第三章

新たなる筋トレ志願者

「今日も清々しい朝ですわ~」


 ジョセフィーヌは山小屋で普段通りの筋トレ――片手逆立ち腕立て伏せをしていた。

 あの王都での出来事のあと、アースから安全な帝都に来ないかと誘われたのだが、そこまで迷惑をかけられないと断ってしまったのだ。


「それに帝都より、この山の方が筋トレに適している気が……!」


 本音はそちらである。

 騒音を気にしなくて良いし、全力ダッシュしても平気な広さ、川があって、自生している野菜や、洞窟に自生しすぎている良質なタンパク質などが沢山いる。

 まさに集中して筋トレだけするのなら最高の環境なのだ。

 しかし――


「今日は仕留めてきたモンスターを塩焼きにでもしようかしら……って、もうお塩がなかったのですわ……」


 人は筋トレのみに生きるにあらず。

 どうしても山中での生活だけでは手に入りにくい物がある。

 ジョセフィーヌは数ヶ月間も山中で暮らしているが、現地で取れる物以外はどうしているのかというと。


「そろそろ、あの子がやってきてくれる日にちだったかしら」


 筋肉時計――トレーニングの日数などで計る体内時計によって、そう感じ取っていた。

 それは当たりのようで、遠くから馬車の音が聞こえてきた。

 ずっと片手逆立ち腕立て伏せをしていたジョセフィーヌは、そのまま高く飛び上がって着地。視界に映る逆だった天地を元に戻した。

 外に彼女を出迎えに行く。


「ジョセフィーヌお嬢様、物資をお持ち致しました」


「ありがとう、ベルダンディー」


 たっぷりと木箱が詰まれた馬車を操っていたのは、三つ編みをしたメイド服姿の小さな女の子だった。

 彼女――ベルダンディーはジョセフィーヌの侍女で、王国時代からの付き合いなのだ。


「……と、アースも一緒なのね」


「ふはは、ジョセフィーヌ! 今日も会いに来た!」


 ベルダンディーの横に座っていたのは、相乗りしてきたであろう、本物の帝国第一皇子だと判明してしまったアースだった。

 今日も無駄に上機嫌に笑っている。


「今日も、って……こんな山通いして公務とかは平気ですの?」


「心配いらん! 有能な俺は、すでに自分がいなくても成り立つようにシステムを組み上げている! 想定外のことが起こったらグランツに丸投げして超技術で解決してもらえばいいしな!」


「グランツさんに同情ですわ……」


 アースに巻き込まれて悲鳴をあげているグランツの図が目に浮かぶようだった。

 きっと、帝国に行ったケインもそうなるのだろう。

 このアースは厄介事を持ってくる天才だ。


(それが侍女であるベルダンディーと一緒にやってきたということは……)


 ジョセフィーヌはハッとした。

 また誰かを鍛えろと言ってくるに違いない。

 心底胡散臭そうな目付きでアースを見てしまう。


「二人が一緒にやってきたということは、まさか次は筋トレでわたくしの侍女であるベルダンディーを鍛えろと……?」


「ははは、ジョセフィーヌ。いったい何を言っているんだ。侍女を筋トレで鍛え上げるとか発想がおかしいぞ?」


「魔法使いと芸術家の悩みを筋トレで解決させたアースには言われたくないですわ……。一発ぶん殴ってもいいかしら?」


「ははは、それは死ぬ」


 良い笑顔で答えるアース。


「けど、鍛えてもらいたい奴がいるというのは正解だ。もう少しあとにやってくると思うが、さすがに今回は一筋縄ではいかないかもしれない」


「もうどんな職の方が来ても驚きませんわ。料理人さん? 漫才師さん? それともひよ子の♂♀を選別する鑑定士さん?」


 ジト目のジョセフィーヌの視線を受け、アースは間髪入れず答えた。


「騎士だ」


「……き、騎士さん。えーっと、普通なのでは? というか、ようやく筋トレが必要なスタンダード職が来たという感じですわ!」


 今までが無理難題だったため、身体を鍛えてもらって強くなって解決という道筋が見えている騎士なら、それはもう楽勝だとジョセフィーヌは思っていた。

 それを見るまでは。


「お、噂をすればやってきたな」


 ガチャンガチャンと鎧の音を響かせながら誰かがやってきた。


「紹介しよう、彼がドレッド・モーレ――俺の知り合いの騎士だ」


「コーホー……コーホー……」


 歩いてきたのは――照りつける太陽の中、黒い全身鎧を頭までキッチリと装備して、蒸発した汗らしきモノをモクモクと雲を作りそうなくらいにあげながら、今まさに地面にぶっ倒れて死んでいる物体である。


「彼は諸事情により鎧が脱げない」


「……いきなり死にましたわ」


 アースがサラッと言っているが、ジョセフィーヌは思考が停止してしまっていた。

 荷物の積み下ろしをし始めようとしていた侍女のベルダンディーがボソリと呟く。


「ジョセフィーヌお嬢様、お墓を作った方が良いでしょうか?」

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