天才芸術家、悪役令嬢を招き入れる

 アースに手を引かれて、ジョセフィーヌがやってきたのは住宅街。

 そこは王都中心から少し離れていて、数年前に再開発が行われた場所だ。


「わたくし、こちらの方にはあまり来たことがないのですが、やけに建物が高いですわ……。この珍しい五階建ての建物……なんですの……?」


「なんだ、王国の人間なのにそんなこともしらんのか。これは最新式の住居、アパートメントだ」


 この世界の建築物は、基本的に一階か二階だ。

 それ以上となると安全性や建築、維持費などの問題で莫大な金がかかって一般人には手が出せない。


「ほえ~、すごいですわ~」


 高いアパートメントを見上げながら呟くジョセフィーヌは、少しバカっぽくも見えたが、アースとしては子どもっぽくて可愛いと思っていた。


「あ、なんかアースさん。今、わたくしを見てニヤニヤしていませんでしたか?」


「いや~、別に。……まぁ、それで目的の場所についたぞ」


 アパートメントの木製ドアの前に立つアース。

 そこを指差しながら言った。


「この規格外の五階建て住居を安価で設計した天才芸術家――ケイン・エンシェントフォレストの寝床だ」


「そ、それってすごい方なのでは……?」


「ああ、だからワケありの今のタイミングで帝国に引き抜いてしまおうとな。……おい、いるかケイン? いるんだろう? 出てこい。元学友が来てやったぞ」


 アースはドアをドンドンと叩き始めた。

 しかし、いっこうに中からは気配がしない。


「そのケインさんという方、いないのでは?」


「いーや、いる。ケインの奴は創作以外には興味がない奴だからな……普段は引きこもって動こうとしないだけだ」


 すると、アースは伊達メガネを取って、上着をバッと脱ぎ捨てた。

 それまで着痩せしていてわからなかったのだが、鍛え上げられた神々の彫刻のような上半身が露わとなった。

 拳をグッと握ると、腕の筋肉も連動してビキビキと音がしているようだ。


「ケインがいないなら仕方がないな~。それなら強めにノック・・・・・・して扉が壊れても、俺がやったとはバレないな~」


 アースが大声で棒読みすると、中からドタドタと音が聞こえてきた。

 数秒後にガチャリと施錠が外されて、慌ただしくドアが開けられる。

 出てきたのは色白で長身痩躯の青年だった。


「お、おいバカ止めたまえ!」


 年齢はアースと同じらしいが、眉間に入った神経質そうなシワで少し年上に見える。

 顔の作り自体はハンサムなので、十年くらいしたら渋みが増して、そういうタイプが好きな女性たちから引く手あまただろう。

 芸術家ということもあり、絵の具で汚れたシンプルな白シャツも様になっている。


「アース、また・・キミにドアを壊されたらかなわない!」


「またって……アースさん。あなた以前にも?」


 怪訝そうな表情でジョセフィーヌが問い掛けると、アースは屈託のない笑顔で答えた。


「筋肉を鍛えると、力加減を間違えることなんて頻繁にあるだろう? ジョセフィーヌも」


「……そんなのあるわけないですわ。まったく、アースさんとは絶対に気が合わないと断言できますわ」


「はははは!」


 そんな二人のやり取りを見て、ケインはドアをそっと閉じようとしていた。

 アースがガッとそれを掴んで阻止する。


「ケイン、なぁおいケイン。お前、今困ってるんだよなぁ?」


「アース、現在キミに困っているというのを理解したまえ」


「俺とお前の仲じゃないか、なぁ?」


「そっちに留学したとき、たまたまクラスが一緒になったくらいだろう。って、おい! 待て、勝手に入るんじゃない!?」


 アースは『邪魔するぞ~』と言って強引にドアの中へと突き進んでいった。

 残されたジョセフィーヌは、迷惑そうにしているケインと目が合ってしまった。

 なんと声をかけていいか迷っていると、意外にもケインの方から話しかけてきた。


「はぁ……レディ、中に入ってくれたまえ」


「あの、いいんですの?」


「頭まで筋肉と自信過剰でできているアースならともかく、うら若き女性を一人で外に待たせておくわけにはいかないだろう。さすがに私でも、それくらいは礼儀をわきまえているさ」


「あ、はい。感謝いたしますわ」


 意外と礼儀正しいケインに好感触を持ってしまう。

 失礼極まりないアースとは正反対だ。


「ところで、キミの名は?」


「ジョセフィーヌ」


「……ジョセ……フィーヌ? 知り合いと同じ名前だな」


 ドキッとしてしまった。

 もしかしたら、夜会など一方的に面識を持たれている可能性もあるのだ。

 鼻眼鏡の魔法効果によって認識はできないようだが、偽名を名乗らなかったことを後悔した。


「わ、割とある名前ですわ、ジョセフィーヌって!」


「あはは、そうだね。あの人はもうここにいるはずがないんだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る