第67話 対策(side 皇帝)

「あの娘、どう見た」

「第一印象は若い娘だなと」

「そうだな。俺もあんなに若い娘が来るとは思ってもみなかった。初めは王国の意図を疑ったものだ」

「そうですねぇ、いろいろ驚かされることがありました」

「そうだな。まずは『特務隊』のことだ」

「彼女の捕らえた特務隊は400人ぐらいと言ってましたよね。あれジルフの全部隊です」

「もしあれを失ったら、軍はどうなる」

「歩兵隊、騎兵隊、弓兵隊、魔法隊合わせて3万はいますので戦力的には問題はありませんが、ジルフの部隊は諜報もそうですが暗殺、誘拐と言った任務が主だったのでそれが出来なくなるのは」

「諜報部隊はどうなのだ」

「ジルフの部隊以外に100名ほどいますが、練度はまだ」

「諜報で後れを取り、暗部を失うか」

「こちらで裁くと言って取り戻すしか」

「そうするしかないのは分かっている。だがあの娘が納得するかだ」

「難しいですね。10名程度失うのは仕方ないでしょう」

「10名で済めばいいが。それにあの娘『特務隊』が正規部隊と知って我々にカマをかけてきたのだ。私が知らないと嘘を言ったこともすでに見抜かれていることだろう」

「そうでしたか?私にはそのようには見えませんでしたが」

「お前ももう少し観察力を付けた方がいいな。恐らく40~50の引き渡しは拒否してくるはずだ」

「10分の1ですか。認めるんですか」

「認めざるを得んだろうな。拒否をすれば一人も戻らなくなる。表向きは私も知らない国も関与していないただの賊扱いだからな」

「ならいっその事、特務隊は国軍の一部隊であることを認めてしまえば。もちろん陛下が知らないところで勝手に暴走したものだと。それは事実ですから」

「うーん。帝国は軍特務隊が王国からの使者の暗殺を企て実行したが作戦は失敗に終わった。特務隊は捕虜となった。こうなるのだが」

「認めればそうなります」

「だがその捕虜の引き渡しをどうやって求めるんだ。正規軍が王国の代表を狙ったんだぞ。正式に宣戦を布告していないにしても戦争状態だと言われれば明らかに分が悪いのはこちらだ。今特務隊を裁く権利は王国側にあるのだ」

「なら、王国を攻め落としてしまえば」

「本気で言っているのか」

「いえ、すみません」

「この件を本国に持ち帰られればさらに面倒なことになるな。賠償の請求に加えて特務隊の解体ぐらいは言ってくるだろう」

「ジルフのやつ、勝手なことをしおって」

「特務隊が正規部隊であると認めたうえで、部隊が独断でとった行動なので軍としての関与はないと。帝国軍として特務隊に軍紀違反の処罰をしなければならないのでできれば返していただきたいとお願いするしかあるまい。その際戻されないものがいたとしてもこちらとしては飲むしかあるまい」

「承知しました」

「賠償金の用意もしておいてくれ。ただでは返してはくれんだろうからな」

「本国からの要求につては」

「それもある程度飲まざるを得んだろう。特務隊に代わる部隊の編成を急がせよ」

「はいっ!」


「しかしマズいな。お前もあの親書を見ただろう。戦闘を停止して国境を以前に両国で合意したもので画定するという内容だ。戦闘の停止についてはこちらとしても願うところだ。軍を動かすには金もかかるしな。国境線についてはそういう訳にはいかないのだ」

「今のラインじゃないのですか」

「今はあの山を国境にしているが、以前に合意した国境線と言うのは今の国境線よりさらに東側、大きな川が流れているだろう、あの川が国境だったのだ」

「大きな川ってあの砦に近い町よりさらにこちら側を流れるメラル川のことですか」

「そうだ。帝国はその後に侵攻した領土を実効的に支配はしているが、両国の間で正式に交わされた文書では国境はメラル川なんだ」

「そのことを知っている者は」

「今ではほとんどいないだろうな。それゆえ国境線だけは譲れんのだ」

「どうします」

「現状の国境線で画定することを提案する。あの小娘とて昔に決められた国境線のことなど知らんだろうしな」

「最悪の場合は」

「決裂になっても構わん。現状を最低限のラインとしてさらに侵攻をかけるために準備を進めろ」

「そうならないことを期待します」

「小娘次第だな」


「あとあの小娘の持ってきたものを見てどう思った」

「ティーセットとグラスですか。いいものだとは思いますが」

「帝国で作れるものなのか」

「それは何とも」

「やはりそうか」

「あのガラスを帝国で作るのは難しいですね。あそこまで純度を高める技術はまだありません。それを使った5つのカップ、全てが同じでした。人間業ではございません。グラスにしてもそうです。オリハルコンであそこまでのものはとても」

「そうだな。まったく同じ2つのオリハルコンのグラス。そして2つのミスリルのグラス。この4つのグラスの意図するところか。王国のやつらめやるな」

「意図するところと言うのは、技術力の高さのアピールと言うことですか」

「それだけではない。あのグラスを記念に配ったと言っていたではないか。1つとしては小さいかもしれぬ。恐らく1つ100グラムにも満たぬであろう。だがそれを配るほど作ったとなれば別だ。国王の即位記念となれば500は下らん。と言うことはオリハルコンだけで50キロだぞ。それほどのオリハルコンで武器ではなくグラスを作ったのだ。優れた武器になるものをだ。これはオリハルコンなどいくらでもあると暗に示唆しているものだ。しかもグラスにすることで平和のアピールもしてくる。非常にしたたかな心理戦だよ」

「そこまでの意図があったとは」

「だが王国のこの技術、我が帝国に欲しいものだ」

「陛下。………ついていきます」


「小娘の空間魔法は厄介だな」

「マジックバッグにあの牢屋。どうなっているのか私にはわかりませんが、面倒な相手ではあると思います」

「いかに優秀な護衛と言ってもたかが10人。それだけで退けたとは思えん。しかも全員生きたまま捕らえられている。あの小娘が何かしたに違いないが…」

「あの娘の素性が分からないことには何とも言えません」

「あの娘、人を殺したことがあると思うか」

「分かりません。ある感じもするのですが、王族の姫ですよね。果たして王族の姫に人を殺すような場面があるのかと。仮に盗賊や暴漢に襲われたとしても対処するのは護衛でしょうし」

「俺も引っかかってるのはそこなんだ。面白半分で人を殺すような人ではないだろう。しかしあの襲撃者を容赦なく捕らえるあのやり方。しかもだれ一人殺さないという強い意志も感じられる。王国はこれを見越していたのか」


**********(side ミーア)


『伯父様、ミーアです』

『おぉどうだ、そちらの様子は』

『今日、皇帝陛下に挨拶に行きました』

『そうか。ちょっと待ってくれ、国王を呼んでくる』

『なら国王陛下を入れて3人で打ち合わせをしましょう。ちょっと待っててくださいね、今国王陛下と繋ぎますから』

『そんなこともできるのか』


『国王陛下、ミーアです。今よろしいですか』

『構わないがどうした』

『今ルイスおじさんに報告しようとしてたんです、今日皇帝と会ったことを。そしたら国王も一緒にと言う事なので』

『なら私も加わろう』


『ルイスおじさん、国王陛下、聞こえますか』

『聞こえるぞ、リオはどうだ』

『大丈夫だ。ミーア、国王じゃなくってリオでいいからな』

『はい。じゃぁ今日の報告をしますね。今日は挨拶だけです。親書を渡して確認してもらいました。後お土産を渡して少し雑談ですかね』

『雑談って』

『陛下が道中のことを聞かれたんで、盗賊団や賊に襲われたことをお話ししました』

『ミーアは大丈夫だったんだろうな』

『私も護衛も傷一つついてはいませんよ、安心してください。結局帝都に着くまでに小さな盗賊団に3回、大きな盗賊団に1回、田舎貴族と1回、継承権のない貴族の息子たちと思わしき集団と1回、帝国正規軍特務隊と1回、これだけの襲撃を受けました。ホント私でよかったです』

『正規軍ともやったのか』

『ええ。本人がそう言ってましたし、皇帝陛下もその側近もその反応が物語っています。全員生きたまま捕らえてあります』

『全員か』

『はい、400人程。特務隊と言う特性から見て、400人と言うのは部隊全部だと思われます』

『それをどうするのだ』

『帝国は何かと理由を付けて返すように迫るでしょう。ただ全員という訳にはいきませんねぇ。私を殺害しようとしてましたから、少なくとも小隊長以上の80人と目立った者20名程度については王国に連れて帰って処分します。あとは話し合い次第だと思いますけど』

『その話し合いはどうなりそうだ』

『停戦については双方問題ないと思いますが、国境について帝国が妥協することはないと思います。ただこちらとしても帝国の実効支配を受けてるあの領地を奪還することは悲願でもあるので、なんとかこちらの形で収めたいと思っています。特務隊にはそのためのコマになってもらうつもりです。戦争は嫌ですけど、もし私に火の粉が降りかかってくるのなら全力で払いますよ』

『私としてもミーアを戦争に駆り出したくはない』

『私はしばらくここに留まります。会談は恐らく三日後、会談の後には晩餐会を開くとも言ってました。ただ恐らく会談は1日では終わらないでしょう。私的な妥協線は、国境は合意通り川であることを確認してその上で期限を区切って帝国の駐留を認める。5年ぐらいでしょうか。その間に帝国に戻る者は戻ればいいし王国に移民を希望する者は受け入れてもいい。期限後は帝国軍は完全に撤収する。この辺りが現実的な線ではないかと思いますけど』

『確かにな。その線で構わないだろう。ところでミーア、本格的に政治をやってみる気はないか』

『リオ伯父様、それは今話す必要があるころなのですか』

『そうであった。ただあまりにミーアの全体を見る目と折り合いの付け方が優れていたものでな』

『その話は置いといて。恐らく帝国は今の国境線を主張してくると思います。帝国としても国境線を元に戻すということに合意するとなれば弱腰ととられかねませんから。そして私が本当の国境線を知らないと思っています。親書にも川の事、確かメラル川でしたっけ、そのことについては書かれていませんでしたから。今日の挨拶で緒戦を制せたと思います。慢心も油断もしませんけどこの勢いを大事にしたいと思います。私は帝国の提案を蹴ります。私もこちらの考えを通しますが蹴られるでしょう。その上で先ほどの案を提示して帝国の反応を伺います。大枠で合意ができればいいと思ってます。期間や駐留の規模などは後で調整してください』

『その線で行くとしよう』

『ではそのようにします。また連絡しますね。それじゃぁ』


皇帝陛下ったら私が知らないと思ってるんだから大笑いよね。私は情報戦ならだれにも負けないわよ。さっきの話だって全部聞いてたんだから。会談が楽しみですね。


**********


「先ほどヘンネルベリ王国から使者が到着した。ヘンネルベリでは国王の交代があったそうだ。そして新国王からの親書を手渡された。親書の内容は大きく3つ。一つは新国王に即位したことの挨拶、これについては特に何もない。次に帝国と王国の間での停戦の申し入れ、これについては我が国としても経費の面から見て同意してもいいと考えている。ここまでで何かあるか」

「恐れながら、停戦については我が帝国にも利があるとのことですが、賠償などは如何なものでしょうか」

「賠償については双方求めないという旨になるであろう。痛み分けと言うところか」

「何も取れないというのは残念です」

「最後の一つについては帝国としては飲めるものではなかった」

「「「(ザワザワザワ)」」」

「国境の画定だ。かつて我が帝国と王国の間で合意した国境線にするというものだ。その合意した国境線と言うのはメラル川なのだ」

「我々にメラル川まで引けと言うのか」

「何もなければこのような戯言一蹴しておわりのだが、マズいことが起きているのだ。ジルフ隊が捕まっている」

「ジルフ隊が?何故」

「どうやら先走って消しにかかったらしい。ところが返り討ちに会って全員纏めて捕まっている。今のところ表向きは帝国には関係のない賊と言うことになってはいるが、恐らく向こうは帝国軍特務隊であることを知っている」

「捕虜を諦めれば」

「言っただろう。捕まったのはジルフ隊全員、400名だ。捕虜を諦めるということは特務隊を諦めるということなのだぞ」

「化け物なのか」

「化け物、そうかもな。王国からの使者は女一人と付き人、あと護衛10人。たったこれだけなのだからな。しかも全員無傷ときてやがる」

「陛下はどうするおつもりで」

「国境線は現状で画定することを提案するつもりだ。メラル川まで下がることは到底受け入れられない」

「国境がメラル川と言うのは間違いないんですか」

「あぁそうだ。その後再び我々が侵攻を続け、今の位置まで実効支配してるというのがあの地なのだ」

「向こうがこちらの提案を蹴ったら」

「最悪のことも想定しなければならないだろう」

「戦争ですか」

「力を見せつける必要もある」

「会談は三日後。時間は10時から昼を挟んで3時まで。その後晩餐会が開かれることになっているので皆の者よろしく頼むぞ。合意に至らなければ翌日10時より再び行う。その後文書を交わして会談の終了と言う流れになるだろう。使節が帰国の途に就くのはその後、早くて五日後になるだろう。皆の者いいな、これ以上問題を起こすのではないぞ」

「御意に」



その後ジョルジュの所へ会談の日程が伝えられました。私ですか?当然街をブラついてますって。



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