寝室で男女二人
「ジョセフィーヌ、いいよ。すごくいい」
「あ、あまり見ないでください……」
寝室で興奮するケインの声と、恥ずかしそうにするジョセフィーヌの声が聞こえている。
「どうしてだい? こんなにも美しいのに。それを見るなというのは芸術の神への冒涜だ」
「で、ですが、恥ずかしいものは恥ずかしいですわ。このような行為…………
ケインはベッドで横になりながら、スケッチブックと木炭を持っている。
その視線の先には椅子に座り、微動だにできないまま固まっているジョセフィーヌがいた。
もちろん服は着ている。
「なるべく時間を無駄にしたくないから、眠くなるまでデッサンして彫刻のイメージを深めておこうかと思ってね」
「そもそも、どうしてわたくしを彫刻のモデルにしようと?」
「キミが追放されたと聞いてね。その理由は根も葉もない言いがかりだと憤慨してしまい、見れば誰もが凄いと思うキミの像を作ってやろうと思ったんだよ」
「そ、そんな理由のために、処刑されることも厭わず作業をし続けていたというのですか……?」
ケインの身に降りかかっている問題は、今すぐ逃げ出してしまえば解決するものだ。
ジョセフィーヌからしたら、自分の像を作るために命を投げだそうとしているなんて考えられないだろう。
しかし――
「私の芸術家としての命は、あのときのジョセフィーヌによって削り出されたモノなんだ。己を鍛え上げるキッカケをくれたキミへの恩返しできないのなら、そんな命は必要ないのさ」
「熱い……ですわね……」
「窓でも開けるかい?」
「そうではなくて……ケインのハートが、24時間耐久筋トレしたときのように熱いという意味ですわ」
「それは光栄だね。あとはそのハートをジョセフィーヌの像に込めるだけさ」
……しばらくスケッチをしたあと、ケインはスゥスゥと寝付いていた。
ジョセフィーヌはその寝顔を見て、子どもの頃の無邪気な彼を思い出す。
「可愛い寝顔だこと」
そう小さく呟き、部屋の外に出て重力百倍で筋トレを再開した。
***
――そして、三日後がやってきた。
白く輝くような高い壁の王宮、その庭園は綺麗に緑が刈り揃えられていた。
今日は珍しく、門が開かれて民衆たちに解放されていた。
「カロリーヌの彫像のお披露目でオレたち呼ばれたんだってよ……」
「誰が好き好んで、一般人にまで無理難題を押しつけるブタのために……」
「シッ、聞こえたら処刑されるぞ……?」
民衆たちの気持ちは沈んでいた。
王国でのパワーバランスがカロリーヌに傾いてから、その重い体重のような負担が下の者にまでのしかかってきているのだ。
税は上がり、食料は王宮に徴集され、カロリーヌを褒め称えよと兵たちが見張る。
噂では婚約者となった第二王子のトリスだけではなく、王国内の様々な権力者を掌握し始めたとも言われている。
「ジョセフィーヌ様さえいてくれたら……」
彼らは、よくお忍びで街にやってきていたジョセフィーヌのことを思い出す。
口調や仕草はどう見ても悪役令嬢そのものだが、教会の支援をしながら親のいない子どもたちに勉強を教えたり、国民の声を聞いて街の整備を進めたり、ご老人の家を声かけついでに話し相手として回っていた。
間違いなく、国民からの人気があったのはトリスやカロリーヌではなく、ジョセフィーヌだった。
しかし、甘い汁を吸いたいだけの貴族からしたら、金を国民のために使ってしまうジョセフィーヌは目障りだった。
そのため、大勢の貴族たちがジョセフィーヌの追放の後押しをしたのだろう。
――そんなひそひそ話をする彼らの足元から、何か大きな震動が伝わってきた。
「ブッヒィィィ! 何かジョセフィーヌって聞こえたわねぇ……アタシがこの世でもっとも嫌いな名前よ!」
ジョセフィーヌの話を耳ざとく聞いたカロリーヌが、ドシンドシンと巨体を揺らしながらやってきた。
庭園は揺れて葉が落ち、地面に深い足跡が付いている。
招待された一般人たちは震え上がる。
「ひぃっ!? かっ、カロリーヌ…………様! お助けを!」
「そうね、良いことを思いついたわぁ。許してあげてもいいわよぉ?」
どうやらカロリーヌにも、脂肪だけでなく人の心もあったようだとホッとした。
「あ、ありがとうござ――」
「今から食べる揚げバターの中がベーコンだったら助けてあげる。その代わり、チョコレートだったらこの場で今すぐ処刑ねぇ。……まぁ、今日はチョコレートの日なんだけどぉ」
「そ、そんな理不尽な!?」
「いただきま~~~……」
腕の太さほどもあるバターを油で揚げるという狂気のおやつ――特大揚げバターを持ち上げて、一口でペロリと食べようとしていたカロリーヌ。
だが、そこにローブを深く被った顔の見えない女性がやってきた。
「お待ちになって。天才芸術家であるケインさんの傑作が披露される場、血で汚しては勿体ないのですわ」
「あらぁ、たしかにそうねぇ……って、この声どこかで聞いたことが……」
カロリーヌは何か違和感を覚えたが、その女性はすでに遠く離れたところに移動していた。
ケインの横にいるので、助手か何かだろう。
「まぁいいわ、今日は気分もいいし」
カロリーヌは巨大な揚げバターにかじりついた。
ブッシャアアアアと溶けたバターとチョコが噴き出す。
「アタシの威光を輝かせる日なんですから。ブッフゥ!!」
笑いなのか、ゲップなのかわからないカロリーヌのおぞましい声が響き渡った。
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