払う。駐留期限をもって帝国軍は撤退し、終戦とする。帝国は王国への侵攻に対しての賠償を行う。以上だと思いますが他に何かありましたでしょうか」
「それでいいと思います」
「それではこの内容について正式な文書としてまとめてください。明日陛下と私がサインをして正式に合意を取り交わしましょう。時間は3時でよろしいですか」
「その前に少しお話したいことがあるので、1時からにしていただけませんか」
「分かりました。ではまた明日1時に。そろそろ時間ですね。今日の所はこれまでにしましょう」
「姫様、この後6時から晩餐会がありますのでお願いしますね。いろいろと思うところはありますが、和平と言ういい形で折り合うことができたと思っています。楽しんでいただきたいと思っていますのでお願いしますね」
「こちらこそ楽しみにしています。ではまた、後ほど」
よしっ!完勝!思った通りに運べたね。一応成功かな。後でおじさんに報告しとかなきゃ。お金と期間の交渉は大変そうだけど、もう私はやりたくないからね。
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