第19話 旅の途中
私はまだ馬車に揺られています。さすがに高級馬車ですね、道もきれいなせいもあって揺れもだいぶ少ないです。
私の隣はダンディなおじさま、斜め前にデブと変わりありません。
変わったことと言えば、前に休んだ町でお風呂に入ってさっぱりしたこと、新しい服を買ってもらったので着替えたことですかね。私は「冒険者だから冒険者の軽装がいい」とお願いしましたが、何といいますか、商家のお嬢さんの旅装になっています。
おかげでと言いますか、デブの目がいやらしくなっています。私が急に可愛くなったからです。何とかして手籠めにできないかと企んでいる目です。
「おい、デブ。お前、お嬢様に何かあったらどうなるかわかってるんだろうな。貴様の価値などお嬢様に比べたら塵以下なんだからな」
「チっ!何だってこんな平民の小娘なんかが。俺は貴族家の当主なんだぞ。こんなパーティーから追い出されたことにも気が付かん奴が」
「なんか言ったか?貴様が戻るのに、胴が付いている必要などないのだぞ」
「分かったよ、そう怒りなさんなって。見るだけでもダメなのかよ」
「まずはその目からくり抜いてやろうか」
おじさま怖すぎです。きっとその筋では名の通った方なのですね。どこの裏世界のボスなのでしょうか。
でもおかげで、デブの厭らしい視線に晒されることはなくなりました。怖いけど素敵です。
デブの言ってた『パーティーから追い出されたことにも気が付かん奴』ってどういうこと?もしかして私ってば追放されてたの?やっぱり私って要らない娘だった。上手く言いくるめられて、お金貰って、厄介払いされたんだ。仲間だと思っていたのに………
それにしても、あれだけのお金をあげてまで厄介払いしたかったのかなぁ。何か裏がある?こいつも何か知ってるみたいだし。
それにしてもどこへ向かっているのでしょう。もう馬車に揺られて3日、ベルンハルドに向かっていないことだけは分かります。ベルンハルドからアジトって離れてても1日ぐらいの距離だからね。
「あんたの役目はここまでだ。ご苦労だったな」
おじさま、何を言い出すんですか?このデブ、ここで死ぬんですか?
少し立派な町(街じゃないよ、あくまでも町)が近づいてきたとき、おじさまは急にデブに言うじゃありませんか。ビックリしましたよ。
「あぁ、これで開放か。主にはちゃんと伝えてくれよ、俺の働きっぷりをよ」
「ちゃんと伝えといてやるさ、安心しろ。見てきたとおりの事をな」
ちょっとホッとしました。このデブがこの世とお別れするのではなくって、私たち一行から離れるだけみたいなので。
あのデブ、ラフィンドル・ミルデュース子爵って言うみたいなんですけど、この町の領主があのデブ子爵らしいんです。だからここまでって事らしく、次の護衛と合流するまでこの町でお休みです。
あのデブの、もとい、デブ領主の用意した宿は、この町一番の高級宿のそれも最高の部屋でした。デブは領主邸に招待したかったらしいのですが、おじさまが断固拒否したそうです。おかげでゆっくりできました。
この町にも冒険者ギルドがありました。薬草摘みやゴブリン退治をやりたいとお願いしましたが、やっぱり駄目でした。そりゃそうですよね、おじさまたちにとって私の身柄って超重要案件なのですから。
でも、ギルドに行くぐらいならいいって。
ギルドと言えば最近はベルンハルドのギルドで、中に入るといつもエレンさんがいました。でもこの町はサリエラ、知らない町です。
冒険者ギルドに見たことのないおよそ冒険者っぽくない格好の女の子が依頼掲示板のほうに近づいていけば、起こりうることはそう、絡まれイベントです。『よぅ、嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんのようなのが来るとこじゃねぇぜ。それとも、俺が冒険者の事を一から教えてやってもいいぜ。手取り足取り丁寧に教えてやるぜ』って、Dランクぐらいの自称すげぇ冒険者が絡んでくるやつ。
ちょっと期待してたんだけど、やっぱ何も起こりません。行儀のいいギルドじゃ決してありません。駆け出し風の男の子なんか思いっきり絡まれてますし。
私がCランクの冒険者だって気づかれたのでしょうか。上位の冒険者だから絡んでこられない、って事もでも無いようです。私の後ろからついてきている人たちの目が、彼らを怯え、震え上がらせていたのでした。
私も冒険者の端くれですから、一応受付には顔を出しておきます。依頼は受けませんけど、ギルドの出す特別依頼って言うのですか、魔物が大発生した時に急きょ冒険者を集めるやつです、それの為にもギルドには顔を出しておくってことになってるからです。
ギルドの用事は終わりました。昼には戻ってくるようにと言われています。今から宿に戻ると丁度昼ぐらいになりそうなので戻ることにします。
「ねぇおじさま、私ってば只今絶賛拉致・監禁・誘拐中なんですけど、この先の展開ってご存知です?」
「ええ、ある程度は知ってますよ。ただ、お嬢様にお話しできることがないだけで」
「行き先ぐらい教えてよ。そこでまた監禁されるんでしょ」
「監禁するわけじゃありません。行き先は………まぁいいでしょう。サミリアというリゾートのとあるお方の別荘です。その方は私の主ではございませんが」
サミリア、聞いたことはあります。私たちのような冒険者とは無縁の街です。超高級リゾートで、王族をはじめ上級貴族の別荘が建ち並んでいるところだそうです。行ったことがないので聞いた話ですが。
そんなところへ連れていかれる、やはりXは上級貴族でした。
「そこであるお方に会っていただきます。私からあなたにお話しできることはここまでです」
うーむ、どうやら単純な誘拐事件に巻き込まれたわけじゃないような展開です。
「ところでおじさま、おじさまのことってお話していただけません?」
「私の事ですか?あまり面白いお話はできませんよ」
「いいんです、出来る範囲で。だって、ずっと一緒にいるのに、何にもお話してくださらないから」
「承知しました。では、何から」
「そうねぇ、良かったら名前、教えて」
「私のですか?言ってませんでしたっけ。私はラルフと申します」
「ラルフさんね。ラルフさんってどこかの貴族様に仕えているんでしょ」
「どうしてそのようなお考えに」
「だって、貴族の振る舞い方じゃないもの。どちらかと言えば執事ね。でもそんな人が子爵様にあんな言い方できるかしら。普通なら首と胴が離れちゃうのは貴方よね。でも『そうするぞ』って言える貴方はかなり立場が上の家に仕えている証拠。侯爵様以上。もしかしたら公爵様かも。だとするといろいろ腑に落ちるのよね。物腰とか、雰囲気とか、仕事ぶりとか」
「ご明察ですな、お嬢様」
「ところで私の事『お嬢様』って呼ぶけど、どうして?私はただの村娘だよ。田舎の小さな村で生まれたって。お父さんもお母さんも、もう二人とも亡くなっちゃったけど、普通に村人みたいだったし」
「それについてはお話しできませんな」
「そんなぁ、私、お父さんとお母さんの本当の子供じゃないって事」
「そうではありませんよ。貴女のご両親はあの方たちで間違いありません」
どうやら私自身に秘密があるようです。女は秘密を纏うと美しくなるって言うじゃないですか。だから今の私は美しい、うん。
あーっ、そこっ!目を逸らすんじゃないの。ったく失礼しちゃうわね。せっかく気分よくやってるんだから、一緒にノッてよ。
それから丸2日、もちろん冒険には行けず、っていうか町の外にも出してもらえず、いつもずっと誰かに見はられながら、屋台で買い食いしたり、いろんなお店覗いたりしながら時間を浪費し続けました。
ようやく、私たちの護衛にやってきた人たちは、冒険者ではなく、貴族の私兵でもない。
どう見ても騎士団。訓練された動き、統率された指揮、統一感のある装備。
そんな彼らが私たちに付き添うそうです。はっきり言って目立ちすぎです。
でもってサミリアへ向けて出発です。宿のお部屋はとっても良かったんですけど、ここの領主があのデブだと思うとすぐにでも出発したかったのは、私の本音でした。
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ミーアがパーティーを離れる原因の一人がラフィンドル・ミルデュース子爵だとばれました。(自白しました)
ミーアの追放劇はどんな裏があるのでしょうか。
そして、この旅の行く末は如何に。
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