暗殺者の正体

 料理を食べ、酒を飲み、各自の思い出話に花を咲かせた後――夜も深まって全員が布団に入っていた。

 いつもの通りにジョセフィーヌがベッドを誰かに譲ろうとしたのだが、他の三人は有無を言わさず断って床で寝ていた。

 仕方なくジョセフィーヌもベッドで横になると、筋肉を癒やすためにすぐに眠ってしまった。

 それからしばらく経つと、聞こえるのは寝息と、木々の葉擦れや虫の声だけになった。


「……」


 その中の一人がスッと音も無く立ち上がり、ジョセフィーヌの眠るベッドへ近付いた。

 手には鋭いナイフ、目は決意と覚悟が満ちている。

 段々と呼吸が荒くなり、ナイフを高く掲げてジョセフィーヌに振り下ろそうとしていた。


 刹那――


「暗殺をするにしてはバレバレだ」


「ッ!?」


 キィィンという金属音。

 振り下ろされるはずだったナイフが、ドレッドの赤い剣・・・・・・・・によって弾かれていた。


「自らの主人であるジョセを手にかけようとするとはな――ベルダンディー・・・・・・・


 明かりが灯され、眉間にシワを寄せた獣のような表情のドワーフが見えた。


「いつから気付いていたのですか……ドレッド・モーレ……」


「ククク……」


 まだスヤスヤと寝ているジョセフィーヌを守るように立つドレッドは、意味深に口角を吊り上げた。


「ここにやってきてから毎晩、ずっと起きていた。剣も点検しつつな!」


「ま、毎晩ずっと……!? それなら意表を突けないわけですね……」


 毎晩枕元で、男が剣を点検しながらジロジロと見ていたという事実。

 普通ならドレッドの方が不審者に見えていたはずなのだが、ジョセフィーヌは寝付きが良くて気が付いていなかった。


「それなら力尽くでジョセフィーヌお嬢様を殺すまでです……!」


 ベルダンディーはドワーフが持つ力を解放した。

 蓄えていた腕の筋肉を放出することによってパンプアップし、丸太のように膨れあがっていく。


「私は腕の筋肉を司る家の生まれ……。ジョセフィーヌお嬢様ほどではありませんが、日々ダンベルで鍛えた腕力を味わって頂きます……!」


 ベルダンディーは偶然落ちていたヤシの実を片手で掴み、人間の頭部を砕くかのようにグシャッと握り潰した。


「さぁ、この私を止めるには殺すしか――」


 ベルダンディーがヤシの実を投げ捨てながらドレッドに向かって走り出した瞬間、目の前にいたはずの彼は消えていた。


「なっ!?」


「以前の運動不足な我だったら殺して止めるしかなかったのだろうが、今の最盛期に近い我なら貴様の動きは止まって見える」


 ドレッドは瞬きの瞬間で距離を詰めたのだ。

 その動きはジョセフィーヌがコカトリスと戦っていたときのモノのようだった。

 そのままドレッドは、がら空きだったベルダンディーの足元に前足を差し込み、とある国で習得した鉄山靠てつざんこう――背中による体当たりをぶちかました。


「ハッ!!」


「ぐぁぁッ!?」


 耳をつんざく破裂音。

 鉄山靠の衝撃は全速力の大猪がぶつかったようなものであり、ベルダンディーは山小屋の外まではじき飛ばされていく。

 地面にバウンドしながら、木にぶつかってようやく止まった。

 夜の静けさが戻る。


「どうだベルダンディー。夜風で頭は冷やせたか?」


「いいえ、この程度ではまだ……。私のジョセフィーヌお嬢様を殺すという意思ねつは冷めません……」


 立ち上がったベルダンディーは満身創痍だが、その眼に宿る覚悟は弱まっていなかった。

 それを見たドレッドは一つ質問をした。


「なぜ、主人であるジョセを殺そうとしている? 貴様はジョセを妹のように想っていたのではないのか?」


「ええ、その気持ちには嘘偽りはありません。しかし、私にはそれ以上に大切な恩人がいるのです」


「……ジョセフィーヌの父親か」


 ベルダンディーが王都にやってきて、そこで助けてくれた恩人であるマッスリン家当主――つまりジョセフィーヌの父親である。


「カロリーヌお嬢様は、ご当主様を人質に取っています。私は御命令に従うしかないのです」


「自分じゃ政治的に手を出せなくなったから、今度は人質を使って身内に暗殺させようということか……。カロリーヌという女、その執念は……さながら我ら魔族のようだな」


 ベルダンディーは恩人のために引く事ができない。

 自らの手で妹のように想っているジョセフィーヌを手にかけるため、再び山小屋を目指そうとする。

 しかし、鍛え上げられたドレッドによって一瞬で組み伏せられた。

 体格差もあり、土に顔を付けながら呻くしかできない。


「くっ」


「我が守る限り、ジョセは殺させない」


「……では、もうこうするしかないですね」


 ベルダンディーは組み伏せられつつも一瞬の隙を突いて、空いていた片腕で小瓶を取りだし、蓋を開けて中の白い粉を口に入れた。


「む、貴様。何を口に入れた……!?」


「致死量の毒薬にございます」


「まさか……殺気が感じられないと思ったが、最初から死ぬ気で!」


 ドレッドはベルダンディーを放して薬を吐かせようとしたが、すでに飲み込んでいて無駄だった。


「そんなの当たり前じゃないですか。可愛いジョセフィーヌお嬢様を手にかけることなんて出来るはずもありませんし、命令に背けばご当主様が殺されてしまう。それなら〝やってみてダメだった〟と偽って死ぬことにかけるしかないのですよ。死んだ無能な侍女のために、まだ利用価値のあるご当主様を殺す必要もないですし」


「我に殺されるためにわざと……」


「ドレッドさんは魔族らしからぬ、とんだ腰抜けだったので計画は失敗です。毒薬で死ぬなんて情けない」


「お、おい、待て! 貴様、死ぬな!」


 ベルダンディーはフッと笑顔を見せた。


「お嬢様のこと、頼みました。お優しいあの方は、きっと悲しんでしまうでしょうから……」


「ベルダンディー!!」


 目をつむり、そのときを静かに待つ――のだが、なかなか死なない。


「……変ですね。猛毒のはずなのですが」


 疑問に思い始めたベルダンディーだったが、その視線の先に――ゆったりとした威厳ある歩き方で近付いてくるアースが見えた。

 手には砂糖の袋。


「すり替えておいたのさ」

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