第21話 私の正体
ここは天国なのでしょうか。
青い空、青く透きとおった海、真っ白い砂浜。
「あーあ、私もこんなところに住めたら幸せなんだろうな」
心の声が漏れていたようです。
「住んでみますか?」
「えっ!」
この屋敷の主はやはりとんでもない方のようです。見えるところ全てがこの屋敷の敷地だそうで、海岸は2~3キロ、通りから門をくぐって屋敷までも1キロぐらいあったと思います。
真っ白い壁に赤い屋根のお屋敷は、私のいる部屋からも海が見渡せます。すぐ近くに海があるのに、お庭には大きなプールもあります。
「お嬢様ならいつでもいらしていただいて結構なのですよ」
ここでも私はお嬢様扱いです。盗賊団に攫われた女冒険者だったはずです。なんか勘違いしそうで怖いです。
「先ほど、お嬢様にお話のあるという方がお見えになられました。ご案内いたします」
応接室で待っていたのは、白髪が少し混じったのおじさまでした。一目見て大貴族、貴族の中の貴族といった感じです。あのデブのような貴族じゃありません。正に高貴なお方です。
「其方がミーアか。もっと近くに寄って、顔を見せてはくれまいか」
私もこのおじさまに近づきます。この人は大丈夫であると反応しています。
「ミーアよ、其方には苦労を掛けたな」
おじさまは私を抱きしめ、涙を流しています。
「あのー、すみません。私、状況を全く理解していないのですが」
「すまんの。嬉しさで先走ってしまったわ」
改めてソファーに座ります。淹れたてのお茶のいい香りがします。
「ミーアは何も聞いていないのか?」
「ええ。馬車でずっと一緒だったラルフさんも、何とかって言う子爵のおじさんも何も教えては下さいませんでした」
「儂の事も知らぬか」
「すみません。ずっと冒険者稼業だったもので、貴族の方とかはちょっと」
「それでは簡単に。儂はクリストフ・ヘンネルベリ。ミーアは儂の孫娘じゃ」
「クリストフ・ヘンネルベリ、ヘンネルベリ…?ヘンネルベリって………えーっ!」
訳が分からなくなってきました。
「おじさまって、王室の方なのですか?」
「そうじゃ。国王だった、先代のな」
「申し訳ありません。先代の国王陛下と知らずに無礼があったかもしれませんが、どうか……」
「構わんぞ。其方は儂の孫娘なのだからな」
「孫娘って、私は田舎の小さな村で生まれたんですよ。お父さんとお母さんの娘として。私が7歳の時に病で亡くなりましたけど。王室の関係だなんて、何かの間違いじゃないでしょうか」
「間違いなどではない。其方の母エヴァンジェリンは儂の娘だからの」
「お母さんが?」
お母さんからもらったペンダントをギュッと握りしめたの。おじいさまが見せてくれって言うから見せたわ。そしたら、懐かしいような、そして少し寂し気な、そんな顔してた。
「エヴァンジェリンは儂の3番目の妻との間の娘なのだ。王族の子女などは政略結婚のコマなんだが、エヴァだけは自由にさせておった。兄弟たちとは年の離れた一番下の娘だったからな。
そんな娘があるとき一人の男と会って欲しいと言い出したのだ。平民の男だった。其方の父じゃな。
無論、王族としてその男との婚姻は認める訳にはいかない。その時あの子はこう言ったのだ。『私には素敵なお兄様やお姉様が沢山います。みんな私を可愛がってくださいます。そして、皆、家族とこの国を愛していらっしゃいます。お父様も私を愛してくださいました。その中で私が愛したのが彼なのです。私は王族であることを棄てる覚悟です。もちろん援助を受けるつもりもございません。ただ笑顔で送り出していただきたいのです。お父様やお母様達、お兄様、お姉様の事はずっと忘れません。最後の我が儘を聞いて下さい』とな。
儂も妻も反対だったのだが、とうとう妻が折れてな。いつでも帰ってきていいと見送ったのだが、エヴァは最後まで帰っては来なかった。
ミーアが生まれたことは知っていた。ただ、儂の方から会いに行くわけにもいかんかったのだ。あの子は自分が王室の出であることを一切知らせてなかったからな。そして、病に倒れたことも知ってはいた」
「おじいさまは何でも知っていらっしゃったのですね」
「それはな。儂の近くにはそういうことに長けた者も多くいるからの。ミーアが冒険者のパーティーを止めたと聞いて、ナジャフに連れてくるよう言ったのだが、あ奴め、とんでもないことをしおったみたいで」
『薔薇の園』を使ったのはデブ子爵の独断だったそうです。って事は、デブ子爵と『薔薇の園』は個人的なつながりがあるということになります。本格的に悪い貴族のようですね。
「ミーアも儂の所に来ぬか」
「私は冒険者です。貴族のような教養は持っていません。そんな私がおじいさまのところへ行けば、おじいさまにご迷惑をおかけすることとなります。私ができるのは冒険者としての生活なのです」
「ミーアには危ない目に合って欲しくないんじゃ。王宮や貴族街でなくともよい。都に来てはくれまいか」
「ごめんなさい、おじいさま。私、ベルンハルドが好きなんです。それに私、少しは強いんですよ」
おじいさまのお話によると、もう暫くするとおばあさまもこちらに見えるらしい。これからの事はおばあさまが来てから話をすることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お嬢様、誠に申し訳ありませんでした」
馬車が付いたとの知らせを受けて、私とおじいさまは玄関でお出迎えすることにしたの。
そしたら、一緒にいたおじさんが私の顔を見るなり、『ジャンピング土下座』って言うの、あれを綺麗に決めてきたの。
「ナジャフよ、謝るのは後でいいからそこを開けなさい」
「いえ、お嬢様のお許しを頂かなければ、頭を上げる訳にはいきません」
「そこに居られては後ろの者たちの邪魔になるのだ。いいから早くそこを退かぬか」
「公爵様ですね。お話はあとでゆーっくりお聞かせいただきますわ。旅の疲れもありましょうし、後も閊えているようですので、こちらへどうぞ」
後ろから入ってきたおばあさんに死ぬほど抱きしめられたことは言うまでもない。
「く、苦しいです」
「いいえミーア、もう離しませんからね」
「離していただかないと、ご挨拶もできません」
「あら、そうね」
応接室はたちまち賑やかになりました。私とおじいさま、おばあさま、ナジャフ公爵とラルフさん。
「お嬢様、大変失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした。私が直接したことではないにせよ、ミルデュース子爵を使ったのは私に間違いありません。如何なる罰も受ける所存であります」
「公爵様、公爵様はおじいさまに何と言われたのですか?」
「はい、『ベルンハルドの街にミーアと言う女性の冒険者がいる。その者と会いたいので連れてきてはもらえないか』と言われました」
「それで?」
「私も王都から離れるわけにはいかないため、ここのところ私の所によく顔を出すようになったミルデュースに頼みました」
「何と言ってです?」
「『ベルンハルドにミーアと言う冒険者がいる。至急連れてきてくれ。ただし、何があっても傷つけてはならぬ』と」
「うーん、今の話を聞くと、一番悪いのは子爵さんですね。盗賊を使うなど以ての外ですから。盗賊団が悪いのは当たり前です。なにせ私の鳩尾にグーパンくれるような人たちでしたしね。でも『薔薇の園』の人たちも私の安全をできるだけ守ろうとはしてくれました。独房にぶち込まれてでしたけど。まぁ最後はボス自ら謝ってきたから少しは許しましょう。ほんの少しですけど。
公爵様もあれはひどいですよね。まるで『攫ってこい』って言ってるのと同じ感じです。まあそれもおじいさまがちゃんとお話ししなかったからでしょうけど」
「儂も悪いんか?」
「そりゃそうでしょう。元の国王陛下が平民の冒険者に会いたいから連れてこいなどと言ったら、変に思いますよ。公爵様だって私とおじいさまの関係が分からなければどうしたらいいか決めかねたでしょう。もし一言『知り合いの子かもしれない』とでも言っていれば対応は変わったでしょ」
「私はお嬢様が大公様と縁のある者だとは知りませんでした。大公様が使用人として雇いたい人とか、傍に置きたい人と言うことでお呼びになったものと思いましたもので」
「公爵様をかばう訳ではありませんが、ラルフさんはとても紳士的で優しかったです。無口でしたけど。なので、ラルフさんに免じてこの件は終わりにしたいと思います。公爵様が自ら謝りに来たしね」
「お嬢様のお心遣いには大変恐縮いたします。これからはお嬢様の、いや、姫様の盾となり、お護りすることをお誓い申し上げます」
「姫様って、私姫じゃないよ。冒険者だし」
「いえいえ、大公様のお孫様であれば立派な姫様であります」
「だから、姫じゃなくって冒険者なんだって。まぁ平民かどうかは怪しくなってきたけど。それに、私を護ってくれる人なんていらないよ。多分ここにいる誰よりも強いだろうし。これでもCランクの冒険者なんだから」
「私とて王国の軍隊を預かる身、そう簡単に負けては国王様や大公様に申し訳が立ちません。それに外にいる者は、私の私兵なれど1、2を争う強者。さすがのお嬢様も………」
「そこまでいうならやってみましょうか。ギャラリーも増えてきたことですし」
**********
首謀者【X】はナジャフ公爵でした。ただ、裏に大ボスのおじいさまがいましたけど。
ナジャフ公爵と薔薇の園の繋がりはありませんでした。
ミルデュース?あれは潰されるかもね。良くて降爵かな。
薔薇のボスはナジャフ公爵とは知らなかったと思いますよ。ミルデュースもそこまで話してはいないと思うし。
公爵ぐらいは言ってたかもしれませんけど、いやぁ、偉い貴族止まりかなぁ。
薔薇の園はもう少し潰しません。潰させません。
そして私は、………王族の姫様でした。何がどうするとこうなるんだ?
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