天才芸術家、魔石プロテインを目撃する
急に注目されたジョセフィーヌだったが、本当に連れてこられただけで状況が断片的にしかわからない。
「ええと……強引なアースさんはともかく、ケインさんは何かお困りのようですわね。もしよかったら、事情を教えてもらえませんか?」
「……わかった。多少は気が紛れるかもしれない」
ケインによる語りが始ま――
「おいおい、客が来てるんだぞ? 茶くらい出せよ。あ、俺は甘めの紅茶な」
……語りが始まる前に、アースが脳天気な声で
どこまでも王様気分な人物だ。
「脳みそまで筋肉のキミはプロテインでも飲んでいろ……。あ、ジョセフィーヌさんは飲み物どうするんだい?」
「俺の時と態度がちげーな!」
「キミが失礼すぎるからだろう……」
そんな見慣れてきた二人のやり取りをよそに、ジョセフィーヌは手のひらサイズの宝石らしきキラキラした物を取りだした。
「お水をいただけますか?」
「あ、ジョセフィーヌさんは遠慮しないで。飲み物なら大体用意されていて――」
「いえ、そうではなくて」
ジョセフィーヌは手の中のキラキラした物――魔石を片手でゴリッとすり潰した。
下に敷いていた懐紙の上に粉状の物が精製されていく。
「魔石をすり潰したプロテインを溶かすお水が欲しいのですわ」
「……ハッ……ハハハ……ナイスジョーク、本当に面白い人だ」
全員分の飲み物を用意したあと、ケインから悩みを聞くことができた。
ちなみに場が締まらないというのでジョセフィーヌの鼻眼鏡は、アースが隠し持っていた予備の伊達メガネと交換された。
「さて、こう見えても私はそれなりの芸術家だ」
「それなり、ねぇ……」
アースがそう言ったのは『謙遜しすぎている』という意味だ。
芸術方面でも活躍して、アパートメントを代表とする実用的な建築物にまで手を広げているケインは千年に一人の天才芸術家と評されている。
「ある御方のために王国に義理を感じ、貢献もしてきたと思う。しかし――」
ケインは頭をかきむしって苦悩の表情を見せる。
「あの日、カロリーヌとかいう女がやってきた……」
「いもっ――じゃなくて、カロリーヌが!?」
「ああ、そうさ。第二王子と婚約してから、絶大な権力を得た女だ。そいつが残酷すぎる依頼を私にしてきたんだ……。それを拒んだら兵を使って脅すような真似をしてきて、期限はあと三日さ……。どうせ処刑されるなら、もう自分で死んでしまおうかと思っているところだよ」
ジョセフィーヌは、身内の行動が一人の芸術家を追いつめていると知って心を痛めた。
それでも、心を痛めただけで終わらせてはいけない。
妹の悪行は、姉の自分がどうにかしなければ――と心に火を灯した。
「それで、いったいどんな残酷な依頼をしてきたのですか? 死にたくなるほどの酷い……何か……」
「わっ、私に……あのブタのような姿を彫像で作れと依頼してきたのだ!!」
ケインはそれを口にするだけで震え上がり、過呼吸気味になってしまった。
以前から付き合いがあったアースが、背中をさすって慰める。
「お前、昔っから自分が好きな物しか作らないからなぁ……」
「当然だ! 私はすべての作品を愛している! 多少、クライアントからの要望があっても、妥協点を見つけるくらいの分別は付ける。……が……カロリーヌは別だ……ブタはどうやってもブタにしかならない……」
よっぽどブタの彫像を作るのが嫌なのか、漢泣きまでし始めるケイン。
それを見てジョセフィーヌも、さすがに可哀想になってきてしまった。
「そ、それなら今すぐ逃げてしまいましょう! アースさんが、帝国への脱出の手引きをしていて――」
「すまない。それはできないんだ……。まだ王国でやり残したことがある。それを完成させるまでは作業場から動けないんだ……。でも、最近調子が悪くて三日じゃ完成できそうにない……もうどうやっても死ぬしかないんだ……」
「そんな……」
絶望の淵に沈むケインの表情は、どんな芸術家でも表現できないだろう。
最後まで愛する無機物に向き合い、そして死を得ようとする男の顔だ。
それを見てアースはニヤッと笑った。
「んじゃ、あとは任せたぞジョセフィーヌ。俺は色々と下準備が必要だから、しばらく姿を消す」
「ま、任せるってどういうことですの!?」
「お前ならできる。そう信じてるだけだ」
「わ、わたくしなどに……」
紅茶ごちそうさん、と言ってアースは出て行ってしまった。
残されたジョセフィーヌは呆然としてしまう。
果たして、ただの追放された悪役令嬢に何が出来るというのか。
「いや――」
ジョセフィーヌは頬をパシッと叩いて気合いを入れた。
そして、筋肉を奮い立たせる。
「出来ることを精一杯するまで! そう、筋トレですわ!」
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