筋肉令嬢の朝は早い

「ベルダンディー、おはようですわー!」


 ここはベルダンディーの部屋……ではなくて、城の一階にあるドレッドの部屋だ。

 合鍵を渡されていたジョセフィーヌは、遠慮なく早朝の挨拶にやってきていた。


「ふぁ~あ、おはようございます。こんな寝姿を申し訳ありません、ジョセフィーヌお嬢様……」


「何やら眠そうね~?」


「昨日、ちょっと……」


 ジョセフィーヌはニヤニヤしていた。

 その目線の先には、二つ並べられたベッドがある。

 一つは寝ぼけまなこのベルダンディーが――、もう一つは目の下にクマを作るドレッドがいたのだ。


「ふふふ、お二人とも揃って……いえ、みなまで言わずとも良いわ! わたくし、恋愛事情などには鋭いので!」


「どの口が言うのですか、ジョセフィーヌお嬢様」


 イケメンたちの好意に気づけない主人にドンヨリとした目を向けるベルダンディー。

 当の本人は何のことか分からず首を傾げたところで、横のドレッドがようやく喋りだした。


「横にご婦人がいると思うと、ぜんっぜん寝られなかったぞ……」


「あら、おかしいわね。山小屋ではわたくしの横で普通に寝てましたわよね?」


「ジョセは恐竜みたいなもんだろ。まだそっちの方が緊張しない」


「まぁ、なんて酷い。次に山小屋に来たら溶岩水泳のトレーニングね」


「…………そういうところだぞ」


 そそくさと身支度を始めるベルダンディーを横目に、ドレッドは二度寝の体勢を取っていた。

 さすがに本格的に寝ると騎士団長の職務に間に合わないので、仮眠程度は取るのだろう。

 あ、そういえば――とジョセフィーヌが口を開く。


「何か名前も知らない女性たちから、『ベルダンディー……様はお元気ですか?』と聞かれたわ。ベルダンディー、もうこっちでお友達ができたのね!」


「ええ、はい。ジョセフィーヌお嬢様も困ったら、その方たちに遠慮なく頼み事をするといいですよ。ベルダンディーから……ということで」


「よくわからないけど、さっすがベルダンディー! 頼りになる~!」


 ジョセフィーヌは、ベルダンディーのドワーフ特有の小さな身体を包み込むようにギュッと抱き締めた。


「こんなに可愛いのに、お姉さんみたいだもの!」


「お姉さんとは……?」


「ずっと小さな頃から一緒だったから、そういう気がしていたのよ。実の姉がいたらこんな感じだったんだろうなーって」


「……そ、それは勿体ないお言葉でございます」


 ベルダンディーは『お姉さん……お姉さん……』と確認するかのように小さく繰り返しながら少し恥ずかしそうにして、そのまま黙ってしまった。

 ジョセフィーヌはしばらくそうしたあと、時計を見て思いだした。


「あ、そろそろアースのところに行かなくちゃ。食事メニューもちゃんとしたのを用意できたし、アースも筋トレをやる気になってるみたいだしね!」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 ジョセフィーヌが出て行ったあと――静かになった部屋でドレッドがボソッと呟いた。


「お姉さん……ククク……随分と小さいお姉さんだな」


「うるさいですよ、童貞魔族」


「辛辣だな……!? まぁ、昨日の夜みたいな一人の危険な出歩きはもう止めておけ。こちらでフォローするのも面倒だ」


「心得ておきます」


 気付かれていたというのは知っていたが、フォローまでされていたというのは想像していなかった。

 迷惑をかけてしまったと、ベルダンディーは素直に反省の色を見せる。


「申し訳ございません」


「あー……でも、その、なんだ……。今度からは先に言え。多少は協力してやれるかもしれん。まぁ、主君に仕える立場同士だしな」


 ドレッドは少し照れくさそうに言うと、掛け布団を深くかぶってしまった。

 ベルダンディーは、彼の不器用さにクスッと小さな笑みを見せた。


「……三十分ほど仮眠するぞ」


「かしこまりました。朝食をご用意しておきますね。……でも、勘違いなさらないでください。これはジョセフィーヌお嬢様が予想外に早く起きてこられて、手持ち無沙汰でその代わりですから」


「まったく、素直じゃないドワーフだ」


「何か言いましたか、魔族」


 ベルダンディーは平常運転に戻り、鍛冶で鍛えた鋼鉄のような硬い表情で朝食の用意をし始めたのであった。





 一方――ジョセフィーヌは、アースの寝室の前に到着していた。

 扉は壊れたままで、今は急ごしらえで吊したカーテンで補強されている。

 見張りにはドレッドの代わりに、騎士団の人間が二人いた。

 何故かビクビクしているその二人に対して、ジョセフィーヌはペコリとお辞儀をしてから中に入った。


「アース、今日もトレーニングですわよー!」


「もがっ!?」


 豚のような驚き声が聞こえてきた。

 中ではデブ皇子がベッドに座りながら、大量の菓子を食べていたのだ。

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