ドワーフの侍女の過去
種族が違えば、差別されるのは当然だった。
それがたとえ、人間の勇者に憧れ、精一杯勉強して素養を付けて、やっとの想いで遠い遠いドワーフの里からやってきた少女に対してもだ。
「わぁ、ここが人間の国なんですね!」
ドワーフの少女――ベルダンディーは、住んでいた暗くホコリっぽい鉱山都市とは違う、明るく清潔な王都の光景に眼を奪われていた。
憧れだけでドワーフの里からやってきたのだが、そのかいがあったと思った。
いつもは鉱石掘りの手伝いで煤に塗れた服を着ていたのだが、今は白く綺麗な服を着ている。
両親が『いつの日か必要になるだろう』と、大事にこしらえていた物だ。
身だしなみにも気を遣っている。
ドワーフは男女ともに毛むくじゃらになってしまうため、人間女性に合わせてムダ毛もキチンと処理してきたのだ。
「ふふっ、この日のために努力してきましたからバッチリですね」
これでどこからどう見ても人間の少女に見え――るはずはなかった。
「うへ~、ドワーフがいるぜ。変な病気を持ってそう」
「えっ?」
王都の人間たちから心ない声が聞こえてくる。
ベルダンディのずんぐりむっくりとした体型と、尖った耳は隠しようがない。
自分では溶け込めていると思っていてもすぐにバレてしまったのだ。
「わ、私はドワーフだけど、変な病気なんて持ってないです。ただ人間の方と仲良くなりたくて……数ヶ月かけてやってきて……」
「気持ち悪い。寄るな、ドワーフ風情が」
当時のまだ選民意識の激しかった王都では、他種族を見下す傾向にあったのだ。
周囲に、悪意による人の輪ができはじめた。
ベルダンディーに向けられる蔑みの眼が数十も集まる。
「ドワーフってハンマーで鉱石を叩くように、人間の頭を叩くんでしょ……怖いわぁ」
「我が国の鉱物資源でも狙いにきたスパイか?」
「可哀想な体型、生きてて楽しいのかしら……」
最初は言葉による攻撃だったが、ベルダンディーが反撃しないと見ると今度は石が飛んできた。
「痛っ」
「ほら、大好きな石っころだぞ!」
「ドワーフは小さいから的当ての難易度が高いなぁ」
「狩猟用の弓でも使うか? ガハハ!」
ベルダンディーの顔は投石で流血し、両親に作ってもらった服は汚れてしまった。
だが、一番痛かったのは心だ。
お話に出てきた憧れの人間の勇者と違って、王都中央に住めるような裕福な貴族は腐っていた。
憧れとのギャップで絶望のようなモノを感じて、心の痛みでベルダンディーは失意の中で泣くことしかできない。
しかし――
「止めないか、馬鹿者共め! 種族で相手を決めつけるとは、それでも人の上に立つ貴族か!」
「ひぃっ!? マッスリン家の当主……!?」
そこへ、ただ一人だけ止めに入る紳士がいた。
青い眼、金色の髪、凜とした立ち振る舞い――そして何より特徴的なのが、鍛え上げられた男性的な筋肉。
肩幅が広く、恵まれた体格だと貴族服の上からでもすぐにわかった。
それは伝承にあった存在に似ている。
思わずベルダンディーは『勇者様……』と呟いてしまった。
「もう大丈夫だ」
そう優しい声をかけられてハッとすると、すでに周囲の悪い貴族たちはいなくなっていた。
どうやら、マッスリンと呼ばれた紳士が追い払ってくれたようだ。
「あ、ありがとうございます……」
ベルダンディーはその場から逃げ出すように立ち去った。
現実の人間種族たちを見て、それが良い存在なのか悪い存在なのかわからなくなって混乱してしまったのだ。
それから――今更ドワーフの里に戻るわけにもいかず、王都で仕事を探し始める。
そのために職業斡旋状に赴いたのだが、受付が人間用と他種族用に分かれていた。
人間用と違って、他種族用はろくな仕事を紹介してもらえないし報酬も安い。
それでも生きるために金は必要なので、他種族たちで必死に取り合うのだ。
「臭いばかりは慣れない……」
ベルダンディーに残されていたのは、ドブさらいだった。
ドブさらいと言ったらイメージ的には側溝などのドブを掃除するように思えるのだが、それは違った。
王都に作られた地下ダンジョンのような下水を探索して、掃除がてら貴重品が落ちていないか漁るのだ。
「ネズミに噛まれたら本当に病気になりそうだし、怖いですね……」
数百匹を超えるネズミや、どこからか紛れ込んできた小型のモンスター。
それに毒性のあるガスや、病原菌などの危険も多かった。
「鉱山も過酷な環境でしたが、ここも大変です……」
力仕事ならベルダンディーも体力に自信があるので平気だ。
しかし、ドワーフの主戦場である鉱山と違って、真っ正直にそれだけやっても他種族ということで稼ぎを中抜きされて低賃金なのだ。
ベルダンディーの気は滅入る一方だった。
そういう事情もあり、王都のドブさらいたちがやっているのが、落ちている貴重品を換金することだ。
金脈を掘るような楽しさをそこに見いだすくらいしか、もうベルダンディーにできることはない。
「何か良い物が落ちていれば、それを売ってカビたパン以外も食べられますかね……」
ドブさらいをやって数ヶ月が経った。
王都の貧乏暮らしにも慣れてきてしまい、ふくよかなドワーフ体型だったベルダンディーもすっかりとやつれている。
それとドワーフ体型といえば低身長なのは臭い汚水から近くてデメリットだと思っていたが、意外にも落ちている物は見つけやすかった。
「あ、あった!」
じっとりとした下水道に数時間籠もり、ようやく貴重品を見つけることに成功した。
落ちていたのは、緑色の宝石が付いた綺麗なブローチだった。
これを売ればお腹いっぱい食べられるという喜びで満たされる。
「今日はこれで撤収!」
ネズミに襲われない内に下水から出ることにした。
汚れた外見のままだが、空きっ腹でそんなことも気にしていられない。
下水から這い上がって出口に近い質屋へ向かおうとしていると、大通りで以前見かけた紳士がいた。
「あ……」
ベルダンディーはお礼を言おうと一瞬思ったのだが、今の自分を思い出した。
汚水で汚れたドブさらい。
すれ違う人間も避けて通っている。
しかも他種族であるドワーフだ。
きっと迷惑がられるだろう。
そのまま質屋に向かおうとしたのだが、紳士は何か落とし物を捜しているようだった。
「……もしかして」
ベルダンディーは手の中にあるブローチを眺める。
きっとこれなのだろうという予感がするのだが、渡してしまってはまともな食事が買えなくなってしまう。
それに汚いドブさらいが渡しても、盗んだとも勘違いされる可能性すらある。
何もメリットがない。
脳裏にかすめるのは、やってきたときに味わった人間たちの悪意。
――しかし、ベルダンディーは勇気を振り絞って、汚れが付いたままの笑顔でブローチを渡すことになる。
それはなぜか?
人間の勇者への憧れはどんなモノにも汚されないで、ずっと胸に秘めていたからだ。
その行動が紳士――マッスリン家の当主であるジョセフィーヌの父に
最初は周囲の目は奇異に満ちていたが、そこから立派に勤めあげて徐々に信頼を勝ち取っていった。
後に生まれたジョセフィーヌ専属の侍女を任されるようになったほどだ。
恩人から託された大切な娘。
時には母のように、時には姉のように、だが――決して侍女の立場は逸脱せずに見守ってきた。
そのために悪役令嬢と噂がたち、追放されてしまうことを止められなかった自分を後悔していた。
貴族たちに対して、ただの侍女が反論すればそれは殺されても仕方のないことだったのだが、それでも止めなければいけなかったのだ。
***
そういう想いがあったからこそ、今の幸せそうなジョセフィーヌを見て――
「もう、ベルダンディー。お酒を飲んで泣き上戸になっていますわよ」
「ジョセフィーヌお嬢様……お幸せに……」
侍女らしからぬ感情を持ち、目頭を熱くさせて大粒の涙を流していた。
――それを眺める黒騎士ドレッド・モーレの表情は、今にも剣に手をかけそうなくらい険しいものになっていた。
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