第18話 薔薇の園
「お前の迎えが明日到着する」
見張りの一人がそう言ってきました。なんかそんな感じはしてたんだよね。
アジトの入り口に動きがありました。先触れの馬でしょうか。
『明日かぁ』
盗賊団のアジトにある独房に捕らわれの女の子、【ピーピングミーア】は枯草のベッドにゴロンと横になったまま、アジトの中の覗きに勤しんでいました。だって、暇だし、やることないし…
お宝騒動の終わってはいないので、話題には事欠きません。
どうやらあの中隊長もどきは、「俺は知らない。俺は関係ない。俺はやってない。俺は無実だ。濡れ衣をかぶせられたんだ」を連呼したまま三途の川を渡ったそうです。
最後の訴えには何一つ嘘はなかったので、もしかしたら神様が配慮してくれるかもしれませんね。
地獄の1丁目行きを3丁目辺りに。
私的には終わっているので、もうどうでもいいです。
夕方、なんでもボスさんがお話があるとのことで呼ばれました。貞操の危機なのでしょうか。
お部屋に行くと豪華なディナーが待っていました。もちろん毒など入っていません。
「お前には悪いことをした」
はて?何の話でしょう。心当たりしかありません。
「攫った挙句に独房に入れるようなことをして」
あぁ、そのことですね。それは当然です。私に非なんかこれっぽっちもありませんから。
「まぁ信じてもらえんだろうが、上からの指示なんだ」
上って?あぁ、Xの事ですね。
「『ミーアという女を確保せよ。ただし絶対に傷つけるな』ってな」
傷つけられましたよ。いきなり鳩尾にグーパンですからね。
「独房に入れたのはお前の安全を確保するためだ。『薔薇の園』には元気があり余ってる男どもがゴロゴロしてるからな。
あいつら何仕出かすかわからん。もしアンタが傷もんにでもなったら、俺の首じゃおさまんねぇ」
今なんか大事なこと言ってましたよね。
「『薔薇の園』って何です」
「俺たち盗賊団の名前さ」
血気盛んな男たちがウジャウジャいる集団が『薔薇の園』。アブナイ響きしかしません。
下っ端たちの大部屋、覗かないでよかったです。どんなことが繰り広げられていたのか…想像できちゃうけど、想像したくないです。想像しちゃいましたけど………
「それに、アンタが大人しくしてくれて助かったぜ」
大人しく?それは何かの間違いじゃありませんか。
覗き見放題だし、お宝は全部譲り受けちゃうし。
騒がない=大人しいなら合ってますけど。
「上級の客人扱いしろって言われてたもんだからな」
客人ですって、しかも上級の。
それならもっときれいなベッドを用意して、部屋着ぐらい揃えておきなさいよ。
ここに連れてこられた時から、ずーっとおんなじカッコなんだよ。服だって臭ってきてるんだから。
女の子なんだよ、恥ずかしいじゃん。
あと、ウェルカムフルーツも用意してくれてもよかったんですよ。
ディナーは美味しかったですよ、普通に。でも合格点には届かないなぁ。私の舌、厳しいですから。
「あと、アンタの荷物なんだけど、返してやれなくなっちまった。チョットしたトラブルが起きちまったもんでな」
荷物はもう返していただきました。トラブルの事は知ってますよ。それはもう、とても詳しく、首謀者はこの私なんですから。
「そうですか、やっぱり返ってこないんですね。盗賊さんたちに盗られた時点で諦めていましたけどね。
まぁポーチはそこいらで売ってるもんだし、杖だってただの木の棒でしたけど」
「悪ぃーな、弁償してやろうにも金もねぇんだ。ガッハッハ………」
問題ありません。慰謝料はもう頂いておりますから。
「もう聞いてるとは思うが、オメェさんの迎えが明日やってくる。俺たちは連中にオメェさんを引き渡してお終ぇだ。アンタと俺たち『薔薇の園』も関係がなくなる。もう2度と会うこともねぇだろうしな」
関係は続きますって。どうせアンタらすぐにまたお宝ため込むんでしょ。それ頂かなきゃいけませんから。うまみがなくなったら情報として売っ払うだけですけど。それまではせいぜい働いて下さいな。
なんか私、悪もんみたいになってませんか?誤解しないでくださいね。私は善良な少女ですから。
「悪ぃが、もう一晩入っててくれ」
アジトでの最後の晩餐の後、独房へ逆戻りです。
私の迎えってどんなのが来るのでしょうか。そしてXとは誰なのか。もうすぐ答え合わせは始まります。
私は朝からお迎えが来るのを待っています。『まだかな~、まだかな~』って。
まるで保育園でママを待ってる子供のようです。
私が子供みたいですって!どこを見て行ってるんですか。そこと……、あそこと……、ん?
ええぃ、大きなお世話です。私はママにだってなれるんです、もう大人なんですから。
パパになってくれる人がいればなんですけど…………
おこずかいくれるパパじゃないですから。お金ならいっぱい持ってるから…
馬車が付きました。お迎えの到着です。
思ったより小さいですね。上級貴族様だと思ってたから、拍子抜けです。
私が抜けていました。優雅なお姫様気分で立ち去る事ばかり想像してたから、大事なことを忘れてました。
ここって、盗賊団『薔薇の園』のアジトだったんですよね。盗賊団のアジトって秘密基地みたいなもんだから、馬車とかで普通に乗り付けられないのが当たり前なんですよね。
あの小さな馬車も森の中を無理やり通って来たんでしょう。なぜそこまでして馬車を入れたのかって?
そりゃ私を連れ出すためでしょ。歩いて連れだしたら、アジトの場所ばれちゃうからね。
目隠しして馬車に乗せて、ぐるぐる回りながら森を出て行けば、アジトの場所はばれないって寸法なんだろうけど。私には無駄なこっちゃね。
馬車からは2人の男が下りてきました。二人とも少しぽっちゃり、いや一人はデブだな。それにぽっちゃりは女の子に使うんだっけ。少なくともおじさんの形容には使わないね。
デブの方は、ありゃ貴族だ。貴族丸出しって感じ、普通のね。普通の貴族がどういうのかって?そりゃ、領民苛めて、贅沢して、わがままし放題って奴。カネの匂いがすれば悪いことだって平気って感じ。このデブはもろこれです。
もう一人は恰幅がいいって感じのダンディなおじさんです。イケメンじゃないけど落ち着いた感じでイイネ。
そのダンディなおじさんがボスの部屋に入っていきました。デブは部屋に入れてもらえません。
ボスとおじさんが何やら話をしています。聞き耳を立て…なくて平気ですね。私の分身
「こちらが主からの書状になります。確かめてください」
「………………問題ないようだ」
「それではこちらをお納めいただいて、我々は引き取らせていただきます」
ポケットから出てきたのは白金貨。1枚だけだけどそれをボスの前に置きました。ボスは……あっ、ポケットに入れた。お宝なくなった後だもんね、置いとく訳にはいかないよね。後で貰うけど。
私のポケットとボスのポケットを繋げておいてっと、これでいつでも貰えるね。
予想通りボスの部屋に呼ばれました。このところ、予想がみんな当たっています。予想屋でも開こうかしら。えっ、こんな予想誰でも当たるって?そりゃそうですよね。こんな鉄板な展開。10人が予想したら100人が当たるって。数が合わないって?いいの、細かいことは気にしないの。
「お迎えだ。これでお前とはおさらばだ。暫くの間は目隠しをしてもらうからな。悪く思うなよ」
目隠しをされた私を優しくエスコートしてくれたのは、あのダンディなおじさまでした。よかった、あのデブじゃなくって。
馬車は森の中を抜けていきます。グルグル、クネクネと回りながら進むので、乗り心地は悪いです。最悪が可愛いぐらいに悪いです。
15分ぐらいたったでしょうか、私はポケットの中の白金貨をそっと亜空間に移しました。ポケットの繋ぎも切って、これで証拠はありません。『白金貨、ゲットだぜぃ!』
更に30分、一体いつまでこんな茶番を続けるのでしょうか。まぁみんな真剣にやってるので、私もそれに付き合うことにしました。
ようやく森を抜けました。まっすぐ抜ければ10分ぐらいなんですけどね。この人たち、1時間ぐらいかけやがりました。
ここで馬車の乗り換えです。今度の馬車は高級そうです。サスペンションもしっかりしてるようです。目隠しされているのでみえないことになっていますけど。
馬車の中では終始無言だったダンディなおじさまが、手を取って乗り換えを手伝ってくれます。目隠しはもうっ少しの辛抱なんだそうです。
あのデブ貴族はどうだったかって?そんなに彼に興味があるのですか?奇特な方ですね。
そうじゃない、あぁ、二人いたから一応聞いてみたってだけなのね。
あのデブ、ずーっとぶつくさぶつくさ言ってましたよ。大したことを言ってるとは思えなかったので、奴の声だけ聞こえないようにしてました。
あれから30分、ようやく目隠しを外していいって言われました。
久しぶりに見る空です。太陽です。何日ぶりでしょうか。もう忘れてしまいました。
空ってこんなにきれいなんですね。太陽ってこんなに暖かいんですね。感謝です。生きててよかったです。
馬車はどこかに向かっています。知ってるんだろうって?本当に知らないんです。
この人たち、な~んにもしゃべんないんですよ。デブがぶつくさ言うだけ。
「あのー、どこかで一度休みたいんですけど。私ずーっとお風呂入ってなかったから気持ち悪いし、この服も臭ってきてるみたいだから早く洗濯したいんで」
「それではこの先の町で今日は休むことにしましょう。早馬を先に行かせて、準備をさせておいてください。服の他に何か必要なものがございますか」
「私、荷物が何もないんで……」
「それでは次の町で一揃え致します。どれぐらいで着くのかな」
「あと1時間もすれば着くかと」
私の旅は始まったばかりです。って、これって誘拐の続きだよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます