天才芸術家、ファンと出会う

「お邪魔しますわ~……」


「はい、どうぞ」


「邪魔してるぞ」


「アース、キミは帰れ……!」


 アパートメントに入ると、中は意外と広かった。

 建物を全て貸しきって改装しているようだ。


「ああ、色々置いてあるがあまり手を触れないように。耐久度を考慮していない作品もある」


「あ、はい。気を付けますわ」


 広い分、中には物が所狭しと置かれていた。

 まずは絵画。

 ビルと題名が付けられた、架空の超高層建築物が描かれている。

 他にも傘と戦車を組み合わせた物体、謎の空飛ぶ機械などの設計図めいた物が並んでいた。


「なかなか画期的な物が多いですわ」


「うん。しかし、時代が私に追いつかない」


 まだまだズラッと並んでいた。

 彫刻、原稿用紙、模型――


「今、気が付いたんですけど、全部無機物が題材になってますのね」


「よく気が付いた。私は無機物が好きだからね」


「カッコイイですもんね!」


「ふむ、キミはカッコイイと表現するか。私からしたら可愛い……だね。婚姻届が受理されるなら妻にしたいくらい大好きだ、愛している」


「なるほど~」


 と、ジョセフィーヌは普通の恋愛話を聞くように楽しそうな表情で頷いた。


「……キミは、無機物を恋愛対象だと言う私を変だと思わないのかい?」


「愛の形は人それぞれですわ。それに、そんなに真剣に愛を語る人を嘲笑あざわらうことなどできましょうか」


「ふふ、そうかい。まったく、アースには勿体ない相手だ。貴女が無機物だったのなら恋愛感情を抱いていたかもしれない」


 それまで笑顔だったジョセフィーヌはキョトンとしてしまった。


「なぜ、そこでアースさんが出てくるのです?」


「えっ!? いや、それは……」


 ケインは、先に部屋の奥に進んでしまっているアースの方をチラッと見た。

 何も知らない彼を今だけは同情したのであった。

 そんなとき、ジョセフィーヌは見覚えのある物を発見した。


「あ、これって以前、王都で流行ったキャラ――〝鋼鉄天使アクヤクレイジョー〟ですわ! 懐かしい! 子どもの頃、わたくしも好きでしたわ!」


 透明なケースに入った、人型ゴーレムの頭を模したマスクだ。

 黄金のドリルが二本付いているのが特徴的である。


「とても古い作品の主役だ。もう覚えている者は少ないだろう」


「でも、どうしてそんな物が……?」


「私の最初の作品だからだよ」


「えぇっ!?」


 それを聞いたジョセフィーヌは驚いた。

 喜びと照れくささが混じったような、その作品を見ていた子どもの頃の記憶が蘇ってきてしまうからだ。

 とっさに鉄球を差し出して――


「サインください!」


 と言ってしまったほどだ。


「て、鉄球にサイン……?」


「あ、今のなし。あとでサイン用の紙でも用意しますわ……」


「ふふ、ジョセフィーヌさんは面白い人だ」


 そんな和やかな空気になりつつあったのだが、部屋の奥から大きな音が聞こえてきた。

 それは何かを大量に落とすような。

 事態を察したケインの眉間に皺が寄る。


「おい、おいおいおいおい、アース」


 音がした方――隣の部屋へと二人が駆け付けると、アースが何かをやり遂げたような良い笑顔をしていた。


「おう、二人が遅いからテーブルの上に空きを作っていたぜ。いや~、苦労したぞ。なんせ物だらけだったからな」


「あーッ!?」


 テーブルの上にあったであろうものが、雑に下に落とされていた。

 ケインは頭を抱えて、大声で叫びながらビクンビクンと痙攣していた。


「なんだよ、オーバーなやつだな、ケイン。別に割れ物とかはなかったから平気だろ?」


「色々あるんだよ! 精密な動作をするものとか、細かな傷がつくものが! ほんっとうにこれだから筋肉を鍛えている筋肉信仰の奴は!!」


「ははは! そうだったか、すまん! でも、筋肉を鍛えるのが趣味なのは、そこのジョセフィーヌも同じだぞ?」


 そう言われて、ケインはジョセフィーヌをジッと観察する。

 たしかに引き締まった贅肉の少ない身体ではあるが、筋肉が付きすぎているほどではない。

 むしろ引き締まっている分、女性的な美しさが強調されているようにも見える。

 全人類が理想とする神話時代の彫刻のようだ。


「じょっ、ジョセフィーヌさんは……程々に鍛えているんだろう……」


 なぜか頬を赤らめて目を逸らすケインに対して、ジョセフィーヌは『暇なのでメチャクチャ筋肉を鍛えている』とは言いにくい雰囲気だった。

 しかし、たしかにジョセフィーヌも疑問に思っていた。

 これだけ鍛えてパワーが付いても、実際の目に見える筋肉はそこまで増えていないのだ。

 以前、グランツが言っていたことを思い出す。


『筋肉の化身』


 彼はそう呟いて、ジョセフィーヌの後方、何もないはずの斜め上に視線をやっていたのだ。

 見えない何かが〝視え〟ていたのだろうか?


「さてと、テーブルを囲んでお話でもしようじゃないか。万能の天才芸術家」


 考えに耽っていたジョセフィーヌは、そのアースの一声でハッと我に返った。

 そういえば、何か用事があってこの場所にやってきたはずなのだ。


「勝手に家に踏み込んでおいて話をしようとか……。まぁいい、聞かなければ帰ってくれないんだろう。早くしろ、あいにくと私は悩み事が多いのだ……」


「それらを全て解決してやろうというのだ――……このジョセフィーヌがな!」


 アースとケインの会話を、完全に傍観者としてボーッと聞いていたジョセフィーヌ。

 一瞬遅れて自分が呼ばれたことを理解して、二人の視線にビクッとなってしまう。


「……え? わたくしですの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る