天才芸術家は筋トレをしない
ジョセフィーヌは前に進むため、すべきことをまとめてみた。
カロリーヌからの依頼期限は三日――達成できないので実質的な処刑までのタイムリミット。
それまでに帝都から脱出しなければならない。
しかし、ケインはまだやり残したことがあるので作業場から動けない。
このやり残したことというのも、調子が悪くて三日では無理そうとのこと。
「……つまり、そのやり残したことを三日でできるように筋トレでサポートするのが、今回のわたくしの役目ですわね……」
となると善は急げである。
たった三日間しかないのだから、全力で筋トレをするしかない。
「ケインさん、筋トレをするのですわ!」
「な、なにをワケのわからないことを言っているんだ、ジョセフィーヌさん。それに筋トレというのは身体に負荷がかかるだろう。そんなプルプルとした状態では作業に支障が出る。申し訳ないが筋トレはお断りだ」
「ガーン!」
一瞬で自分の存在意義を奪われたジョセフィーヌだった。
***
大好きな筋トレを否定されて落ち込んだのだが、筋トレによって得た耐久力によって一瞬で復活した。
何か高負荷をかける筋トレ以外で力になれないかと、ケインを観察することにした。
「じー……」
「あ、あまり見つめられると……さすがに恥ずかしい」
ケインは基本的に家の中で過ごしている。
三日分の食料は備蓄されているし、仕事も室内なので外に出る必要がない。
ようするに引きこもり、運動不足なのだ。
「さすがに、いきなり20kgの鉄球を使ってトレーニングしろと言っても無理そうですわね……」
「ジョセフィーヌ、私のような引きこもりじゃなくても、いきなり20kgの鉄球で鍛えるのは難しいと思うよ」
物凄く冷静な突っ込みをくらってしまった。
となれば、どうするか。
そもそも、筋トレをすることによって、芸術家の活動に何かプラスになる効果が出るのだろうか? そこが問題である。
もう少し詳しく、ケインのことを知る必要があるだろう。
「えーっと、ケインさんは作業場で何をお作りになっていらっしゃるの?」
「そうだね、私がこの世界に存在し続ける意味……そういう想いを形にしている」
「も、もう少し具体的に! 素人のわたくしには、そういう難しい表現はわかりませんわ!」
「あー……素直に言うと恥ずかしいんだ。とある人の彫像を作っている。もちろん、カロリーヌではなくてね」
リアクション的に、それはケインの大切な人の彫像だと察した。
「なら、それを完成させてしまえば帝国へ脱出できるんですわね!」
「そうだ……と言いたいところなんだけど、どうにも不調でね。第一に、彫像のモデルとなる〝あの人〟は去ってしまった」
さすがにそれはジョセフィーヌにはどうすることもできない。
そのモデルを探そうとも思ったが、もしかしたら言い回し的に……この世にいないということなのかもしれない。
「あとはカロリーヌから脅されたことによる疲労で食欲がなくなり、寝不足にもなってしまって……。だから、これ以上疲れるような筋トレはしたくないんだ」
「あ、そっちなら何とかなるかもしれませんわ! ちょっと考えてみます!」
「ははは、期待しておくよ」
ケインは寝不足で疲れた表情のまま笑っていた。
どこか諦めてしまっているような、もの悲しさを感じてしまう。
それがジョセフィーヌの
作業場のドアの奥に籠もってしまったケイン。
部屋の外で待つジョセフィーヌは作戦を練っていた。
「食が細くなり、寝不足……これを解決するには、やはり筋トレですわ!」
相変わらずの筋トレ脳である。
しかし、今のケインには〝筋肉を鍛える〟という意味の筋トレは適していない。
筋トレで筋肉を鍛えないというのは根本的におかしなことだが、そうとしかいえないのだ。
「今のままではダメですわ……。せめて鉄球がもっと軽くなったら……」
いつも持ち歩いている20kgの鉄球を祈るように見つめる。
すると――
「ですわ!? 表示が20kgから、10kgに!?」
驚いた事に鉄球の重さが変化した。
ジョセフィーヌは驚きすぎて、トレードマークの金髪縦ロールが浮き上がるようだった。
しかし、冷静に思い出してみた。
以前にも、40kgに変動していた気がする。
「も、もしかして……ただの鉄球ではない……?」
ようやくそこに気が付いた。
あの小屋での筋トレは、通常では考えられない様々なことが起きていたのだ。
世間に疎かったり、妹に裏切られたり、婚約破棄されて〝モウドウニデモナーレ〟となっていたりしたジョセフィーヌはすんなりと受け入れてしまっていたが。
「魔法使いのグランツが研究対象にしたいとまで言っていた……これはもしかして色々とできるのでは……筋トレ用に!」
いくらすごくても筋トレ方面にしか考えられないというのはアレだが、今はツッコミが不在だ。
そっちの方面でどんどん進んでいってしまう。
「あまり負荷のかけ過ぎない筋トレで、作業の邪魔にもならないトレーニング器具になーれ……!」
鉄球に魔法少女のアイテムみたいなかけ声をする、追放された悪役令嬢。
ハタから見たらちょっと頭がおかしいのだが、雑に奇跡が起こってしまった。
「な、何か黒いオーラを放つ鉄球に……。しかも、勝手に宙に浮いている。書いてある文字は〝重力球〟ですの……?」
重力球――それは伝説にある〝重力属性〟の魔法を無制限に発生させる鉄球である。
すでに失われた神々の魔法で、最後の使い手は〝いにしえの勇者〟だったと伝承にある。
帝国最高峰の魔法使いであるグランツですら再現は難しいだろう。
強め続ければ星すら鉄球サイズに圧縮して、ただの黒点――ブラックホールへと変化させることも可能だ。
そんな超危険な重力球だが――
「何か良い感じに身体が重くなった気がしますわ! これなら知らない内に筋トレになりますわ!」
ただの筋トレ用品として認識されていた。
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