騎士団長は見た

 トレーニング一日目。


 騎士団長ドレッド・モーレの朝は早い。

 早朝から寝室の扉で警護に当たっているドレッドは、中から響いてくる絶叫と楽しそうな励ましに耳をやっていた。


「ギヅイゾコレェェェ!」


「わたくしも一緒のメニューをこなしているのだから平気ですわ。それに続けていればきっと楽しくなってくるはず!」


 それを聞いたドレッドの感想は、仲睦まじく大変よろしいというものだった。

 もう将来、二人の子どもに剣を教える計画まで密かに立てるほどだ。




 二日目――

 今日もドレッドは扉前で警護に当たっていた。

 昨日と同じように仲良くトレーニングをしている声が聞こえてくる。

 アースの絶叫を心配したのか、はたまた苦情なのか――城の住人から意見が届くも、帝国存続がかかっていると一蹴した。

 そして、寝室の扉で警護中のドレッドは、中にいたジョセフィーヌから声をかけられた。


「ドレッドさん、今日からアースの食事メニューのリクエストをしたいのだけれど」


「了解、ジョセ」


 ジョセフィーヌは初日の食事メニューを見たのだろう。

 あれはアースが食べたい物を並べただけのメニューだ。

 油で揚げた山盛りポテト、脂肪タップリの焼いた肉、砂糖がタップリのケーキ。すなわち、デブ食だ。緑色も足りない。

 運動もしない人間が食べ続けたら太るに決まっているのだが、心が弱ったアースのワガママ――すなわち将来の皇帝の命令ということで断れる人間がいなかったのだ。

 それをすんなりと変更できる人間というのは、世界でもただ一人だろう。


「ふふ、帝国の将来は頼んだぞ、ジョセ」


「え? ああ、はい。キチンとダイエットさせますわ」


「騎士団長としてだけではなく、個人的にも応援しているぞ。俺は長生きだからな。今後も色々とフォローしてやれる。十年後とか、二十年後とか」


「はぁ? まぁ、よくわかりませんがダイエットのフォローを頼みますわ」




 三日目――

 帝国と王国間に設置された魔道通信装置によって、マッスリン家侍女のベルダンディーが呼び出されていた。

 彼女が乗ってきた馬車には、ジョセフィーヌの山小屋から持ってきたらしい物資が積み込まれている。


「その節は……大変ご迷惑をおかけしました、ドレッド様」


「いや、ベルダンディー。お前の主君への忠義、俺も共感するものがある。気にするな」


「はい、ありがとうございます。それで、ジョセフィーヌお嬢様から頼まれた物を持って参りました」


「ああ、あとで運び込ませる。ご苦労だったな」


「それと、ジョセフィーヌお嬢様のお世話をするために滞在したいのですが……」


「何……?」


 意外な言葉に、ドレッドは驚いてしまった。

 前例としてジョセフィーヌが強引にやってきて、結果的に城に泊まることになったのはあるのだが、それは外面的に婚約者という立場があってこそだ。

 いくらその侍女とはいえ、他国の部外者が帝国の城にいきなり滞在するというのは許されるかは上の許可待ちになるだろう。

 しかし、今のアースの立場を考えると許可が下りるかは微妙なところだ。


「無理は重々承知でございます。何なら、庭で野宿……いえ、馬小屋でも……」


「い、いや、それは待て……!」


 さすがに女性を野宿させるというのは、いくら人間とは常識が異なる魔族のドレッドとはいえ看過できない。ましてや馬小屋などもっての外。

 魔族の前に、彼は帝国の騎士で紳士だ。

 ドレッドは少し悩んだあげく、偶然通りかかった白髭の執事長に事情を話して、部屋を用意できないかと相談した。


「うぅむ。残念ながら、改装工事なども重なって客室がご用意できません」


「し、執事やメイドの部屋ならあるのではないか……?」


「外からのお客様を、そのような部屋にお泊めしたとあっては帝国の威信に関わります。せめて、客室や、それに準じるような等級の高い部屋でなければ……」


「等級の高い部屋か……。そういえば、俺の部屋は無駄に広くて調度品がしっかりしているな……それも立場故の等級というモノだったのか……」


 そんな事を独りごちたドレッドだったが、それに対してベルダンディーが質問をしてきた。


「ドレッド様のお部屋は、広いのですか?」


「ああ、そんな立派な部屋はいらないと言ったのだが、騎士団長だからという理由で却下された。まったく、一人であんな部屋をどうしろと……」


「ベッドの数はいくつありますか?」


「何かに気を遣われて二つだが、一度もそのようなことは――」


 そこでドレッドはハッとした。

 なぜ、ベルダンディーがこんなことを聞いてきているのか気が付いたのだ。


「お、おい。まさか……若いご婦人が男と一緒に寝泊まりするとか、そういうのは……」


「大丈夫です。既にあの夜、アース様と、ドレッド様と一緒に寝たではありませんか」


 ニッコリと微笑むベルダンディーは、ドワーフという種族ということもあって幼女のような外見だ。

 誤解されるような発言が、二重にも三重にも拗れてしまう可能性がある。

 案の定、それを聞いていた執事長が興味津々の視線を向けてきていた。


「ちょっと待て! 違うからな!? そういうことじゃないからな!? ベルダンディー、お前も誤解されそうなことは止めてくれ……!」


「私の口はジョセフィーヌお嬢様のこと以外は……存外、軽いかもしれませんよ? 面白可笑しく話してしまう前に、ドレッド様が直接監視なさるのがよろしいかと」


「う……お前……つまりそれは……」


 回りくどい言い方だが、ドレッドの部屋に泊めなければある事無いこと言いふらすと告げているのだ。

 ドレッドはこういう搦め手には弱いため、頭の中がグルグル回って、真っ白になるような感覚に陥っていた。


「で、どうでしょうか?」


「ええい、もうわかった! 俺の部屋に来い、朝から晩までお前を見ていてやる!」


「まぁ、情熱的」


 山小屋での誤解は広まらなかったが、違う噂が執事長から広まったのは言うまでもなかった。

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