第一皇子アースVS肥満大令嬢カロリーヌ

「ブフゥ……」


 王城――カロリーヌの寝室。

 そこでカロリーヌは深窓の令嬢のように物憂げな表情をしながら、椅子に座って窓から外を見ていた。

 肘を置いている椅子のアームレスト部分が重さに耐えられず、メキメキと歪んでいる。


「ついにジョセフィーヌお姉様も今日で最期なのね……。寂しいわぁ……ブフ……寂しすぎて嬉しくなっちゃう! ブフフヒャヒャヒャ!!」


 いきなり笑い出したカロリーヌはバンバンと椅子を叩くと、ものの見事に椅子は潰れてしまった。


「あらぁ、この家具も壊れちゃったわぁ。これも新調しましょうか。新しい職人はセンスが良いしぃ」


 カロリーヌは上機嫌で部屋の中を見渡した。

 お気に入りだった〝まるで生きているかのような眼を持つ鷹の彫像〟だけではなく、どんどん絢爛豪華な調度品を仕入れて並べている。

 寝室だけでは飽き足らず、国庫の血税を使って城の中すべてに〝新しい職人〟の手による作品を配置しているほどだ。


「ブヒヒ! さて、あとでやってくるジョセフィーヌお姉様の死亡報告を肴に何を食べるか考えておかなくちゃ。ハム、ラード、バター、シロップ、どれもkg単位でいきたいわねぇ……お供え飯も乙なモノぉ!」


 勝ち誇った顔のカロリーヌだったが、急ぎでノックされる寝室の扉に気が付いた。

 そちらに訝しげな眼を向ける。


「ドンドンとうるさいわねぇ」


「か、カロリーヌ様! 大変です!」


「入りなさい。何よぉ?」


「はっ! 失礼致します!」


 ドアを開けて入ってきて城の兵士は顔面蒼白だった。


「帝国の兵士とアース第一皇子が乗り込んできました!!」


「な、なんですってェッ!?」


 カロリーヌは気が付かなかったが、城内は慌ただしいことになっていた。

 兵士が走り、侍女が怯え、カロリーヌの傀儡になりかけていた王や側近たちはブルブルと震えて引きこもる。


「や、奴ら……武装しています! ただ事ではありません、お逃げくださ――ぐあッ!?」


 王国の兵士は最後まで言葉を言えずに、背後から来た帝国の兵士に取り押さえられた。

 盾と剣で完全武装した鎧の兵士たちが部屋の中にゾロゾロと入り込んでくる。


「な、なによアンタたち……いくら強大な帝国でも、この王国に一方的に侵略してくるなんて世論が黙っちゃいないわよぉ!?」


 ブタの様に叫びながら混乱するカロリーヌに対して、帝国の兵士たちは至って冷静だった。


「いました。大罪人カロリーヌです」


「ご苦労」


 帝国の兵士たちの後ろからやってきたのは、帝国第一皇子のアースだった。

 普段とは違い、赤いマントをなびかせ、華麗な彫金が施された白銀の鎧に身を包み、宝剣を帯びている。

 これは戦場での正式な格好だ。


「あ、アース殿下! これはいったいどういうことなのですかァ!?」


「貴様を討つ口実ができた――と言えばわかるだろう? その脂肪に手を当てて考えてみろ」


「な、何のことだか……さっぱり……」


 この期に及んで知らないフリをするカロリーヌに対して、アースは心底失望した冷たい眼を見せる。

 どんな汚い人間でもジョセフィーヌの妹ということを考慮して、素直に白状すればまだ情状酌量の余地もあると考えていた自分がバカらしくなったのだ。


「ベルダンディーの暗殺は失敗したぞ。俺の友に守らせていたからな」


「べ、ベルダンディー……!? し、知らない方ですわねぇ……」


「ほう、まだシラを切るか。まぁ、それでも良いが……」


 カロリーヌは内心焦りつつも、激しい怒りを覚えていた。


(あのドワーフ……! ほんっと使えねぇ! あー、気に食わない、気に食わない、気に食わない……。人質としていたお父様を殺しちゃおうかしらねぇ……)


「ああ、そうそう。ちなみに人質となっていたマッスリン家当主――ジョセフィーヌの御父上であり、俺の義父となる方は助けてある。こちらも有能な友がやってくれた」


「なっ!?」


 驚愕の表情に豹変したカロリーヌの前に現れたのは、希代の天才魔法使い――グランツだった。


「やれやれ、腐れ縁のアースの頼みだけなら断りたかったが、ジョセフィーヌさんのためなら仕方がない。人質に剣を突き付けていた物騒な兵士たちは、一瞬で吹き飛ば……もとい眠らせておいたよ」


「だ、そうだ。さすが俺が認めた男だ。ははは!」


 アースはグランツの背中をバシバシと叩いた。

 だが、ジョセフィーヌに選ばれるのは俺だ、と小声でアースは呟く。

 はいはい、とテキトーにスルーするグランツだった。


「で、でも……アタシがやったっていう証拠がないんじゃ――」


「ほう、ブタ」


「ブタ!?」


「どうして俺がここまで段取りよく、ことを進められたと思う?」


「ま、まさか……」


 カロリーヌは気が付いた。

 今ここにいつもいるはずのがいないことに――そして、の最近の行動も何かを聞き出すような言動が多かった。


「トリスが全部バラしてくれたよ」


「トォォォリィィィィスゥゥゥゥ!!!!」


 煮えたぎるマグマのような怒りで全身の脂肪を震わせたが、そこで折れてしまうようなカロリーヌではなかった。


「それはトリスがアタシをハメようと、狂言を!」


「そうきたか」


 あまりの諦めの悪さにアースは溜め息を吐くしかなかった。

 彼はそのまま寝室の中を歩き、揃えられすぎた調度品に目をやった。


「いや~、良い調度品だ」


「きゅ、急に何よ……」


「このレベルの品々は天才芸術家ケイン・エンシェントフォレストくらいしか作れないだろうな」


「ふん、いくらアース殿下といえど、芸術に関する眼はお持ちではないようね。これは別人ので――」


「いいや、ケインのだぞ。なんせ、俺が架空の職人として作らせ、トリスに仕入れさせたんだからな」


「……は?」


 カロリーヌは意表を突かれたが、その意味を理解していなかった。

 敵からの贈り物――その意味を。


「この〝まるで生きているかのような眼を持つ鷹の彫像〟は素晴らしいと思わないか? ああ、でも、この眼だけは無粋だな。この部分を作ったのはグランツ――覗き見するための〝遠隔監視魔道具〟なのだからな」


 アースは小型の水晶を取り出すと、悪巧みを話すカロリーヌの録画映像を投影した。

 それを見てカロリーヌは崩れ落ちてしまう。


「こ、こんな技術が……ありえない……」


「我が帝国は優秀な人材をどんどん引き入れているからな。天才と天才の合作、どうだったかな?」

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