復活、アクヤクレイジョー
「ふぅ……民を助けるためとはいえ、カロリーヌに声をかけるのはリスキーでしたわ……」
ケインの助手としてやってきているジョセフィーヌは、ローブを深く被って正体をバレないようにしていた。
なぜ、王宮という敵のまっただ中にいるかというと、アースが用意していたという計画のためだ。
現在、ケインが作った彫像を王宮入り口前に運び込んで、布をかけている状態。
計画の詳細は聞かされていないが、アースが何やら企んでいるらしい。
「それにしても、カロリーヌ……あんなに太ってしまって。まるで別人ですわ……」
記憶の中にある妹の姿は、少しぽっちゃりしていて可愛い程度だったのに、今のカロリーヌは人間の骨格に大量の肌色スライムをまとわりつかせたようになっている。
人間と表現するよりはモンスターだ。
それに外見だけではなく、性格も大きく変わっているように思えた。
カロリーが人間をあそこまで変化させたのだろうか。
「衝突するのは……避けられないかもしれませんわね。けど、ひらひらのローブのままで激しい動きをすると顔が見えてしまうかもですわ」
そうジョセフィーヌが悩んでいると、ケインから声をかけられた。
「もうそろそろアレを披露するよ、
「あ、はい。わかりましたわ」
今は目の前のことに集中しなければと切り替えて、布のかけられた彫像の横にスタンバイした。
招待客たちも王宮入り口周辺に集まってきている。
もちろん、カロリーヌも蜂蜜を大ジョッキで飲みながら観覧中だ。
「さぁ、お集まりいただいた皆さん、大変長らくお待たせ致しました。この天才芸術家である私――ケイン・エンシェントフォレストが作り上げたもっとも美しい作品を披露致しましょう」
ケインは全員の目の前に現れ優雅に一礼した。
招待客たちの反応はあまり芳しくなかった。
事前に聞かされていたカロリーヌの像など見たくないからだ。
しかし、カロリーヌ本人は大盛り上がりだ。
「まぁ、アタシがもっとも美しいだなんてぇ! 本当のことだけど恥ずかしいわねぇ! あとで天才芸術家ケイン様にも蜂蜜をジョッキ一杯差し上げましょうか!」
タプタプの二重アゴを大きく下げて周囲に蜂蜜を飛ばしている姿は、まさに揺れる脂肪の塊。
最前列にそんなのがいるのも気にせず、ケインは透明感ある笑顔を見せ続けていた。
「カロリーヌ様には大変お気に召していただけると思います」
「ブヒヒヒヒヒ」
「では、どうぞ。タイトルは〝我が愛しの君〟です」
ケインが合図をすると助手によって、彫像に覆い被さっていた布がバサッと取り払われた。
「ブヒヒ……ヒ……?」
中から現れたのはカロリーヌの像ではなく、ジョセフィーヌの像だった。
カロリーヌの顔が凍り付く。
逆に他の招待客たちは大いに沸き立つ。
「ジョセフィーヌ様だ!」
「なんとお美しい……」
「街で見かけたときよりも引き締まっていて力強く、それでいて女としての……いえ、母性すら感じる愛が伝わってくるわ!」
男女問わず、大絶賛されていた。
それもそのはず、ただの彫像ではない。
元のジョセフィーヌが美しいというのはもちろんだが、王宮の入り口に設置するというのを考えて設計されているため、見る者との位置関係を考えているのだ。
それはつまり――
「なるほど、ケインが実寸大のわたくしではなく、身体の細部の大きさを変化させていたのはこういうことなのですわね」
「その通りだよ。手前と奥で手脚の大きさを変える、トリックアートじみた方法ならジョセフィーヌのオーラのようなものを再現出来ると思ってね」
歓声に紛れてジョセフィーヌとケインはそんな会話をしていた。
しかし、激怒するカロリーヌの野太い声によって会場は静まりかえる。
「ブッキィィィィィ!! なんなの!? なんなのよこれぇ!? お姉様――ジョセフィーヌの像じゃない!? どういうことなのケインンンンンン!!」
「ああ、だから言ったろう? 私が作り上げた〝もっとも美しい作品〟ってね。第一、カロリーヌをモデルにした彫像なんて美しくしようがない。そうだな、もしそっちにタイトルを付けるとしたら〝ジャブ・ザ・ファット〟なんてどうだろう?」
「……もういいわ。怒りすぎて大事なカロリーが燃えてしまいそうよぉ。ケインを即刻処刑なさい! ジョセフィーヌの像もぶち壊しよ!」
そのカロリーヌの声で兵士たちが一斉にやってきた。
今回は全身鎧だけではなく、剣で武装している。
巻き込まれるのが怖い観客たちは逃げ出してしまう。
「……おいおい、我が旧友アース。計画とやらは間に合わなかったのか」
この場にいないアースに対して、ケインは毒づくしかない。
いくらなんでも、大量の兵士相手にどうにかできるはずが――と思ったが、こちらにはジョセフィーヌがいると気が付く。
「いや、でも、さすがにこの数が相手じゃ……」
「ケインさん、下がってらして」
「……マジかい? け、ケガはしないようにね」
ここからの主役はジョセフィーヌにバトンタッチとばかりに、ケインは後ろへ下がることにした。
悔しいが、芸術家は戦闘ができない。
噂に聞いただけだが、同じような分野にいても戦える〝帝国の魔道具作りの天才〟とやらが羨ましい。
「さて、どうしましょうか……」
前に出たジョセフィーヌだったが、悩むところがあった。
それは兵士の多さなどではなく、自らの正体によるところだ。
このまま戦えばヒラヒラのフードから顔が出て正体がバレてしまい、
たとえば、ジョセフィーヌを慕っていた一般人への八つ当たりなど。
あとは第二王子トリスを争って令嬢姉妹同士の戦いとでも噂されたら、個人的に嫌なのもある。
「何か、もっとちゃんとした物で顔を隠さないと……」
顔を隠すというので思い出されたのは仮面舞踏会だ。
あれくらいのマスクがあれば……と思ったのだが、顔半分隠れるマスク程度では正体がバレてしまう可能性もある。
もっとしっかりとしたマスク――
「そうだ、ケインの作ったマスクさえあれば! …………でも、あれはもう」
失われてしまったマスク。
自分が好きだった〝鋼鉄天使アクヤクレイジョー〟のマスクだったため、その造形が事細かに脳内に蘇ってくる。
そのとき、常に持ち歩いている鉄球が輝きだした。
「こ、これは!」
鉄球を取り出すと、手のひらで変化し始めた。
それは見間違うこともなく、あのマスクだ。
「ふふ、ケイン。やはり、このマスクはわたくしに相応しいですわ」
「あ、ああ、うん……うん?」
まだ常識が頭に残っているケインは、突飛すぎる状況を理解できないため真顔で頷く。
そんなことはお構いなしに、ジョセフィーヌは元鉄球のマスクを両手でガッと掴んで、頭に勢いよくはめ込んだ。
ジャストフィット。
筋肉の発するスチームが放出される。
ギラリと輝く眼光以外は神聖な気配のする金属で覆われ、横には力強いゴールドドリルが二本、髪のように揺れている。
腕を組んで堂々と仁王立ちする姿は――ただ者でない。
「あ、あなた……何者よ!?」
ついカロリーヌがそう聞いてしまう。
ならば――とジョセフィーヌだった存在は答える。
「わたくしは通りすがりの〝アクヤクレイジョー〟ですわ!」
「な、なんですってぇ!?」
ちなみにケイン設定の〝鋼鉄天使アクヤクレイジョー〟は、アクヤとクレイとジョーが力を合わせて合身した存在から取った名前なので、悪役令嬢ではない。アクヤクレイジョーだ。
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