天才芸術家、知らない内に重力トレーニング

 ケインは作業場の中で一人、鬼気迫る表情を見せていた。

 彫刻用の作業場にしている一室なのだが、石材加工用のノミやハンマーが散乱していた。

 その中央には大地を司る〝カッラーラ神〟の加護を受けたといわれる大理石が鎮座している。


「くっ、ダメだ……」


 ケインは大理石を削るも、あまり手が進まない。

 人の形に到達するまでいかず、まだ大部分に石の形が残っている。


「集中力が足りない……今の私ではこの大理石を無駄にしてしまう」


 偉大なる彫刻家は自らが形を決めるのではなく〝彫る前から石が形を教えてくれている〟という。

 普段のケインも〝視える〟のだが、今は調子が悪くそうもいかない。


「この状態では〝あの人〟を表現することができない……」


 いつも作品に対しては妥協をしないのだが、今回は特にその傾向が強かった。

 命を賭してでも、自分が納得できなければ彫れないというくらいの誓約だ。

 限界を超えて集中、太陽を焦がすほどの情熱を注ぎ込まなければいけないのに、カロリーヌからの脅迫めいた依頼でそれが達成できない。

 悔しさと己の未熟さでどうにかなってしまいそうだ。


「もし、あの人が王都から追放されずにいて、目の前でモデルになってくれれば……。いや、せめて私の疲れた体調だけでも……」


 そう、精神的に追いつめられて寝不足となり、食欲すら出ないのだ。

 身体さえ動けば芸術活動はできる。しかし、それは必要最低限なのだ。

 ベストでなければ、良い物は作れない。


「……それにしても、何か今日はいつも以上に疲れるな。気のせいかもしれないが、身体が重いような……」


 ケインは首を傾げた。

 精神的にはつらくなっていないので、もしかしたらジョセフィーヌと出会って色々と打ち明けられて、気が抜けてしまったのだろうと思うことにした。

 疲れているのだが、それは不思議と悪い気分ではない。

 少し休憩もかねて、部屋の外へ出てみることにした。

 外は静かなので、ジョセフィーヌはもう帰ってしまったかもしれない。


「って、えぇ……?」


 ドアを開けると、そこには静かにスクワットをしているジョセフィーヌがいた。

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