侍女のお仕事
それからアースの食事メニューが変更された。
ギトギトだった油だらけの食事は撤廃。
鶏の胸肉や、魚、野菜、キノコ、卵などの食材が中心となった。
調理方法もなるべく油を使わず、煮たり蒸したり、直火焼きにしてヘルシー。
不足気味のタンパク質は、ジョセフィーヌ特製のプロテインで補うことにした。
しかし、このままのジョセフィーヌ提案メニューだといつものワンパターンになってしまうため、ドレッドが監修がてら手を加えて毎日違う味や食感になるようにレシピ調整をした。
それを城の厨房にいる一流のシェフの手によって料理されるのだ。
「ふむ、これは素晴らしい健康食ですな。アース殿下までとはいかないものの、内政をしているデップリ肥満貴族のお歴々にも振る舞いましょう。……プロテインは抜きますが」
シェフも太鼓判を押していた。
メニューは好評を博し、城の内部へと広がっていった。
それに伴い、これを提案したジョセフィーヌへの評価もどんどん上がる。
だが、それを快く思わない者たちもいた。
「あのオンナ、アース殿下に取り入って……なんて女狐なのよ……」
「まったくだわ。私たちの方がずっと前から狙っていたのに!」
それはアースが呪いにかかったことによって見限ろうとしていた貴族の女性たちである。
最初は外見が変化してしまって興味を失いつつあったのだが、どうやら元に戻る可能性があるというのだ。
そこで邪魔者さえいなくなってアースと結婚さえできれば、将来の皇帝の妃になれるチャンスもあると再び狙い始めたのだ。
「ほんと、いきなりやってきたどこかの悪役令嬢に横取りされるなんてたまったもんじゃないわ。あたしのアース様なのに」
「うふふ、あなた、ちょっと前まではクソデブ扱いしていたのに」
「あら、そっちだって似たようなものじゃない」
狡猾な笑みを浮かべる女たちは、何とかジョセフィーヌを陥れるために行動を開始した。
まずは直接ジョセフィーヌに何かをしようとしたのだが、異常なほどに鋭い気配察知能力で危害を加えることができないことが判明した。
手が滑ったフリをしてワインをぶちまけようとしても、空中でコップに入れ直して笑顔で突き返されてしまうほどだ。
そこで、ジョセフィーヌが提案した評判の食事メニューをメチャクチャにしてやるために、彼女たちは深夜の厨房にやってきていた。
「ふふふ……異物混入に食中毒。無駄にメニューとして広まってしまったから、これを大臣たちも食べる。そして、一気にジョセフィーヌの評判はガタ落ちね……!」
どこからか持ってきた腐った食材や、おぞましい虫などを木桶で大量に抱える女性たち。
これから起きる事への優越感に眼を輝かせていた。
深夜の厨房のため、それを止めるシェフなどはいない。
それに見つかったとしても彼女たちは、外部向けに普段は汚い行動を見せず猫を被って心証をよくしていて、内部の人間も脅している協力者が多いために止められる人間も少ないだろう。
こうして食への冒涜が行われようとしていたのだが――
「失礼します。こんなところで何をしていらっしゃるのですか?」
貴族の女性たちは、予想だにしなかった声にビクッと振り向く。
しかし、そこは深夜の厨房ということで人っ子一人いない。
「だ、誰もいない……おかしいわね……」
だが、よく見ると下の方――小さなドワーフの女が笑顔で立っていた。
「あ、あなたは……」
「私はジョセフィーヌお嬢様の侍女。ベルダンディーでございます」
「そ、そう……ジョセフィーヌ――様の……」
内心慌てた貴族の女性たちは何食わぬ顔で、ご機嫌よう……とその場を去ろうとしたが、そうはいかなかった。
「先ほどの会話、グランツ様特製の魔道具で録画させて頂きました」
「なっ!?」
一瞬、驚愕の表情を見せた貴族の女性たちだったが、すぐに相手が自分と比べ格下の〝ただの侍女風情〟だと思い出してニヤリと笑った。
普段から裏でこういうことをやり慣れていたので、目撃者の心をすり潰すやり方というのを心得ているのだ。
「ふ、ふふふ……。あなた、ベルダンディーと言ったわね? 貴族に逆らうとどうなるかわかっているの? 何か理由を付けて投獄……いえ、国外追放という名目で危険地帯に送って実質の死刑すらもできるのよ?」
その脅しに対して、ベルダンディーは至って冷静だった。
いや、冷静な瞳の中に狂気を秘めていた。
「はい、よく存じております」
「だったら――」
「以前の私なら従っていたかもしれません。ですが、今の私は命を投げ捨てた経験から、もう自分がどうなろうと構いませんので。回りくどい事などせずに、どうぞお気に召さなければ今すぐにでも刺し殺してくださいませ」
「な、何を!?」
ここは厨房――刺し殺すための刃物ならいくらでもあると言わんばかりに、包丁をヒョイッと取って柄の部分を差し出した。
「さぁ、どうぞ」
仰天した貴族の女性は受け取ることが出来ずに、ただただ息を呑むしか出来ない。
そこで貴族の女性たちはようやく思い出した。
「たしかベルダンディーって……。もしかして、まさか貴方があの噂の……!?」
ベルダンディー――その名前の侍女が、あの主君以外にはなびかない難攻不落の騎士団長を落としたという噂を知らない者はいない。
恋人である騎士団長の後ろ盾を考えると、絶対に敵に回せないのだ。
「どのような噂かは存じ上げませんが、早く私を殺さないのですか? まぁ、その場合は私を排除したことによってさらなる証拠が積み上げられ、喜ばしいことになりそうですが」
「も、もしかして……ここも録画を!?」
「はい。その他に、少し前の城内での不穏な会話の数々も録画させて頂きました。うふふ、私、ジョセフィーヌお嬢様のこと以外は口が軽いので、何かあったらコレを証拠にアース様や、ドレッド様にご報告してしまうかもしれませんね」
「ひっ、そんなことをしたら……!?」
「城での食中毒を故意に起こしたとなれば大事件です。どんな罰が下されるか。我が王国なら、こちらのように回りくどい理由を付ける間もなく投獄、いえ――死刑ですね」
「や、止めて! ほんの軽い出来心だったのよ!」
貴族の女性たちから懇願されるも、ベルダンディーは表情をピクリとも変えなかった。
「ええ、そうですね。軽い出来心だったのでしょう。心中お察し致します。なので、条件次第ではなかったことに致しましょう」
「じょ、条件!? なんでもするわ!!」
「今後とも、うちのジョセフィーヌお嬢様と仲良くお願いしますね。変なそぶりを見せたりせず、何事もなかったかのよう
「は、はいぃぃぃ!!」
ベルダンディーは笑顔で細めていた目をゆっくり開き、研ぎ澄まされた殺意の刃を具現化したような眼光を見せた。
完全な脅しである。
それも随分と手慣れている。
同じように悪事に聡い貴族の女性たちも一瞬で上下関係を理解して、壊れたオモチャのように首を上下に振る。
(もうジョセフィーヌお嬢様を悪役令嬢に仕立て上げるような輩を見逃さない、絶対に……)
敵対していた貴族の女性たちはジョセフィーヌを陥れるつもりが、弱みを握られて逆に懐柔させられることになったのであった。
ちなみに途中で相手が刺し殺してこようとした場合、三対一でも筋肉に優れたベルダンディーが勝てるので結果は変わらなかった。
ジョセフィーヌに害をなそうとした時点で〝負け〟なのだ。
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