地獄のダイエット開始

 アースはスポーツウェアに着替えさせられていた。

 余計な服が無くなって肥満体が露わになっている。

 ちなみに着替えを手伝ったのはドレッドで、彼は今、防衛機能も兼ね備えていた扉――の跡を警護している。騎士団長という名誉ある立場なのに健気である。


「これは見事にまん丸ですわね」


「い、いっそ殺せ……殺してくれ……」


 ジョセフィーヌの素の反応に羞恥心を感じ、アースは両手で顔を隠してプルプルと震えていた。

 肥満体を見せたくないし、筋トレもやりたくない一心だ。

 もちろん、ジョセフィーヌはスルー。


「それじゃあ、トレーニングを始めますわ!」


「地獄のトレーニング……死んだ。俺死んだ……」


 アースは先ほど遺書をしたためた。

 今後の帝国の運営指示から、現皇帝である父への謝罪、それと友人たちへの感謝の言葉などを綴ったのだ。


「も~、アース。諦めが肝心ですわよ?」


「そ、そうだな……。ジョセフィーヌ基準の地獄で助かるはずがない……。それで、俺は死ぬために何をすればいいんだ……?」


「何もしなくていいですわ。楽にしていてくださいませ」


「は?」


 アースは我が耳を疑った。

 何もしなくていい……そう聞こえたからだ。

 それはおかしかった。

 普段から地獄のような筋トレを苦にせず楽しそうにこなしているジョセフィーヌが〝地獄〟と言った基準ならば、それはもう魔王と戦った方がマシというレベルだろうと観念していたからだ。

 そこで発想の転換をしてみた。


「なるほど。地獄とか言って、俺をビックリさせようとしていただけか。ははは、い奴め」


「それじゃあ、始めますわ。ちょっと慣れていないので調整をミスると手脚が千切れ飛ぶかもしれませんが――」


「……説明を求む」


 アースは汗をかいてきた。

 それはもちろん運動による汗ではなく、手脚を千切られるかもという危機感からの汗だ。

 さらっと言い放つジョセフィーヌの笑顔が怖い。

 それに――先ほどから何か身体に〝重力〟を感じる。


「わたくし、筋トレに重力をかけるやり方を取り入れてますの」


「あ、ああ……知っている。高度な重力魔法をそんな使い方をするとは、未だに信じられないが」


「それで以前、カロリーヌの兵たちに向けたら、勝手に相手が望んだ通りの動きをし始めたことがあって……重力で!」


「……おいおいおいおい、まさか……」


 ジョセフィーヌは会心の考えだという笑みをパッと咲かせた。


「わたくしが重力でアースさんを操作して、筋トレをさせ続けますわ」


 アースの中に浮かんだイメージはこうだ。

 人間が、小さな人形の手脚を掴んで、それを無理やり動かして運動の真似事をさせる。

 今、その人形がアース。操るのがジョセフィーヌという感じだろう。


「や、やめっ」


 その言葉を最後まで発する時間もなく、アースの全身を重力が襲いかかった。

 上からの単純な重力ではなく、身体の四肢を複雑に操作するような可変性のある重力だ。

 そのパワーはとてつもない。

 大人――しかも太って体重のあるアースを機敏にトレーニングさせるために、一部にはスカイダイビングのような浮遊感、方や別の場所にはズッシリと鉄塊をくくり付けられたような重さを感じる。

 その差異によって身体が勝手に動いていく。


「うおおおお!? 何コレ怖い怖い怖いぞ!」


 未知のモノに身体を操られるという新鮮な驚き。

 アースは酷く混乱していた。


「全身をくまなくトレーニング……といきたいですが、体重がある内に下半身に重力をかけすぎると骨が折れてしまいますわね。加減をしますわ」


「そ、そうだ。ジョセフィーヌ、加減をしてくれ、加減を!」


「まずは寝室でもできる軽いモノを――」


「そう、それがいい、それ! 軽いの!」


「寝ながらできる腹筋一万回、バーベル上げ一万回からいきますわ」


「地獄だぅぅあああ!?」


 無理な運動は大変危険なので、アース殿下以外は真似をしないようにしてください。

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