天才芸術家、筋肉の力の片鱗を目にする

ずっと作業場からゴガガガガガガガガガガと凄まじいスピードで大理石を削る音が聞こえてきていたのだが、数時間後に乱暴なノックの音が響いた。

 それは外に通じる玄関ドアから――つまり客がやってきたのだ。

 作業場からの音がピタッと止んで、不機嫌そうなケインが玄関まで向かう。


「ケインさんはお忙しいでしょうし、わたくしが来客の対応を……」


「いや、このタイミングだと……たぶん嫌がらせにやってくるカロリーヌ直属の兵だ。ジョセフィーヌさんには迷惑をかけられない」


「ですが……」


「大丈夫。期限の三日までは、直接ケガをさせたりとかはしてこないさ。作業に差し支えるからね」


 ジョセフィーヌは少しだけ嫌な予感がしていた。

 もし、直接ではなく、何か間接的に嫌がらせをしてきたとしたら。

 貴族という者は、そういうことに長けているのだ。


「ジョセフィーヌさんは何があっても手を出さないで」


 ケインは安心させるために笑顔を見せてから、玄関のドアを開けた。

 そこには予想通り、仰々しく全身鎧を装備した兵士が二人立っていた。

 ケインは物怖じせずに挨拶をする。


「おやおや、ブリキの兵隊さん。不思議な世界から迷い込んだのかな?」


「……貴様――ケイン・エンシェントフォレスト……ふざけるのも大概にしろ。カロリーヌ様の御命令をいつまで無視するというのだ!」


「だから、私は最初から受けないと言っているだろう」


「何度も通告しているが、三日後までにカロリーヌ様のお美しい彫像が用意できない場合は――」


「処刑って言いたいんだろう? それとも何かい? ここに足繁く通ってもお決まりの脅迫しかできなくて、私の心を動かせない無能さを証明しにきたのかい?」


「き、貴様っ!」


 横で見ていたジョセフィーヌは思った。

 兵士は絶対にケガをさせることができないので、ケインは無敵の状態なのだ。

 憂さ晴らしという感じでケインは饒舌に相手を煽っているのだろう。


「く、ククク……笑っていられるのも今の内だぞ、ケイン」


「なに?」


「貴様の知り合いを拷問して、貴様が大事にしている物の情報を手に入れてなぁ……」


 ハンマーを持った兵士は家の中にズカズカと入ってきて、一つのショーケースの前に立った。

 それはケインの最初の作品――〝機械天使アクヤクレイジョー〟の金属製のマスクである。


「コイツを壊せば、お前の顔色は変わるだろう?」


 ケインより先にジョセフィーヌが動き出しそうになった。

 しかし――


「貴女を危険に巻き込みたくない」


 ジョセフィーヌだけに聞こえる小声。

 意外に冷静なケインに手で遮られ、制止された。


「オラァッ!!」


 無情にもショーケースにハンマーが打ち下ろされた。

 飛び散る硝子の破片、ひしゃげて床に落ちるマスク。


「どうだ! この! この! このッ!!」


 兵士のハンマーはマスクに向かって振り下ろされた。何度も繰り返し。

 精巧な作りだったマスクはゆがみ、金色のドリルのパーツは折れ、平たく潰されていく。

 心を込めて作った作品、それも初めての思い出の品。

 それが目の前で壊されて、ケインは悔しくないのか――そんな激しい思いがジョセフィーヌを覆う。

 だが、気が付いた。

 制止しているケインの手が激情で震えていることに。

 ジョセフィーヌを巻き込みたくない一心で我慢しているのだ。


「はっはぁー! どうだ、ケイン。お前の大切な物はゴミになったぞ!」


「ゴミは……貴方ですわー!」


 キレた。

 ジョセフィーヌはキレた。

 精神的にもキレたし――


「なんだこの女……っぎゃああああああァァッ!?」


 筋肉もキレッキレで、兵士の頭部を兜ごとアイアンクローで握り潰した。

 マスクのお返しとばかりに、金属製の兜が素手でメリメリ圧縮されていく。

 中の兵士はこめかみの辺りを極限まで潰され、絶叫するしかない。


「ヒギィィィィィィ!!」


「ふんっ」


 兵士の頭部を掴みながら高く持ち上げたあと、ポイッと外へ投げ出した。

 残っていたもう一人の兵士が茫然自失で呟く。


「あれ……? 俺たちの全身鎧、まだ支給されたばかりだよな……。なんでお前の兜、そんなにもう凹んでいるんだ……? 不良品……かな……あはは……」


「まだご無事な兵士さんにお伝えしますわ。ケインさんは今、創作意欲がキレッキレですの! 三日後には予想を超える彫像を見せて差し上げるので、それまでカロリーヌの犬は犬らしく、犬小屋でステイホームしてろですわ」


 兵士は震え上がった。

 一瞬だが、たしかに〝視えた〟のだ。

 立っているのはスタイルの良い令嬢のはずなのに――


「あ、あわわ……」


 子どもの胴体はあろうかという太すぎる腕、大木と見間違う体躯、限界まで膨れあがった筋肉、暴力的なまでの筋肉、まさに筋肉の集合体のオーラが。


「で……デカい……バルク……」


 兵士は心の中でヘラクレスに祈りを捧げながら、気絶している兵士を連れて一目散に逃げていった。

 残されたのは仁王立ちしているジョセフィーヌと、呆然としているケインだけだ。


「じょ、ジョセフィーヌ……キミは一体……」


 ジョセフィーヌは、ケインの問い掛けに振り向いた。

 気が付くと先ほどの激しい動きで、伊達メガネが外れていることに気が付いた。


「失礼、怒りで我を忘れてしまっていましたわ。令嬢にあるまじきお下品な発言でした」


「そ、その顔は……ジョセフィーヌ!? キミは追放されたはずのジョセフィーヌじゃないか!? 同じ名前だとは思っていたけど、まさか……」


 伊達メガネによる魔法効果がなくなった今、見えているのはジョセフィーヌの素顔だ。

 ケインの言葉からは、やはりジョセフィーヌとは以前からの知り合いだったというのが感じ取れる。

 そこまでの間柄なら覚えていそうだが――


「私が王国で最後にやり残したこと……それは、キミの彫像を作ることだったんだ!」


「えっ?」


 どうやら、想像以上に重い想いを向けられていたようだ。

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