第53話 ファシール

「おじいさま、おじいさま。町ができましたよ」

「町ができたって?」

「被害女性の保護施設の町です。ミシャルのそばに作ってたやつですよ」

「ではメンバーを集めて会議を開こう」

えっ?保護施設ができたって言う報告するだけなのに会議ですか?


「えー、この度、ミルランディア姫の方で進めていた被害女性たちの保護施設が完成した。その報告とこれからのことについて皆の話を聞こう」

「姫、もうできたのでしょうか」

「ええ。木こりの皆さん、大工の皆さん、木材加工の職人さんたち、土魔法使いの皆さん、その他道路整備や建物の建築、畑の開墾、森の整備など多くの作業をしてくれた皆さんのおかげで、施設というか町が完成しました。全部で7~800人からの作業でした。このあとここの皆さんに見て頂こうと思います」

「わかった。他に何かあるか」

「そうですねぇ、いつまでも保護施設って呼ぶわけにもいきませんし、施設って規模じゃなくってむしろ町なんで、その名前を決めないといけないかな。あと代官ですね。これについては国から派遣することになってたと思いますので」

「名前かぁ。ミーア町じゃダメか」

「それはイヤです」

「ミルランディアが作った町だからいいと思ったんだが」

「どうするとそのような発想になるのですか。私は自分の名前を残そうなんて思ってませんから」

「うーむ………」

「あと代官は決まってますか。私はできませんからね。私の本職は冒険者で、町の開発のお手伝いはしましたけど、町を治めるとかそういうのはできませんので」

「代官まで断られたか。というのは冗談じゃ。就任する者は決まっておるから安心せい。それより町の名前じゃ。ミルランディアは何かないのか」

「『ファシール』というのはどうでしょう」

「『ファシール』か。優しそうだな」

「姫が出してきた名前だ。それでいいのではないか」

「もうちょっと真剣に考えてくださいよ」

「だが他にいい案もないようだし、『ファシール』でいいのではないか」

こんなんでいいのでしょうか。思いつきで言った名前が即採用されるなんて。

「代官になる方ってすぐにお呼びできますか?」

「ちょっと待っておれ。今呼んでくるから」

「ではその方と一緒に町の視察に行きましょう」



代官になる人はラファーネさんという内務局で働く方だそうです。他に財務局、農政局、商務局、警備局の人たちもファシールに行くそうです。畑のことは農政局の人の方が詳しいし、商売のことは商務局の人の方が詳しい、町の警備は警備局の人に指導してもらった方がいいからね。おじいさまや伯父様もちゃんと考えてくださったのですね。

「集まったか」

「これで全員です」

視察に行く人は全部で40名以上になってます。なんか大臣がぞろぞろいます。国王に王族、国の大臣が総出となれば警護に付く人もおのずと増えてしまうのは仕方ない事なのでしょうね。

「それでは皆さん、これからミシャルの街の近くに新しく作った町『ファシール』に行きます」

「ミシャルって行って帰るだけでも10日以上はかかるところだぞ。どうやって行くんだ」

「魔法を使って移動します」

ちゃんと事前に会議のメンバーには魔法で移動するって伝えてあります。もうワープの魔法が知られるのもしょうがないですからね。こういう時には使うようにします。戦争では絶対に使いませんけどね。


ファシールの門の前にゲートを開きました。

「さぁ皆さん、こちらへどうぞ。ここをくぐるとファシールです」

慣れた人はスタスタと、初めての人は恐る恐る入っていきます。

「おぉーっ!」

王都の門にも引けを取らない真っ白な新しい門が出迎えます。門に続く壁は周りの森の中へと続いています。

「説明させてもらいますね。この『ファシール』という町はこのあいだの事件で被害にあった女性たちを保護する目的で作られました。なので門も厳重に作られています。この壁は街をぐるりと囲っています」

「町の大きさはどれくらいなんだ」

「この壁の内側はアルンドの街のおよそ3倍、これから見る市街地はベルンハルドの街の半分ぐらいかと思います」

「アルンドの3倍か。かなり広いな」

「中には市街地だけでなく畑や草原、森もあります。なのでそれぐらいの広さになりました。ここは町とは言っても保護施設です。いろいろと心に傷を負った人たちが元の生活を取り戻すための場所です。外から簡単に人が入ってきても困りますし、かと言って作業の度に町の外に出るのも心配です。なので町の中に畑も作りました」


「こちらの門ですが、この通路だけでおよそ7~80メートルほどあります。門の外はご覧のように堀になっていて、跳ね橋がかけられています。門の外側と内側には門扉が、中には落とし格子が3つ備えられています。これは族の侵入に備えてです。女性だけの町ですから賊の侵入はあってはならないんで」

「王都の門より立派じゃないのか」

「あの壁とこの門じゃ侵入することは難しいな」

「ところでミーアよ、なぜこのような複雑な門にしたのだ」

「族が一気に入ってこないためです。通路を曲げたり広くしたり狭くしたりすると、族の侵入の速さは格段に落ちます。少し広いところを作っておいて偽の通路を付けておけば迷うでしょ。そろそろいいですか。中に入りますよ」


「うわぁ、これはすごい」

道幅は広く綺麗に整備された道路がまっすぐ伸びています。

「ええと、この通りがメインストリートですね。両側に店が並びます。門に近いところは主にアクセサリーや工芸品、中央付近に食料品と食堂、奥は服や雑貨の店になる予定です。一応どんな店でもできるようには作ってありますけど、食堂向けの店舗は食堂を開くのに使いやすく、服のお店では手直しをするための少し広めの工房が用意されてたりと多少変えてあります。道の真ん中に木を並べたのは、木陰が出来たり緑があると気持ちいいでしょ。所々にある小路の奥にも少し小さめの店舗を用意してあります。隠れ家的なお店って素敵じゃないですか」

「これだけのものをたったあれだけの期間で建てたのか」

「そうですね、頑張りましたから」

「頑張ったでできる規模じゃないですよね」

「だが確かに半年前はここは森だった。それをここまで…」

「皆さん勘違いなさってませんか?一人一人の希望を聞いてああだこうだとやってたら、とてもそんな期間じゃできませんって。頭の中で考えながら少しずつ変えて錬金術で作ってくだけですから。ほら、よく剣とかでもあるじゃないですか。業物は1振り作るのにも時間がかかるけど、大量生産品はすぐできるでしょ」

「これを錬金術で作ったのか?」

「そうですよ。そうじゃなきゃできませんって。木こりと木材加工職人と土魔法使いの皆さんは、材料をそろえたりするのに頑張ってくれたんです。大工さんは建てたものの確認とか扉を付けたり窓をはめたり、水場を整えたりといったことをしてもらいました」

「いくつぐらいあるんだ?」

「えっと、数かぞえてないから正確なのは分からないけど、たぶん100~150ぐらいだと思いますよ。もしかしたらもうちょっとあるかな」

「それだけでも立派な町だな」

「でもこの店舗、基本的には住居兼用じゃないんで。住居は別のところにあります。後で案内しますね」


「では次に工房の方を案内しますね。ファシールには工房区を4つ作ってあります。この街の住人は女性だけになりますから、主なものは服とアクセサリー、工芸品になるかと思います。鍛冶を行える工房も用意してありますけどそんなに多くは用意してありません。あの一角ですね。広さもいろいろあります。数人でやるところから数十人でやれるところまで何タイプか用意しました」

「内装はどうするんだ」

「それがねぇ、問題なんですよ。こればっかりは使う人によってみんな好みが違いますからねぇ。一応使いそうなものはたくさん用意してありますから初めのうちはそれらを使ってやってもらうしかないですねぇ」

「用意って?」

「あっ、ほらっ。あそこに見える大きな建物があるじゃないですか。あれ倉庫なんです。ああいうのが町にいくつか建っているんですよ。中、見てみます?」

中にはいろんなデザインの机や椅子、台や棚、台車から食器、鍋釜やらとにかくいろんなものが入ってます。

「全然足らないと思いますけど、まぁ言ってもらえればまた作りに来ますんで」


「あれは一体何なんだ」

「あれがこの街の住居です。1つの建物で10戸。それを10個集めて1つの居住区にしています。その居住区は全部で7つありますから、全部で700戸の住居ということになります。住居についてはどれもみんな同じ作りです。家はいろんなパターンを用意しませんでした。先に来た人と後から来た人とで差が出ちゃうと、面倒なことが起こりそうだなって思ったから」

「それは賢明だな。つまらない軋轢が代官の仕事を増やすことに繋がるからな」

「そこまで考えていただいていたとは、恐れ入ります」

「あとは、同じものの方が建てるの早いしね」

家の中は、まぁそこそこの広さですよ。家族4人で暮らしても狭いとは感じられないぐらいには。貧しい村なんかだとお手洗が外にあるところもあるけど、ここではそんなことはありません。中にちゃんとお手洗もあるし、お風呂もあります。

「これは。全部に風呂が付いているのか」

「そうですよ。身体を拭くだけだったり魔法で綺麗にするだけじゃ落ち着かないですから。ゆったりとお風呂に入ればリフレッシュできますって」

「それにしても高級な宿屋並だな」

「1階が台所や洗面所、お手洗、お風呂と後は食事をするところですね。食事をするところは広くっ作ってありますから寛ぐこともできると思いますよ。寝室は2階です。2階には大きな寝室1つと服用の倉庫クローゼット、後部屋が2つあります」

「これだけの設備だとここにずっといるんじゃないか。特に娼館で働かされていたような人は」

「娼館で働かされていた人たちはすぐに出て行くと思います。悲しい事ですが、一度あのような商売に就いた人は離れられないそうですから。むしろあそこでBグループとされていた人たちの方が出て行かないでしょうね。まぁそれは仕方ない事です」

チョット暗い話になっちゃったので外に出て視察を続けます。

「1つの居住区で100人が暮らすわけですから、みんなが集まれるような建物といくつかの広場も用意してあります。木を植えて木陰を作ったりベンチを置いたりしています。これがこの街の居住区です」

「新しい町の形だな。ミルランディア、後でちょっと相談に乗ってくれ」

「何かあるんですか、伯父様」

「うん、ちょっとな。試してみたいことがある」


「商店街、工房区、居住区と見ていただきましたが、最後に代官やそのほか町の仕事をする国からの人たちの住居と仕事をするところを案内します」

「いよいよ私たちの所ですね」

「そうですね。ちょっと期待しちゃいます」

案内したのはメインストリートの突き当りの一角にある行政区です。

「ここは行政区と呼んでいます。あれが代官の家ですね。他にどれぐらいの人が来るかわからなかったので、一応偉い方の住まいを10棟、普通の職員の方用を100戸用意してあります。職員の方の部屋はさっきの居住区にあったものを少しグレードアップした感じです。2つあった2階の部屋が3つになってたり、1階にも部屋があったり、専用の庭が付いてたり、まぁそんな感じです」

「ちょっと待って、代官の家ってあれ?」

ラファーネさん、目が飛び出てますよ。口を閉じてください。

「そうですけど、どうかしました?」

「どうかって、私あそこに住むの?」

「ええそうですよ。代官邸ですから。私も代官の家って見たことがなくって、近かったのがあのミルデュース子爵の領主邸ですか。あんな感じて作ってみました。他の家は前にお世話になった男爵の家をイメージして作ったんで代官邸に比べればちょっと小さいですけど」

「ねぇ、私たちの家ってあそこみたいよ」

「あれってお屋敷よね。王都で今住んでるとこよりずっと立派なんですけど」

「はじめに保護した女性の施設で働くようにって言われたときは都での生活ももう終わりなのかなって思ったけど、こんなのが用意されてたなんて。もしかして私たちってラッキー?」

「その分仕事はしてもらうぞ。分かってるな。報告書は週に1回ちゃんと提出するんだからな」

「こんなとこまでどうやって取りに来るんですか?それとも持っていくんですか?」

「姫様にお願いすればすぐじゃないか」

「姫様~、助けてくださいね」

「勘違いしてるかもしれませんけど、この町、男性いませんよ。男日照りの生活我慢できます?」

「男なんて私たちのことを道具程度にしか思ってないないんだからいいんです。私なんて結婚って言っても会ったことも見たこともないどっかの男の妾に押し込まれるぐらいでしょうから。こっちの方がずーっと素敵な生活です」

王都の役所で働いてる女性って強いんですね。大臣さんたち下向いてますよ。もしかしたら妾にしたかったのかな。ラファーネさんきれいな女性だからなぁ。


「えっと、あそこの建物で仕事をすることになります」

5階建ての大きな建物です。下の方の階ではここで暮らす人たちの相談を受けたりするところで、中ほどの階はそれぞれの仕事をするところです。支給品を分けたり必要なものを買ったり住居や工房、お店の管理、税金を集めたりやることはいっぱいあります。一番上は代官の執務室と大小の会議室です。

「あそこでこの町の全ての仕事をするのですか?」

「そうです。1か所に纏めておいた方が便利でしょ」

「何人ぐらいがここで働くんですか?」

「ホントだったら10人ぐらいで足りるんでしょうけど、特別な町だからねぇ。外回りの人もいるからまぁ50人ぐらいじゃないですか」

「それぞれ5~6人の職員を付けようと思っている。本来なら2~3人といったところなのだが、テストケースだしな」

「まぁ町の運営は代官を中心にまとまってくださいね。それからあの建物は治療院になる予定です。けがや病気の人で家に帰せないような人には泊まってもらう部屋も多数用意してあります」

「回復魔法使いはいるんですか?」

「一人当たっているところです。多分引き受けてくれると思います」


「一応町の中はこんな感じですけど、何かあります?」

「外とのやり取りはどうするのだ」

「一応前の話では、食料品とか生活に必要なものについては当面の間支給するということになってたと思います。なので物資の管理については行政区で仕事をする人たちでお願いします。支給は月に1度か2度ぐらいだと思います。ミシャルからの行商隊を最低週に1度は来るように言ってありますので、支給されるもの以外はそちらから購入してください。急ぎの場合は私が寄った時に言ってくれれば処理に回します。あとこれからの整備になりますが、門の外側に小さな町というか交流区を作ろうと思っています。気づいたでしょうか、この町には宿屋がありません。外からの客が来る町ではないからです。でもそれだと商売をする人は困りますよね。だから町の外に宿屋や食堂、ここで作った物を卸す市場なんかを作ります。心に傷を負った人が住む街ですけど、普通の生活を取り戻し今までのように暮らせるようになるには、やはり外の人との交流が欠かせません。交流区で商売したりするのもいいですね。何せこの町には出会いがありませんから」

「そういった施設は誰が運営するんだ」

「外の町については代官が見ることになるでしょう。外には普通に男の人もいていいわけですから」

「交流区に娼館を作ってくれと言われたら」

「それは代官の匙加減でいいでしょう。断ってもいいし作ってもいい。特に中の人が作ってくれって言ったら考えなきゃいけないでしょうからね」


「じゃぁ町の外に出てみましょうか」

町の外側は柵で区切られています。門番を置くわけでもないですからこんなもんでいいのです。

「こっから先が町の外ですね。こっちに広がるのが畑です」

綺麗に整理された畑の周りには水路も整備されていた。

「1つでそれぐらいなのか」

「大体50メートルの20メートルといったところです。それがまぁたくさんあります。畑っていうか農業をやりたい人には区画ごとに貸してあげてください。一人5区画もあれば十分だと思います。水路の水は森の湧水を使っています」

「麦や野菜を作ればある程度の自給も出来る訳か」

「草原の奥の方には豚や牛や鶏の牧場もあるので、上手くやれば自給できるんじゃないですか。そこら辺は農政局の腕の見せ所です」

奥の森は憩いの場ですね。大分木の数も減らして見通しよくしてあります。森というよりは林っていった感じです。ウサギなどの小動物はいますけど、狼や熊、イノシシなんかはいません。もちろん魔物もいません。全部駆除しちゃいました。


「これで全部です。このあとこの町を空から見ようと思いますけど、見たい人いますか?」

会議メンバーの10人は分かる。ラファーネさんをはじめとするこの町の主要メンバーも分かる。そこで目を輝かせている大臣さん、何を期待してるんですか。ただ上から町を見るだけですよ。

護衛の皆さんは遠慮するようです。見たそうな顔してますねぇ。分かりました。後で見に行きましょうね。

「1つ注意しておきます。興奮して暴れないでくださいね。上で暴れると落っこっちゃいますよ落ちたら痛いじゃ済まないですからね」

護衛を除く20数名を浮遊の魔法で空に浮かべました。

「それにしても凄い町だな。よくできている。これを作るのにどれぐらいかかった」

「作るのに4カ月、もう少しかな、半年ぐらい。毎月800人ぐらい働いていたから、給金だけで金貨5000枚ぐらいかな。材料費がかからなかったから他に少しかかったけど大体6000枚ぐらいかな」

「半年で金貨6000枚でこの町か」

「でも、こういっちゃなんですけど私だからできたんですよ。集めた人をここに集めるワープの魔法だってそうだし、建物を作った錬金術だってそうです。外側の壁もそうやって作ったわけですから。他の人だったらこうはいきません。3年とか5年とかかかるんでしょうね」

「ミーアにしかできないか。全くお前はこの国の宝だよ」

「でももう嫌ですよ。凄く疲れるんですから」

他の皆さんも楽しんでいるようです。あなたたちが住める町じゃないんですけどね。ここはあくまで『保護施設』ですから。

「ミルランディア姫、私たち頑張りますね。傷ついた人たちを癒して少しでも早くここを出て元の生活に戻れるように一生懸命やりますから」

一通り終わった後、護衛さんたちにも上からの様子を見せてあげました。感動して涙を流してる人もいます。なんで?



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