第40話 港町ニール(後編)

「おい、止まれ!」

アジトを出た私たちが向かった町です。町といっても大きな村程度です。

「ソレは何だ」

「ブラック・ボアって盗賊団、ご存知です?そこのボスです」

「ブラック・ボアだって!お嬢ちゃんたちがやったのか」

「チョッカイ掛けられたんでやり返しちゃいました。これ、ここで引き取ってもらえます?」

「ここでは無理だな。ニールまで行ってもらわないと」

「そうですか、解りました。じゃぁ預かってもらえませんか、明日ニールに出発しますので」

「それならいいぞ」


ボスを門の留置所に預け、次はこの人たちの泊まるところの確保です。この町にはギルドはありません。宿は門番さんに紹介してもらいました。


「本当にありがとうございます。助けていただいた上に、こんなにまでしていただいて」

「気にしないでください。ただの通りすがりの冒険者とその一行ですから。困ったときはお互い様ですからね。ところで明日ニールに行くんですけど、皆さんにも付いてきてほしいんです。皆さんにアイツの賞金お渡ししないといけないですし。ギルドからいろいろ聞かれるかもしれませんけど、大丈夫です?馬車は用意しています。10人乗りの大型の馬車が借りられたって言ってましたから」

「私たちは構わないですけど、ねぇ。でもそんなにしてもらっていいんですか?」

「気にしないでって言ったでしょ。さぁ宿へ行きましょ。3人部屋を3部屋取ってあるんで、好きに使ってね。食事は宿で出してもらうことになってるから。お金は払ってあるから心配しなくっていいわよ。後これ、好きに使っていいから」

1人銀貨50枚を渡しました。ホントは金貨1枚渡せば簡単だったんだけど、この町じゃ金貨なんか使えないだろうし。

私たちの宿?めんどくさいけどここの領主の所にしましたよ。しょうがないじゃない、あんなお土産持ってきちゃったんだから。あっ、馬車は領主さまに借りました。


「ミーア殿はどちらからいらっしゃったのでしょうか」

「王都からです。ニールに向かう途中だったんですけど、盗賊に襲われちゃったんですよ。たまたま返り討ちにできたからよかったんですけど」

「いやー、お強いのですね。私たちも困ってたんですよ、ブラック・ボアには。ここらへんで暴れまわってる奴らなんですが、我々では手に負えなくて。自警団で追い払うのがやっとだったんです。ホントにありがとうございます」

「こちらこそ急なお願いにもかかわらず馬車をお貸しいただき、感謝しています。私の馬車じゃ小さくて、どうしようかと思っていたところだったもので」


盗賊団を屠った冒険者という歓迎を受けました。正体を明かしてませんからね。ご飯も美味しかったしゆっくり寝られたんでヨシです。


あくる朝、2台の馬車が町を出ます。アイツですか?アイツはあのカッコのまま眠らせて、樽に詰めて蓋をして馬車に乗せました。彼女たちには気の毒でしたが仕方ありません。

「ミーア殿。ミーア殿は、あの旗は、まさか」

「はい。私はミルランディア・ヘンネルベリです。昨日はありがとう、ゆっくりできたわ。あなたは」

「ジョルジュ・サルディスと申します。男爵位を授かっています」

「サルディス男爵ね、覚えておくわ」


そりゃ男爵に引き留められましたよ。こうなることが分かっていたから言わなかったんですけどね。

後の馬車は大騒ぎです。私が王族だって事ばれちゃったからね。今日は盗賊イベントは要らないので旗揚げてるから、一発でわかるんだけど。

まぁ休憩の度に『姫様』『姫様』って。有名税って奴ですか、諦めてますけど。


「皆さんにお願いがあります。皆さんは私が王族の者だと感じていることでしょう。私は前国王の孫になります。ですが、この私たちの旅は私的なものです。王族としてではなく、以前やっていた冒険者としての旅だと思ってください。皆さんをお助けできたのも、本当に偶然なのです。たまたま私たちに襲い掛かった盗賊がいて、それを返り討ちにして、アジトを探ったから保護できた。私の気まぐれが始まりだったんです」

「姫様にとっては気まぐれかもしれませんが、私たちにとっては姫様は命の恩人です」

「で、その私の気まぐれに貴女達にもチョット付き合って欲しいなって」

「はいっ?」

「えーとね、もうすぐニールでしょ。今回の旅は私的って言ったでしょ、だから王族だってばれたくないのよ。だから向こうに行って私の事を『姫』って呼ばないでほしいって訳。『ミーア』って呼んでくれればいいから」

「それでは失礼にならないのでしょうか」

「今は冒険者だから失礼には当たらないわ。王宮とか公式な場所で言っちゃうと睨まれるかもしれないけど」

「分かりました。努力してみます。みんないいね」

「「「「「うん」」」」」

「ありがとう。5日間だけでいいからね。その間には私たち帰っちゃうから、その後は貴女達の好きにしていいわ」

「姫様、あの服はお返しした方がよろしいのでしょうか」

「服?あぁ、アジトから助けた時に作った服ね。手持ちがあったらよかったんだけど、持ち合わせがなくってねぇ。チョイチョイって作った奴だからデザインもよくないし、素材が良くなかったから着心地悪かったでしょ。処分しちゃっていいわよ」

「姫様に頂いたものを処分するなんてとんでもない。これは私の宝物です」

「そんな大したものじゃないから。そうだ、ニールに着いたらみんなの服作ってあげるよ。あんなものを大切なものだなんていわれると、こっちが恥ずかしいから」

口止め料ってやつですよ。黒歴史の回収もしたかったけど、こっちは無理そうですね。




「終わったーっ」

盗賊団『ブラック・ボア』殲滅の聴取です。最初はね、私たちだけで倒したって言っても信じてくれなかったんだけど、あの怯え切ったボスがペラペラと喋ってくれたおかげで何とかなりましたよ。賞金と売却代金も結構になりました全部で金貨160枚。一人につき20枚渡しました。大金ですけど、彼女たちのこれからの苦労を考えると足りないかもしれません。


次は仕入れです。魚はもちろんなのですが、布もいっぱい用意しておかなければなりません。

いやー、買いました。サフィアが呆れるほどに。別にあの娘が運ぶわけじゃないんだからいいのにね。

服屋を何件も回って買い漁ったので、小さな生地屋ぐらいは開けるかもしれません。

魚の話はあとで纏めてね。


生地を選んで、サイズを測って、デザインを聞きながら錬金術を駆使して作って、チョイチョイっと手直しを加えて、完成。こんな感じなんですけど、結構かかったね。お昼ぐらいに来てもらったのに全部終わったら夕方だもん。5時間ぐらい?それぐらいだったんじゃないかなぁ。生地決めるだけでも大騒ぎ。あれだけの中から好きなの選んでいいよって言ったらそうなるわよね。サイズを測ったのはサフィアよ。女性の柔肌をエレンに晒すなんて、そんな恐ろしい事私にはできないわ。みんな嬉しそうだったからよかったわ。十分な口止め料になったみたいだし。かなり散財したけどね。でもこれ全部ブラック・ボアが貯め込んでいたお金だから問題なし。



さて、本命のお魚です。ここニールは大きな港町で、外国の船も来ます。海の向こう側にはいろいろな国があるそうです。行ってみたいけど船の旅は時間がかかるから難しいかな。

外国からは人も来ますが、荷物もたくさん運ばれてきます。穀物や豆のような日持ちのするもの、武器や防具、生活で使う道具や魔道具もありました。この国からも穀物や武器や防具が送られています。同じようなものがやり取りされてるけど、きっと種類が違うのでしょうね。

そう言った外国の大きな船が着く港とは別に、数多くの漁船が停泊する港があります。私たちの本命はそっちです。


「おじさーん、お魚ちょうだーい」

「あいよっ!どれにする」

「みんな欲しいんだけど、ダメ?」

「全部はちょっと。お得意さんの分もあるからなぁ」

「お得意さんの分以外ならいい?」

「それならいいぞ。でも持てるんか?」

「それは平気。このお魚ってどうすると美味しいの?」

「これはなぁ、……………」

こんなやり取りを何度もしました。3日続けてです。おかげで新鮮な(亜空間は時間が止まっているから鮮度が落ちません)魚を大量に仕入れることができました。仕入れだけではありません。こっちの食堂や屋台で魚料理を堪能しました。王都では味わえない新鮮な魚ですから、3人とも大満足です。こりゃ太るな。


「明日の朝、最後の買い物をしたら帰るわよ」

「じゃぁ、最後の夜を、楽しみましょーっ!」

あれっ?エレンさんの様子がおかしいです。

「エレンさん。もしかしてお酒飲んだんですか?」

「いーじゃない、もうこの旅も終わりなんだしさ。この町の美味しいお酒を飲まないなんてもったいないもん。今まで我慢してきたんだから、今日はねっ」

「もうしょうがないですねぇ。潰れないでくださいよ」

「アリガト、サフィアちゃん。チュッ!」

あぁこれいつものパターンですね。こうなってしまうともうエレンさんは止まりません。悪いけどサフィアに身代わりになってもらいましょう。


でもここ、ホントにお酒の種類が多いです。王都で一般的な赤い葡萄酒だけでなく白い葡萄酒もあります。それもたくさんの種類が。エールやミードもいろんな種類があります。麦やトウモロコシの蒸留酒もありました。お酒好きのエレンさんには堪らないのでしょう。これもちゃんと仕入れてありますよ。たくさん買ったから帰ったらみんなで飲もうね。


その晩、私は眠れませんでした。別に絡まれてたわけじゃないですよ。絡まれていたのはサフィア。ただ、絡むって言ったって。キャッ!

あの後サフィアにもスイッチが入っちゃって、逆にエレンを攻めたててたわ。あのエレンがなすすべもなく一方的に。ありゃサフィアも完全に目覚めちゃったね。

私の着替えってサフィアが手伝ってくれることがあるんだよね。これから先、あの娘の前で柔肌を晒すって大丈夫なんだろうか。背筋や腋をスーってやられたら、ちょっと不安。



「さぁ出発よ、いざ王都へ。の前にちょっと寄り道」

「どこ行くんです?」

「塩よ塩。海のお塩を持って帰らないと」

街でも売ってましたよ。海の傍にいる私からすりゃ、あんなもの買うもんじゃありません。綺麗な水の所で塩だけ精製すればいいのですから。


沢山作りましたよ。大きな樽10個分ぐらいでしょうか。いくらあってもいいものですからね。

ここもマーキングしたので、無くなったらすぐに取りに来ることができます。



「じゃぁ帰ろうか。パーティーまで10日ぐらいしかないから急がないとね」

「そうですよ姫様、ここから王都まで8日もかかるんですよ。間に合わないじゃないですか」

「えぇとね、『ワープ』って言う魔法をこれから使います。魔法を使うと門が出てきます。その門はここと王都を繋いでいるから、門をくぐれば王都なんです。ほら、おじいさまやルーファイス伯父様やナジャフ公爵様が良くウチにいらっしゃるじゃないですか、護衛も付けずに。馬車もなしで。常識的に考えてそんなことある訳ないですよね。あれはおじいさまのうちや王宮と繋げているからすぐに来れるんです。

それではいきますよ。ワープ」

馬車が通れるぐらいの大きな門にしましたよ。馬車に乗り込んで門に入ります。その先は………

「あっ、王都の正門だ」

ねっ、ちゃんと帰ってこれたでしょ。これでニールにはすぐに行けます。お魚もお酒もすぐ買えます。

「姫様すごーい、もう帰ってこれたんですね」

「言った通りでしょ。さぁ屋敷に戻るわよ」



「ただいまぁ。ジャスティンいる?」

「おかえりなさい、姫様。如何でしたか」

「大収穫ね。料理長を連れて地下の倉庫に来てくれる」


お魚は冷凍の倉庫、お酒は普通の倉庫、その他のものは適当にしまっといた。後で整理してくれるでしょ。

「フュール、お土産は適当に入れといたから後で整理しておいてね」

フュールって言うのはウチの料理長。あの天才肌のね。

「えーとまずはお魚ね。種類も量もたくさん買って来たから。どう使うかわからないからね。パーティーに幾つか魚料理を出してほしいんだ。王都って新鮮な魚が少ないから、インパクトあると思うんだよね。時間ないけどよろしくね。足りなかったら言ってね、買ってくるから」

「姫様、これだけの魚をどうやって、それに買ってくるって。一体どこから」

「それは、ナ・イ・ショ!

出来るだけ私も手伝うから、いいわね」

「お任せください。これだけの食材、見事に仕上げて見せます」

「あんまりチャレンジしなくっていいからね、時間ないから」

「心得ました」

「あとコッチ。えーと、これみんなお酒ね。1樽ずつ全部違うから。こっちが赤葡萄酒でこっちは白。あっちはエールね。他にもいろいろあるから適当に使って。白葡萄酒とエールは冷やした方がおいしかったから試してみて。でも飲み過ぎちゃダメだからね。この樽は塩、海のお塩ね。ウチで使ってるのって岩のお塩でしょ。味が全然違うからこっちも試してみていい方使って。3日で何とかなるわよね」

「3日もあれば十分です」

「じゃぁ3日後に私がチェックする。それから2日後、つまり今日から5日後になるけど、主な人を集めて試食会を開きます。そこでパーティーに出すものと同じものを作ってください」



試食会?開かなきゃよかったかもしれない。だって帰らないんだもん。おじいさまとナジャフ公爵様はお酒に嵌って、おばあさまたちはデザート、ルイスおじさんはお魚。パーティーの時に出すんだし、言ってくれれば作るからさぁ、今日はもう帰って!


パーティーの準備は全て終わりました。



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