皇子殿下の策略

「なっ!?」


 ベルダンディーは驚き、瓶に残った毒薬をペロリと舐めてみる。

 すると、最初は緊張で気が付かなかったのだが、甘い――砂糖の味がした。


「いつから気付いていたのですか……」


「最初からだぞ」


 アースは意地の悪い笑みを浮かべ、小さなベルダンディーを見下していた。

 ベルダンディーはそれに憤りを感じて、怒りの表情を見せる。


「なんてことをしてくれたんですか! 私が生きたままだと、ご当主様が! どちらでもいい、早く私を殺してください!」


「なぜ俺が、そんなつまらないことをしなければならない?」


「つ、つまらない……!?」


 アースは大声で笑った。


「ハハハハハ! すまぬすまぬ、小さな侍女よ。もう手は打ってあるということだ」


「ど、どういうことですか……」


「そうか。有能すぎる俺は忘れていたが、凡人を相手にするには説明というものが必要だったのだな。よかろう」


 傲慢すぎる言葉に、ドレッドが『これでもアース殿下は悪い人間ではないので……』と小声でフォローを入れていた。

 ちなみにドレッドも多くを説明されていなかったのだが、長い付き合いで慣れっこなのだ。


「どこから話そうか。まず、カロリーヌがジョセフィーヌ暗殺を狙うというのは当然のように読んでいた。だが、この山は結界があって、〝主〟に害意を持つ人間を迷わせるようになっている」


 カロリーヌが大量に送った兵士が辿り着けなかったのも、そのためだ。

 辿り着けたトリスの場合は、ろくでなしだがジョセフィーヌへの害意だけはなかったのだ。


「そこで辿り着けるとしたらジョセフィーヌに害意を持たない人間で、あのジョセフィーヌを暗殺できるくらいに油断させられる人員――となれば限られてくる。まぁ、結局は害意を持たないから見せかけの暗殺になるだろうとは思っていたがな」


「そこまで考えて……」


「万が一というのこともあるので、ドレッドをトレーニングという名目で護衛に付かせたというわけだ」


「さすが帝国を繁栄させた立役者……アース第一皇子にございます……。しかし、それなら……ご当主様もお救いすることができたのでは……。やはり貴方のような人を人とも思わず試すような方は、ジョセフィーヌお嬢様に相応しくありません」


 ベルダンディーからしたら、アースはすべて把握していたのに高みの見物を決め込んでいて、大切な恩人を見殺しにしたようなものだ。

 決して許せるような存在ではない。


「この俺が何もしていなかったと思っているのか? すでに手は打ってあると言っているではないか」


「……え?」


「というわけで、俺が今から王都に行ってすべて解決してきてやる。義理深いドワーフの侍女よ、もう殺すとか死ぬとかバカな真似は止めておけ。ジョセフィーヌが悲しむ」


 アースは以前のように走って王都に向かおうとしていた。

 それに対して、何も把握できないベルダンディーが当たり前すぎる質問を投げかけた。


「ど、どうやって解決なさるおつもりで……?」


「国家機密だ、ははは!」


 いつものように馬鹿笑いをしながら、アースは去って行った。

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