第48話 ニールの異変
今日はマリアンナとお出かけです。マリアンナったらこっちでの生活にだいぶ慣れてきたようで、初めのことと違ってずいぶんとイキイキとした顔になってます。いいことですね。
マリアンナはどんなカッコなのかって?メイド服じゃありませんよ、仕事じゃないんですから。こっちに来た時にまず私が急ごしらえした服に着替えてもらいました。マリアンナはその服でいいって言ってたんだけど、私がそんなのを許すはずがありません。無理やり連れだして服の調達です。で、今はバカンスで訪れた貴族令嬢のような上品だけど可愛らしいワンピース姿です。
美しいその姿に多くの人が魅入るのですが、同時に彼女の気高いオーラに当てられて近づく者は誰もいません。
「はぁ、何故殿方は誰も声をかけてくださらないのでしょう」
こんなとこで声かけてくるような奴はただのナンパ目的だから。こんなとこで期待しちゃダメだよ。
「みんなマリアンナの美しさに当てられてるんだよ。高嶺の花ってやつだね」
「そんなことないのに。サフィアとエレンはこんな私にとっても優しくしてくれたわ」
もう手を出したのですか、サフィアちゃん。後でお説教しないといけないですかねぇ。
でもそう考えると、お屋敷でお仕事している人たちって出会いが少ないですね。若い人も多いのに。出会いの場を作るのも私の仕事なの?
「サフィアたちと何があったの?」
「ただ集まっておやつ食べながらお話ししただけですよ。パジャマパーティーってやつです」
夜、
港で感じたあの違和感は、やはり本物でした。漁師さんとお話をした時にその謎が解けたのです。
『クラーケン』
領場を荒らし、近づく船を攻撃する巨大なイカの魔物。漁師じゃ手におえず、冒険者の苦手な水の中。去っていくのをただ待つしかない厄介な魔物が近くに出現しているそうです。
クラーケンの弱点は火。でも水の中にいる相手に火は届きません。電撃も有効ですがこっちにも被害がでます。
剣で足を叩き切るでもいいのですが、いかんせん奴は巨大です。振り上げられた足をモロに受ければ、命の危険だってあります。
「いつ頃いなくなるかわかるんですか?」
「いや分かんねぇ。明日かも知れないし1年先かもしれねぇ。あいつ
「あいつら?1匹じゃなんですか?」
「少なくとも3匹はいるな」
魚はたくさんほしい。クラーケンがいるから漁に出られない。ならクラーケンを倒すか。でも一体どうやって。
こんな時は冒険者ギルドです。ヒラヒラのお嬢様2人が入るには違和感バリバリなのですが、そんなこと言ってる場合ではありません。私の大切な食文化が懸かっているのです。
「クラーケンの事を教えて頂戴」
「お嬢ちゃんの出る幕じゃねぇよ。おうちに帰ってな」
「いいから。なんでもいいから教えて」
「そういわれましても、クラーケンの場合去るのを待つしかないもので」
「仕留めよう、倒そうとは思わないの?漁師さんたちだって困ってるじゃない」
「そうはいってもなぁ、あの化け物相手にするんじゃ命がいくつあったって足りないぞ」
「船は出してもらえないのですか?」
「アンタ死にたいのか?ここはなぁ、正義感にあふれたお嬢ちゃんたちが来るとこじゃねぇんだよ。自分の命と量って決めるとこなんだ。世間知らずのお嬢ちゃんはさっさと帰んなっ!」
「いいでしょう。あなたたちが何物かは知りませんし知りたくもありませんが、私だって冒険者の端くれです。クラーケンとやらの姿も拝まずにしっぽを巻いて逃げてきたとなりゃ、冒険者として恥ですからね。奴の顔でも見に行ってきますよ」
「はっ?お前が冒険者だって。どうせ駆け出しのペーペーなんだろ。親にお願いして冒険者登録をしてもらった程度の。お付きの者が戦いを担当するお嬢様冒険者ってやつか。ハハハ」
ギルドカードを出しました。ベルンハルドの所属でCランク。所属直してなかったね。今度直しとこっと、王都に。
「Cランクですか」
なんだかざわつき始めました。どうせFランク、良くてEランクと思ってたのでしょうから。でも私はれっきとしたCランク冒険者です。それも対盗賊ならAランクを凌駕する実力の持ち主です。(本人談ですが)
「支援職となっていますが、今は遠距離からの攻撃を得意としています。情報、頂けますね」
あー良かった、エレンと一緒じゃなくって。エレンだったら大騒ぎ&崩壊、間違いなしだからね。
「えー、これからクラーケン・ウォッチングとハンティングに出かけます。皆さん準備して、私に付いてきてくださいね」
「姫様、危なすぎます。お止めください」
「だーめ、もう決めたから。船ももう手配してあるし」
渋る3人とエレンを連れて船に乗り込みました。
「ミーア様、腕がなりますね」
「エレン、悪いけど近接は無しよ。遠くから見て、気が向いたら狩るわ」
「えぇ、そんな」
「他の人と一緒に見てなさい」
クラーケン、クラーケンっと。魔物の探索は簡単です。どこにいるかすぐに分かりますから。
いましたよ。4匹ですね。あんなのが4匹もいたんじゃ漁ができないもの納得です。
「見つけたっ!ここら辺にいるのは全部で4匹ね。一番近いのは、チョット右側ね。お願い、ソッチ行って」
クラーケンが顔を出せば見えるぐらい離れたところに船を止めます。目標は海の中にいるようです。
「クラーケンって美味しいのかなぁ」
「魔物ですよ。それもあんなに大きくなったら水っぽいんじゃないですか」
「じゃぁサクッと狩っちゃうね」
それでは最初に、クラーケンとやらを拝むとしましょうか。クラーケンが潜んでいる辺りに大量の水を落とします。
「ウォーター・フォール!」
出てきました。バカなヤツです。わざわざ私に狩られるために上がってくるのですから。
「出てきたわよ。ところでみんな、クラーケンって見たことあるの?」
「ある訳ないじゃないですか。クラーケンは主に海にいる水の魔物ですよ。私たちのような内陸にいる人には縁のない魔物です」
「じゃぁ、よぉく見ておかないとね」
暴れるクラーケンを見て、みんな歓声を上げています。安全なところから見てるんで、楽しそうですね。
クラーケンは水系の魔物です。だから私の水魔法ではほとんど効果がありません。得意のクロスボウによる射撃もこれだけはなれると威力が落ちて効果は望めません。となると空間魔法か。
「亜空烈断で一気にケリをつけるとしますか」
初めて使いますからね、準備が大変です。亜空間を重ねるといってもどうしたらいいのかがはっきりしません。
収納に使ってる亜空間はこの世界じゃないどこか別なところに魔法で作りました。ということは、この世界の、もっと言うとあのクラーケンの周りに亜空間を作れば……
よし、できた。クラーケンは気づいてないね。っていうか、気づくわけないのか。亜空間ってたまたま今はここに作ったけど、この世界のものじゃないんだもんね。
「これからクラーケンを狩ります。どうなって死ぬかはわからないんで、もしかしたらすごくグロいかもしれません。見たくない人は目を瞑っていてね」
死んだら即収納送りにします。
「亜空烈断!」
前方でクラーケンの身体がずれました。ワンテンポ置いて内臓がぶちまけられます。
「うわぁ、やっぱグロかったね」
これは生きてるものに使うもんじゃないね。建物とかだと面白いかもしれないけどね。
2つに切断されたクラーケンは収納送りとなりました。
「ヨシッじゃぁ残り3匹、片付けちゃおうか」
2匹目はちょっと実験をしてみました。亜空間の収納に生きたものを入れることはできません。っていうかは入れません。入れようと思ってもはじき出されてしまうのです。これを応用すると、寄生虫なんかを取り除くことができます。それは時間が停止しているということによるものです。
なら、時間が動いている亜空間の中にいるものは、時間を止めたらどうなるのか。分かんないから試してみました。
結果ですか?どうなったと思います?即死です。しかもきれいなまま。時間を動かしても生き返りはしません。どうやら『時間の止まった亜空間に生き物は入れない』ということらしいです。だから外から入れようと思っても入れないし、中にいたものは生き物でなくなってしまう、つまりは死ぬということです。
そうと分かれば3匹目、4匹目は簡単です。周りに亜空間を展開して時間を止めれば出来上がり。後は収納に送るだけ。
エレンさん、お願いだからおとなしくしていてくださいね。
「あのぉすみません。解体をお願いしたいんですけど」
「何だ、さっきのお嬢様冒険者じゃねぇか。スライムでも狩れたのかな」
「何だと貴様、もう一度行ってみやがれ。2度とその減らず口を叩けんようにしてやるぞ」
エレンさん、切れちゃダメです。
「何を解体するんです」
「ええ、『クラーケン』を」
「何だと、お前がクラーケンを狩ったとでもいうのか。イカの間違いじゃねぇのか」
「ハハハ、そうに違いねぇ」
「ホントにクラーケンなんだって。俺の船で出てったんだから」
「お前見たのか。クラーケン狩るところを」
「あぁ、俺の目の前で狩ったよ。クラーケンを4匹な」
「4匹だって。嘘でも言っていいことと悪いことがあるんだぞ」
「嘘じゃねぇ。なぁ、お嬢ちゃんよ」
「そうね、4匹とも持って帰ってるわ。どこに出せばいい?結構な大物よ」
「解体場の所に広場があるから、そこに出してくれ」
解体をお願いするのは最初に2つに切った奴ね。いくら亜空間収納とは言ってもグロいのはやだからね。
「最初はこれね。2つに切っちゃったから両方出しとくわよ」
案の定、解体場の広場は溢れてしまいました。
「魔石だけは売らないから返してね。後は好きにしていいわ。あと3匹いるんだけどどうする?」
他の3匹は解体するつもりなんかありませんよ。ただあの失礼なギルドにギャフンと言わせたいだけですから。
「れ、練兵場に出してもらえないか」
練兵場に3匹のクラーケンを並べます。
「ホ、ホントだったのか」
「私は嘘など1つもついていませんよ。あなた方が勝手に嘘だとあざけ笑っただけです。これに懲りて他人のことをとやかく言うのは止めた方がいいですね。あなたたちの格が落ちるだけですから。それからこの3匹のクラーケンはここで解体するつもりはありませんから」
シーンとなったギルドと黙り込んだ冒険者をしり目に、3匹のクラーケンは収納に戻された。
「これ、事後でも受け付けてくださるかしら」
クラーケン討伐の依頼書を持って受付に行きます。奥から慌てて出てきたおっさん、多分ギルドマスターでしょうね、が話をしたいと頭を下げています。仕方ないので付き合ってあげることにしました。付き合うってそっちの意味じゃないからね。おじさん趣味はないから。ラルフさんは素敵だったけど、そういう対象じゃないもんね。
「ギルドの職員の対応に不義があったこと大変申し訳ない。注意をして正すようにするので許していただきたい。討伐依頼の方は受付の処理をしておきますが、依頼料のお支払いは少しお待ちいただけないでしょうか。なにせ4匹もいるとは思いもよりませんでしたから」
「依頼料はどこが払うのかしら」
「商業ギルドが半分、冒険者ギルドと漁業組合が4分の1づつです」
「なら、魚の卸業者に2割、魚を獲ってる人たちに8割になるように分けて。クラーケンに襲われて死んだり怪我した人や、船を壊された人には手厚くしてあげてね。私はいらないから、とにかくこの街の漁業を守ってくださいね」
「それでいいのですか?あなたの功績ですよ」
「私はここのお魚が好きですから。美味しいお魚がいつでも食べられるのであれば、多少のお金はいいです」
「ありがとうございます。そのようにいたします」
「姫様、あれでよかったんですか?」
「依頼料のこと?あれでいいのよ。今更金なんて貰ったってしょうがないじゃない。それだったらこの街の漁業を守ってくれた方が何倍もいいって。それに依頼は完了したのよ。冒険者としての貢献度は上がるはずよ」
「姫様がそうおっしゃられるのでしたら」
「それにクラーケンの魔石が4つよ。それだけで依頼料を越える価値があるわ」
クラーケンが退治されたという話はすぐに広まりました。いいニュースですからね。明日からまた漁が盛んになりそうです。いいことです。
その後3日間私はお魚を買い集めました。私の顔を見るとみんな安くしてくれます。楽しいショッピングを満喫することができました。
あー、楽しいお休みだった。
「急なのですが、明日帰ります。おじいさまに呼ばれたんで。帰ったら仕事モードでお願いしますね」
おじいさまったら何の用なんでしょうね。まぁあの件に間違いはないんですけど。
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