第38話 港町ニール(前編)

**********(in 王宮)


「アンドレアは居るか」

「何でしょう」

「宰相とルーファイスを呼んできてくれ」



「大公様、何か御用でしょうか」

「用ではない。今この国で起こっている人身売買の件について、其方にも知っておいてもらおうと思ってな」

「人身売買、ですか?すみません、聞いたことがありませんが」

「知らぬのは別に構わん。儂とルーファイス、アンドレアと儂の孫娘の4人で内偵を続けている件だからな。ただ事が事なのでな、ルーファイスの協力も必要だし、其方にもな」

「で、どんなことなのでしょうか」

「奴隷オークションじゃな。主催はローレンス・サウムハルト侯爵、手配などはラフィンドル・ミルデュース子爵、人攫いをやっているのは盗賊団『薔薇の園』だ。オークションの参加者はこのリストの通りだ」

「ここまでわかっていて、どうして動かないんですか」

「動かないのではない、動けないのだ。奴ら買った方は使用人と言っておるし、買われた方も奴隷だとは思ってないようだしな。証拠も不十分、噂じゃないかと言われ逃げられてしまうわ。奴らに警戒心だけ持たれてな」

「何も手出しできないなんて………」

「手出しできないわけではない。3か月後に再び開くといっておる。それまでは知らぬふりをしているのじゃ。孫娘のミーアが奴らの動きを見張ってくれている。オークションの最中であれば連中を一網打尽にできる。それまでの辛抱なのだ」

「分かりました。私にできることがあれば何でも言ってください」

「なら、来月ミーア、いやミルランディアのお披露目がある。そこに奴らも来るであろう。ただ絶対に気取られてはならん。それが其方のやることだ」

「承知いたしました。国王様にはどうお伝えしましょうか」

「アルベルトは何をしておる」

「今日は予定がないので、自室にいらっしゃるかと」

「なら呼んできてはもらえんか」


「………という訳じゃ」

「うーむ、酷い話だな。申し訳ないが、其方たちでやってはもらえんだろうか。頼む」

「無論そのつもりじゃ。あまり大掛かりに動くことはできぬから、精鋭をいくらか借りることになるとは思うがな」

「いくらでも使ってくれ。それぐらいなら安いものだ」

「あと、ミーアにかなりの負担をかけている。お披露目もあるしな。いろいろと助けてやってほしい」



**********



「おじいさま、行ってきますね」

南の港町ニールに出発です。私とエレンさん、サフィアの3人です。女の子3人で不安じゃないかって?不安になる材料が浮かびません。

エレンさんが馬車を動かします。荷物は全部あっちです。旗も上げてるし、まぁ襲ってくるバカはいないでしょうね。


「二人ともちょっと聞いて。今回の旅は、完全に私的な旅なの。なので、ミルランディア姫として何かをするってことはないと思ってちょうだい。だから旅の間、私はミルランディア姫ではなく冒険者ミーアでよろしくね。私を呼ぶときは『姫』はダメだからね。『ミーア』って呼ぶこと。いいね」

「流石にいくら姫様の命令でも姫様の事を呼び捨てにすることはできません」

「命令って訳じゃないんだけど。お願いなんだけどなぁ。まぁ『姫』や『ミルランディア』じゃなきゃいいわ。それから今回の目的なんだけど、大きくは2つあります。1つ目はお魚。ニールの街でお魚を仕入れます。新鮮なお魚をいっぱいね。今度開くパーティーの料理用にね」

「ニールの街って行くだけで1週間以上かかるんでしょ。向こうでお魚を買っても、王都に戻るころには悪くなってしまいますわ」

「そこは心配しないで。私だけが使える秘密の方法があるから。だからこの3人でいくのよ。

2つ目の目的は、私の夢って言うかなんというか、この国のいろんなところに行ってみたいっていうこと。この国の街に全部行ってみたいの。村までは無理だけど。私の我が儘だね。2人には私の我が儘に突き合わせる形になっちゃって、ゴメンね」



「サフィアはさぁ、こういう旅ってしたことあるの?」

「実家から出てきたときだけですね。私の実家って北の方にあるんです。だから南のニールに一緒に行くって聞いて嬉しくって」

「私もニールは初めてなんだけどね。きっとエレンさんも初めてよ」

「みんな初めてで、大丈夫なんですか?」

「平気でしょ。とりあえず目指すのはクロラントね」

「夜営はするんですか」

「しないわよ。街や村で泊まるわ。夜営の方が安全かもしれないけど」


どうも私の旅って暇なのよね。何もイベントが起きない。フラグさえ立たないみたい。フラグが立たない?立ってるじゃん、ここに。王室の立派な旗が。

「ねぇエレン、この旗しまっていい?」

「いい訳ないでしょ。その旗がなかったら、盗賊に『どうぞ狙ってください』って言ってるようなものなのよ」

「でも私がいるんだよ、探索だって続けているから、みんな分ってるんだよ。襲われたって返り討ちにできるんだからさぁ。ねっ!」

「ねっじゃありません。ダメって言ったらダメです」

「ケチっ!」


「どうして姫様はそんなに何か起きてほしいんですか?こうしているだけでいいじゃないですか」

「だって暇じゃない。ただこう、馬車に揺られているだけなんてさ」

「それが一番だと思いますけど」

「サフィアは貴族なんだねぇ」

「姫様なんて貴族の最高位、王族じゃぁありませんか」

「私はなんだかなぁ、やっぱり冒険者なんだよ。いつ何が起こるかわからないドキドキ感が好きなんだよね」

「私にはその気持ち、分かりません」


何も起きないままアルンドに到着です。確かこの町ってサウムハルト侯爵家の商隊と薔薇の園の馬車が合流した街でしたね。一応チェックポイントを作っておきます。ここから薔薇のアジトって近いんですかねぇ。でもベルンハルドからはだいぶ離れているんで、私が捕まったあのアジトからは離れている気がします。と言うことはアジトその2?ならお宝の回収に行かなければなりません。次にいつ薔薇が現れるかわかりませんが、マルチさん待機です。


「ねぇちょっとだけ旗降ろそうよ。退屈で死にそうだよ」

「ダメって言うのが分かんないんですかねぇ、このお転婆お姫様は」

「エレンだってちょっと前までは、私の事ただの冒険者としか思ってなかったくせに」

「あの時はあの時です。今は状況が変わったんです。諦めてください」

「諦めたくないです」

「全く諦めの悪いお姫様ですね」

「お姫様は我が儘って決まってるんです」

「決まっていませんって。そんなこと言うのはミルランディア姫だけですよ」

「あーっ、エレンまでミルランディアって言う。ミーアでいいって言ってるじゃん」

「いいえ、こういう時はミルランディア姫と呼ばせていただきます」

「ふんっ、勝手にするからいいもん」

「旗は降ろしちゃダメですよ」

「そんなの知らないもーん」


「ねぇ、ドラゴン狩りに行くんならいいよね」

「いい訳ないでしょ。私たちの行き先はニールです。ドラゴンの住処じゃありません。一体どこにドラゴンがいるんですか」

「分かんないから探しに行くんだよ」

「探しに行くって、そんな時間ある訳ないでしょ。そういうのは別の機会にしてください」

「別の機会ならいいって言ったね。サフィアも聞いたよね」

「は、はい」

「こ、言葉の綾ですから。とにかくダメなものはダメです」

「ホント、エレンって変わったわ。前はもっとこぅ、ガァーっと行って、バーンとやるような、そんな感じだったのに」

「私を何だと思ってたんですか」

「えっ、ギルドの受付のお姉さん」

「それは間違いないですけど………」


そんなこんなのうちにクロラントに着きました。大きな街です。ベルンハルドよりずっと大きいです。宿の情報は、ギルドで聞いた方がいいですね。

「ギルドで宿のこと聞いてくるから、ちょっと待っててくれる?」

「いえ、みんなで行きましょう」

結局3人でギルドに行きました。いやー、目立つこと目立つこと。女の子3人で、あっエレンさんはもう女の子じゃないか、3人で入っていけばねぇ、どうなるのかの予想なんてチョー簡単です。

エレンさん怖いですよ。ここ、ベルンハルドのギルドじゃないし、その前にエレンさんギルド職員辞めたんでしょ。ほら、サフィアが怯えてるよ。なに?サフィアが怯えてるのはエレンさんじゃない。冒険者の方だって。そりゃそうだよね。

「チョット、ギルマスいる?聞きたいことあんだけど」

だからエレンさん、それはダメだって。

「何か用ですか?ギルドマスターはお忙しい方です。お約束がなければ取次できません」

「いいから呼んできて、私たちに宿を紹介しなさいよ」


冷や汗もんでした。背中はびっしょりです。

「サフィアはどこがいい?」

「ごめんなさい、私にはわからないです」

「謝ることなんてないよ。ミーアはそこでもいいよね、なんせ冒険者だし」

「ええ、誰かさんによって全く冒険をさせてもらえない冒険者ですけどね」

「まぁそう言わないでって。ここなんかいいんじゃない、いい匂いしてるし」

ベルンハルドの常宿『小鳥の止まり木』よりずっといい宿です。エレンさんが交渉に行きました。一番いい部屋が空いていたそうなので決めてきました。

「夕食はどうする?どっか外探す?」

「知らない街なので、あまり出歩くのはちょっと」

「出なくていいんじゃない。エレンがいい匂いしてるって言ったんじゃん」

「それもそうね。夕食はここで頂きましょ」


エレンさん、飲みすぎです。貴女この間の事もう忘れたのですか。


「あれっ、ミーアじゃん。どうしたの、こんなところで」

懐かしい声に驚きました。といっても聞いたのは1カ月ぶりですけど。

「カッチェ、どうしたの?」

「私たちは仕事。サウムハルト侯爵の商隊の護衛よ。ミーアは?」

「ちょっとニールに行ってみようと思ってね。それで立ち寄ったの。あっ、ちょっと待って」

サフィアにエレンを連れて部屋に行くように言います。私が王族だとばれると厄介だからね。

「ごめんね」

「さっきの人たちは連れ?」

「そう、一緒にニールに行くの」

「ニールかぁ。いいところなんだろうな」

「ねぇ、仕事ってローデたちも一緒?」

「うん、久しぶりに会う?」

「う、うん。ディートたちがいいなら」

「ディート?あんなの気にしなくっていいって。余計なこと言ったらぶん殴ってやるからさ」

「じゃぁ、会ってみようかな」


「へぇ、じゃあまだ冒険者続けてるんだ」

「一応ね、でもほとんど引退かな」

「今どこにいるの?ベルンハルド?」

「今は王都にいるわ。王都に親戚がいてね、そこに世話になってるの」

「じゃぁやっぱりあれはミーアだったんだな」

「いつのこと?」

「5カ月ぐらい前。中央マーケットで見た気がしてたんだ」

中央マーケットならうろついていますからねぇ。見られてもおかしくないです。

「カッチェ達は?」

「私たちも王都だよ。王都に私たちの家を買ったんだ」

「凄いねぇ。頑張ってんだ」

「Aランクに上がったことは知ってる?」

「それは聞いた。凄いなって思ったよ」

「ミーアには悪いことしたからなぁ」

「そんなことないって。皆と別れたのは辛かったけど、今じゃぁいい思い出だし」

「それじゃぁよぅ、俺たちがサウムハルト侯爵の専属になったって事は?」

「それ知らない。侯爵様の専属パーティーなんだ。それって凄い事なんだよね」

「向こうが認めなきゃなれねぇからな。俺たちは認められたって事よ」

専属って事は知りませんでしたが、侯爵にいいように使われてるって事は知ってますよ。

「ミーア達ニールに行くんだって。いいわよねぇ」

「大丈夫なのか、お前戦えねぇんじゃなかったっけ」

「昔はそうだったけど、今は少しは戦えるから。護衛も付いてるし」

「護衛付きの旅か、いいご身分だねぇ」

「ディート、アンタ少し黙ってな」

「ヘイヘイっと」

「ごめんねぇ。こいつ調子に乗るとすぐこうなっちゃうんでさぁ。悪い奴じゃないんだけどねぇ」

「カッチェはディートの事が好きなの?」

「ま、まあね。腐れ縁だし」

「いいなぁ、私も好きな人欲しいなぁ。セリーヌは?」

「わ、私は、その……」

「なんだ、セリーヌはローデとくっついてるんだ。みんな幸せなんだね」

「だからミーアを仲間はずれにしたって訳じゃないからな。俺はミーアのことが………」

「この話は止めにしましょ。今が幸せならいいんじゃない」

「ミーア、変わった」

「そうかなぁ。自分じゃそんなつもりないんだけどな」

「なんか、急に、大人に、なったみたい」

「大人かぁ、周りにいるの大人ばっかしだからなぁ。そうかも知れないね」


私は自分が追放されたって事は知ってます。ちゃんと隠してますけどね。ディートたちは気づいてないと思います。

念のため、4人の魔力パターンは覚えさせてもらいました。なにせサウムハルト侯爵に近いところにいる人たちですからね。


「ねぇカッチェ、王都の噂話って聞いたことある?」

「なんかバカでっかいお屋敷ができたって聞いたわね」

それ、私の家です。

「それから、人攫いが出るって噂もあるわね」

ん?人攫いですか?これは事件かも、って事件です。ひょっとすると薔薇が絡んでいるんでしょうか。

「怖いね」

「まぁそうなんだけど、私たちぐらいの冒険者になれば平気なんだけどね」

「私は気を付けなきゃね」

「ミーアは攫われちゃうかもねぇ」

ええ、そうですとも。私は攫われましたよ。


「じゃぁ、またね。王都で会うかもしれないしね」

「そうよね、会えるといいわね」

「ミーアも頑張れよ」

「ミーア、またね」

「ほら、ディートも」

「お前が黙れって言ったんじゃねぇかよ。悪かったな、色々。元気そうでよかったよ。無理すんなよ」

「ディートもありがとね、みんなもありがとう。じゃぁね」



この後ですか?マーキングに余念はありません。商隊の向かったロレント商会。商会の地下牢もチェックです。オークションの行われた会場。ステージ袖、ステージ前、壁際、入口、廊下等、色々です。来るべく時に備えた準備は万端です。


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