チートはチートでも『チートデー』
目の前の存在は、たとえるのなら豚――いや、豚に失礼だと思えるくらいに情けなかった。
大量の菓子を汚く食べ散らかし、身体にはクリームやチョコが付着していて、見るも無惨な姿だ。
脂肪の鎧と合わせて、まるでマシュマロで作られたモンスターといっても過言ではない。
ジョセフィーヌは、それを見てただ無表情で呆然と立ち尽くしていた。
「も、申し訳ありません!」
声がしたのは背後――扉を守っていた騎士団の二人だ。
その慌てっぷりから、どうやら中の様子を知っていたらしい。
「ジョセフィーヌ様……お許しを! この豚、ではなく、アース殿下はダイエット中にもかかわらず、強引に菓子を食べ始めて……」
「私たちも、どれだけジョセフィーヌ様が熱心に頑張っていたか知っていたのですが、このファットオーク……ではなく、アース殿下はなまじ強いために止めることができず、こうして見ていることしかできず……」
騎士団の二人は密かにジョセフィーヌのファンだったために、アースの蛮行を止めようと必死だったのだが、ただの騎士団員と帝国最強の皇子と呼ばれるアースでは戦力差がありすぎたのだ。
太ってしまっても、強いものは強い。
騎士団の二人は泣きながら訴える。
「どうかジョセフィーヌ様!」
「アース殿下をぶん殴って止めてください! 私たちは見なかったことにしますので、遠慮なく! さぁ!」
第一皇子への言葉とは思えないくらいの言葉だが、アースの護衛を任されるくらいと元々の距離が近かったためだろう。
一応、身を案じてという理由も多少はある。
それを聞いていたジョセフィーヌは、やっと口を開いた。
「いえ、殴りませんわよ?」
「え……!?」
「だって、美味しいお菓子を食べたいという気持ちはしょうがないでしょう」
そのダイエットとはかけ離れていそうな意外な言葉に、騎士団の二人はポカンとしてしまっていた。
「で、ですがジョセフィーヌ様……。菓子を食べたらまた太ってしまうのでは?」
「その通りですわ。適量のお菓子なら問題はなくても、暴飲暴食となっては太って……いえ、これは続けたら死ぬレベルですわ」
しばらくアースを観察していたジョセフィーヌは、その我を忘れたような食欲は尋常ではないことに気付いていた。
手で菓子を鷲掴みにして、それを口に運び続けているようなのだ。
脂肪に蓄えられるカロリーの限界すら超えて、人体を破壊していくだろう。
「で、ではジョセフィーヌ様……これはどうするのですか……!? 我慢させず、食べさせ続けたら死ぬんですよね……!?」
「それなら、こうしますわ」
ジョセフィーヌは笑顔になり、アースに近付いた。
アースは菓子しか見えていないようで、視線が動かない。
ジョセフィーヌは覗き込むようにして、その視線に割り込んだ。
すると、アースはやっと気付いた。
「じょ、ジョセフィーヌ!? あっ、こ、これは……」
「慌てなくていいですわ。別にお菓子を食べてはいけないという約束もしていなかったし、責めたりはしません」
「い、いや……しかし……俺は何ということを……折角付き合ってくれたジョセフィーヌの苦労を無駄にするような……」
アースはクリームだらけの手というのも気にせず、顔面を覆ってしまった。
酷く後悔して落ち込んでいるようだ。
そんな情けない姿にもかかわらず、ジョセフィーヌは彼の背中を優しくさすって慰めた。
「チートデーを作りましょうか」
「ち、チートデー……?」
いきなりの言葉に、アースはオウム返しに聞き返す。
「そう、チートデー。一週間に一度だけ、好きなものをいっぱい食べる日ですわ」
「し、しかしジョセフィーヌ……。そんなことをしたら、また太ってしまって……」
「いえ、これがどうやら平気らしいのです」
ジョセフィーヌは、山小屋で読んだ一冊の本の事を思い出していた。
それは〝勇者の筋肉を手に入れよう〟という胡散臭いタイトルだったが、筋トレ知識0だったジョセフィーヌは真剣に読んで実践をしていた。
その中に〝チートデー〟という項目があったのだ。
食事制限をするようなハードなトレーニング中、一週間に一度だけ自由に食事をする日を取り入れるというモノだ。
食事制限中に大量に食べて大丈夫なのか? と疑問に思うところだが、どうやら極端に制限し続けても脳が飢餓状態と勘違いした状態に陥って、カロリーの吸収率を上げてしまうらしいのだ。
これを緩和するのが一週間に一度のチートデー。
きちんと食べる日を作ることによって、食事制限を飢餓状態と勘違いしていた脳に安心感まで与えるだけではなく、本人のストレス軽減にも繋がるという。
こうして身も心も安定させ、筋肉も健康的に育っていく。
「そんなわけで、一週間は頑張って、そのあとにご褒美としてチートデーに好きな物を沢山食べましょう」
「な、なるほど……。それなら呪いに負けずに我慢できそうだ。次のチートデーのご褒美が楽しみだな」
お菓子を暴食してしまったアースを責めずに、トレーニングへの意欲を高めてしまったジョセフィーヌ。
それを見て、アースを殴って止めるように進言した騎士団の二人は感動していた。
以前から一人で暴走気味の皇子を任せられるのは、このご令嬢しかいない――と。
「な、なぁ……ジョセフィーヌ。好きな物というのは、本当に何でもいいのか?」
「ええ、アース。何でもですわ」
「じゃあ…………お前の手作りの菓子が食べたい」
「あら、そんなものでいいのかしら? ふふ、どんとこいですわ! さぁ、今日のトレーニングを開始しますわ!」
そのやり取りを見て、騎士団の二人は思った。
ジョセフィーヌは戦闘力だけじゃなく、嫁力も高い――。
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