材料はドラゴンの卵

 アースとのトレーニング終了後、ジョセフィーヌは焦っていた。


「どうしましょう、お菓子なんて作ったことがないですわ……」


「のろけ話ですか、ジョセフィーヌお嬢様」


 それを聞かされていたのはベルダンディーだった。

 当然のように使われているが、ここはドレッドの部屋だ。

 ご婦人二人の会話ということもあり、部屋主のドレッドは気を利かせて部屋の外に出ている。


「これのどこがのろけ話ですか……!? わたくしの手作りをリクエストしたということは……わたくしにしか作れない筋肉を使った菓子を求めているという意味に違いありませんわ!」


「えぇ~……」


 何を期待されているか全然わかっていない――と、ベルダンディーは珍しく大きく表情を崩し、呆れきった顔を見せていた。

 我が主は、一度はトリスという婚約者がいるくらいだったのに、鍛えすぎた筋肉が脳を圧迫して、恋愛脳が縮小してしまったのではないかと本気で心配してしまう。

 荒療治として頭部を秘伝のドワーフハンマーで強打した方がいいのかと一考するほどだ。

 伝説の勇者の聖剣を鍛えたらしいので、きっと恋愛部分も鍛えられるだろう。


「何かすごい顔してますわね、ベルダンディー」


「ソンナコトナイデスヨ。……さて、現実問題として、一国の皇子に変な物を食べさせるわけにはいきませんね」


「変な物って……。いや、たしかに食べたら死ぬようなお菓子を作ってしまったらヤバいわね……」


「ええ、ジョセフィーヌお嬢様の場合は、本当にヤバい可能性があります。どうせ、材料はあの山で獲ってくるとか考えてますよね?」


「もちろん!」


 愛情を込めるとかではなく、自分にしか作れない手料理……もとい手強い料理と解釈しているので、最強クラスのモンスター素材を料理しようと考えていたのだ。


「はぁ~…………百歩譲ってあの山の材料を使うとしても、調理方法は私が教えますから……」


「ありがとう、ベルダンディー!」


 さすがに材料が特殊でも、調理方法さえ何とかすれば普通のお菓子になる。

 ベルダンディーはそう考えていたのだ。


「ねぇねぇ、ドラゴンの卵ってどうやってお菓子にしたらいいと思う? あ、もちろん無精卵だから安心して!」


「……」


 まさか自分がドラゴンの卵をお菓子にするという、人類最初の人間ドワーフになるとは思ってもみなかった。




 ***




「いやぁ、まさか本物のドラゴンを見ることができるなんて夢のようですよ。どんな魔力なんだろう……火のブレスは人間とは違う魔法体系によるものなのか……!」


「私は造形に興味があるね。あの雄々しい姿、さぞ素材にしたら良い芸術品ができそうだ。いや、今回は卵だけというのはわかっているから、あとで卵の殻だけでも欲しい」


 一行は馬車でいつもの山奥にやってきていた。

 今回のメンバーはジョセフィーヌとベルダンディーだけではなく、協力者として魔法使いグランツと芸術家ケインの天才コンビも付いてきている。


「ふふ、楽しそうですわね。二人とも」


 ジョセフィーヌが笑うと、ケインはハッとした表情になって言い訳を始めた。


「い、いや、ボクとしては、こちらを庇って呪いを受けたアースのため、真剣に協力をですね……! ほら、火魔法への対処は得意なのでドラゴンブレスを防ぐ耐火魔法が必要になるかなーと!」


「割と気合いでなんとかなりますわよ?」


「き、気合いで!? ……で、でもですね、ジョセフィーヌさんは平気でも、卵にドラゴンブレスが当たったらゆで卵になっちゃうじゃありませんか!」


「たしかに……それは盲点でしたわ」


 知的好奇心の方が大きかったグランツはホッと一安心。

 もう片方であるケインも言い訳を始めた。


「私もだね、卵を馬車で運搬するための籠を用意してきた。サイズに合わせた大きさで、クッション性も抜群だ。これで割れる事はないね、うん!」


「なぜケインさんご本人まで?」


「そ、それは……えーっと……。そう、籠の調整が必要になるかも知れないからね! 非常に複雑な構造をしていて、初めて見るドラゴンの卵を観察しながらじゃないといけない! さぁ、ドラゴンと卵を見せたまえ!」


 馬車内の三人のやり取りを、前方の御者台で馬の手綱を握りながら聞いていたベルダンディーは思った。

 グランツとケインは似たもの同士だと――。

 しかし、実際に用意されたドラゴンの卵用の籠は素晴らしい出来だし、グランツの魔法使いの腕も帝都一と有名だ。

 性格はともかく、心強い味方には違いない。……性格はともかく。

 そんなベルダンディーの心配も知らず、ジョセフィーヌは山の頂上を指差した。


「あそこにドラゴンの巣がありますわ! この時期は卵があるはず!」


「……天辺に雲がかかっているような高さですね」

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