昔話、思い出のマスク
それはまだケインが幼い頃――芸術家でもなかったときの昔話。
小さなケインは、貴族になったばかりの親に連れられて、王宮で催されている
そのマスクを被る舞踏会というのはユニークだと感じて、手先が器用なこともあって自作のマスクを用意した。
画一的なハーフマスクのようなものではなく、頑丈で強そうな金属製のフルフェイスだ。
黄金のドリルも二本付いている。
それを被ってケインは仮面舞踏会の煌びやかな会場に乗り込んでいったのだが――
「なに、あの子ども……見かけない変なマスクね……」
「ああ、そうそう。今日新しく参加したのは、商人から成り上がった下品な親子だったわね……」
「クスクス……やはり高貴な血でないと、高貴な子は生まれないのね」
ケインは指差されて笑われていた。
思わず悔しい気持ちになってしまう。
顔を隠した仮面舞踏会とはいえ、そこには繋がりがあり、大体の人間が誰が誰というのを把握しているのだ。
そして、純粋な貴族にとって、金で貴族の地位を買った商人は目の敵にされる存在だ。
ケインもまた、その子どもとして敵意に晒されている。
しかし、ケインはその事が悔しかったのではない。
自分が作ったマスクがバカにされたのが何よりも悔しかったのだ。
まだ地位もなく何者でもない子どものケインは、ただそこで歯を食いしばり、両手を握りしめることしかできなかった。
そんなとき、同い年くらいの令嬢がやってきた。
高価な黄金のマスクに、宝石を散りばめた赤いドレスで、自信たっぷりの歩みで近付いてくる金髪縦ロール。
「あら、ほんと。変なマスクね」
彼女も最初はそう言った。
ケインは自信をなくして、その場から去ろうとしたのだが――
「でも、わたくしクラスになると、このくらい突飛なマスクじゃないと美しさを隠しきれないかもしれないわね。うん、なかなか良いじゃない」
名も知らぬ令嬢が凜とした声で言った。
その声に周りの貴族たちがざわめく。
「ジョセ……いえ、赤いドレスのご令嬢、何を仰っているのですか!?」
「そ、そうよ! だって、そいつはたかが偽貴族の商人の子で……」
「お黙りなさい。こんなにも磨かれたマスクを血筋だけで判断するとは……。わたくしの爪ヤスリで、あなた方の曇った眼球も磨いた方がいいかしら?」
その悪役めいた凄みがある声に、貴族たちから『ひっ』という悲鳴があがった。
名も知らぬ令嬢はクスッと笑うと、ケインと自分のマスクと交換した。
「なかなか良い被り心地ね。二本のドリルもわたくしっぽくていいわ。これは貴方が作ったのかしら?」
「は……はい!」
仮面舞踏会でケインは初めて喋ることができた。
「そう、それなら己を磨き続けると良いわ。このわたくし――ジョセフィーヌが、立派な芸術家になれると保証しますわ」
マスクの中から聞こえてきた令嬢――ジョセフィーヌの声は、自信に満ち溢れていた。
そのマスクを付けるに相応しい人間だと、作ったケインは感じ取った。
そして――そのマスクに恋をした。
***
ケインから幼少の思い出を聞いて、ジョセフィーヌは赤面していた。
「えっ、も……もしかしてわたくし……ずっとケインに恋をされていましたの……?」
「あ、いや。私の恋愛対象は無機物だ。このときの初恋はマスクだから」
「メチャクチャ紛らわしいですわ……」
「でも、全人類の中で一番尊敬しているくらいには想っているよ」
「メチャクチャ恥ずかしいですわー!!」
ケインは余裕のある笑みを見せてから、続きを話した。
――そこからはジョセフィーヌの言葉が自信となって、芸術分野に乗り出していったらしい。
絵画、彫刻、金属加工、建築などありとあらゆる創作で頭角を現していった。
あのマスクを元にしたお話も出版して大ヒットとなり、ケインは天才芸術家の名を欲しいままにしていた。
「それなら、わたくしにも会いに来てくれればよかったのに。わたくし、仮面舞踏会のときは貴方の名前を聞いていなかったし、てっきりお話は別人が書いたものかと……」
「忙しいのと……その……気恥ずかしいのがあってね……おっと」
そこでケインは、フラッと立ちくらみのような動きを見せた。
ジョセフィーヌは慌てて肩を貸す。
自然と二人の身体は密着した。
「だ、大丈夫ですの?」
「ああ、いや、心配ない。久しぶりに心地良い疲れがやってきたようだ。たまにはソファじゃなくて、ベッドで寝ようかな……」
「わかりましたわ。寝室に連れて行きますわ」
ケインはイタズラっぽい表情を見せた。
「それでジョセフィーヌ。寝室で、枕元の話し相手になってほしいんだ」
その言葉にジョセフィーヌは一瞬フリーズした。
寝室で男女二人――
「そ、そそそそそそそそそれって……!?」
「ジョセフィーヌのことをもっと知りたいんだ」
頭の中が真っ白になってしまった。
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