第一皇子アースVS肥満大令嬢カロリーヌ2

 静まりかえる寝室。

 さすがにカロリーヌも観念したかと誰もが思っていたが、そうではなかった。


「ブフ……ブフフフフフフ……!」


「何がおかしい?」


 突如、笑い出したカロリーヌは不気味な表情を浮かべていた。

 それはまるで人間ではなく、顔面の脂肪を歪ませて悪魔のような――


「今世は人間を裏から操ろうとしたけど、もういい。まどろっこしいったらありゃしないわぁ……」


 その言動に兵士たちはざわめいた。

 内容も警戒に値するが、声も人間のものとは思えない。

 まるで脂肪を振動させて発声しているかのように異質なものだった。


「ブヴゥ……。やっぱり、目障りな人間は片っ端から殺しちゃうのが楽ちんねぇ……」


 カロリーヌが一歩前へ出ると、ズシンと地響きが起きた。

 兵士たちは怖気立ち、激しい危険信号を感じ取って、アースを守るためにカロリーヌに向かって抜剣した。


「今からお前を取り押さえる! 抵抗するのなら、腕や脚の一本は覚悟してもらう!」


 ズシンズシンと歩みを止めないカロリーヌに対して、兵士の一人が剣で脚を斬りつけようとした。

 しかし――


「なっ!?」


 剣は、カロリーヌの太すぎる脚に対して傷一つ付けることができなかった。


「アンタねぇ、脂肪が鉄に負け・・・・・・・るわけないでしょ・・・・・・・・


 ニヤッとブタの悪魔の様に笑った。

 それはどんな伝説で語られる悪魔よりも、格段におぞましいモノだった。

 表皮からドプドプと染み出る油、全てを喰らい尽くす大きな口腔、食欲への好奇心に満ち溢れた童のような眼。

 人の形をしているが、人と認識できない。

 五感を狂わせるようなブニョブニョとした人外羅刹のテラースマイルだ。

 兵士は一瞬のうちに絶望して、死を悟る。


「ヒィィィィ!?」


 迫る巨大な脂肪――ぶくぶくに膨れあがった手のひらが顔面に向かってくる。

 兵士には潰される未来しか訪れないと思われたが――


「――本性を見せたか、魔王カロリング」


「ほう、アタシの攻撃を止めるか」


 間一髪で兵士は助かっていた。

 カロリーヌの手を止めたのはアースだった。

 兵士を下がらせ、そのまま自分だけカロリーヌの前に立ち続ける。


「大昔、勇者が討伐したという暴食の魔王カロリング。まさか本当に復活していたとはな」


「ブククク……そう呼ばれていた時代もあったわねぇ。それなら、アタシの恐ろしさも知っているんじゃない?」


 この時代、一番有名な英雄譚がある。

 それは勇者が魔王を討伐したという〝カロリング英雄譚〟だ。

 所々、内容が欠けているものの、暴食の魔王カロリングが世界を滅ぼそうとしたところ、それを勇者が聖剣で倒したというものだ。


「だからこそ、俺は勇者の修行場で身体を鍛えた。貴様が蘇ったときのことを考えてな!」


「なっ!? 素手で!?」


 驚いたことにアースは帯びていた宝剣を抜かずに、素手でカロリーヌに向かって行く。

 意表を突くことが出来たのか、右ストレートがカロリーヌの顔面を捉えた。


「ブファッ!?」


「やはり、剣より拳が効くようだな」


「グッ……ほざけぇ!」


 カロリーヌも反撃を開始した。

 その巨体に似合わず素早い動きで掴もうとするも、アースが華麗に躱してカウンターを決めていく。


「チィッ! すばしっこいわねぇ!」


 人対人とは違う戦いを見て、兵士たちは手を出すことができなかった。

 加勢に入っても足手まといになるとわかってしまったからだ。

 その中で戦闘経験の多いグランツだけが、二人の戦況を冷静に分析できていた。


(まずいな……。たしかに今は一方的に攻撃できているが、カロリーヌの厚い脂肪に阻まれてあまりダメージを与えられていない。それに仮説だが、膨大な脂肪を燃やしてエネルギーにできる奴と違って、アースの体力は有限だ)


 このままだといつか負けると確信してしまったグランツは、極大火魔法の詠唱を密かに始めた。

 アースもそれに気が付いて目配せしてくる。

 タイミングを合わせるということらしい。


「チョコマカと低脂肪がぁ!」


 続く攻防。

 アースの拳は、カロリーヌにストレスを蓄積させていく。


「グガッ!?」


 一際大ぶりなアッパーをタプタプ揺れる下顎に撃ち込むと、アースにも隙が出来た。


「ちょっとだけ痛いわねぇ……けど、もらったわぁ!!」


「今だ! グランツ!」


「ああ!」


 アースはわざと隙を見せて、グランツへ攻撃のバトンを渡した。


「なにぃ!?」


 グランツの杖から炎が溢れだし、それが炎の巨人の腕だけを形作っていく。

 室内用にアレンジして、本来は山サイズである炎を凝縮させたものだ。

 力ある言葉が紡がれ、グランツの鍛え上げられた肉体を触媒として機能させる。


極炎世界ムスペルヘイムの門番にして、黒き炎剣レーヴァテインの担い手よ。終末の祝福ラグナロクを生き延びし我に力を。そして、眼前の小さき者を紅焔の御手で灰燼に帰せ。火極大魔法――〝終焉招きし炎巨人フォルブランニル・スルト〟!!」


 炎の手の五指から紅き奔流が迸り、カロリーヌを握り潰した。

 周囲の調度品や壁などを焦がし、熱によって大気の歪みが発生している。

 この世の理から外れた尋常では無い光景だ。


「やった! 脂肪のバケモノを倒した! さすがアース殿下とグランツ所長だ!」


 兵士たちが戦勝ムードに沸き立つが、アースとグランツだけは炎の中心から目を逸らすことができなかった。

 何か嫌な予感がするのだ。

 その予感は的中してしまった――


「そんな生ぬるい炎じゃアタシの脂肪は燃えないわよぉ……!」


 カロリーヌの声と共に、炎の中から得体の知れない黒球体が飛んできた。

 目標はグランツ。


「なにっ!?」


「危ない!」


 グランツに直撃する寸前に、アースが前に出てそれを自らの身体で受け止めていた。

 苦しそうな表情をして体勢を崩すアース。


「アース!? なぜ庇った!? お前は第一皇子なんだぞ!?」


「ははは……俺より、お前の方が帝国にとって将来重要な人材というだけだ……」


 倒れるアースをグランツは受け止めた。

 目に見える外傷はないようだが、何やら黒い魔力――呪いのようなモノがまとわりついているのを感じ取った。


「もらったわぁ!」


 炎を振り払ったカロリーヌは、倒れているアースに向かって飛びかかろうとしたが、彼は強引に体勢を立て直してカウンターの一撃を放つ。


「チィッ!? 人間っていうのは土壇場で強くなって面倒臭いわねぇ!」


「最後まで頼れるのは鍛え上げられた筋肉ということだ……!」


「きっ、筋肉……!? ブッフゥ……今ここでトドメを刺してもいいんだけど、〝あのときの勇者〟みたいに反撃されても困るわねぇ……。呪いでゆっくりと力を失わせてから、確実に平らげるとしましょうか……。ブフフ……変化してゆく自らの姿に歓喜するといいわぁ……」


 カロリーヌは愉悦だと言わんばかりの表情をしてから、窓ガラスを突き破って野外へと脱出した。

 ここは二階だが、地面にバウンドしつつ高速移動して、ダンジョンのような地下の下水道へと逃げてしまった。


「ま、待て貴様……逃げる……のか……」


「お、おい。大丈夫か! アース、しっかりしろ、アース!」


 そのままアースは気を失ったのだった。

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