幕間 帝国、ロット魔導研究所

 帝都にあるロット魔道研究所。

 その設立は十数年前まで遡る――


 帝国に一人の天才少年魔法使いが出現した。

 その名はグランツ・ロット。

 元々は皇帝とも交流のある公爵家の人間だったが、破天荒な彼は貴族というのが面倒くさくなって家を捨てた。

 主な理由は、興味のない家同士の恋愛より、魔法研究を選んだためとも言われている。


 それはさておき、その彼を誘ったのが幼なじみだった第一皇子だ。

 帝国の未来を見据えて、魔導研究所を作りたいと申し出たのだ。

 自由に研究できるのなら……とグランツは所長を引き受け、様々な魔道具を作り上げていった。

 これにより帝国は、世界より十年進んでいると言われている。




 そんな国の中枢機関でもあるロット魔道研究所に戻ってきた所長――グランツは、プライベートルームである所長室に先客がいることに気が付いた。


「ん……鍵は閉めておいたはずだ」


 国家機密レベルがゴロゴロしている所長室は、最高のセキュリティレベルを有している。

 設置型極大魔法防壁イージス30枚、対侵入者用全属性攻撃魔デストロイヤー法、自爆装置ポチットナー――その他100近い対策を施している。

 なので、セキュリティを破られているという可能性は少ない。

 残るは正規ルートによる入室。

 緊急時のためにグランツ以外で入室許可が与えられている人物は二人。

 一人は副所長、もう一人は――


「やはりお前か、アース」


「よぉ、親友。随分と顔色が良くなったな」


「おかげさまでな」


 所狭しと物が置かれている室内、辛うじてわかる所長の机と椅子。

 そこに座っているのは帝国第一皇子――アースだった。

 皇子のみが着ることを許された格式高い礼服をラフに着崩して、机にスラリとした長い脚を乗せている。

 銀色に輝く髪を指でいじりながら、整いすぎた顔で自信に満ちた笑みを浮かべた。

 まるで雪豹のような男だ、とグランツは常々思っている。


「話したいこともある、まぁ座れよ」


「……ボクの部屋だけどな」


 グランツは呆れながらも、そこらへんに置いてあった箱――試作魔石通信機に腰掛けた。

 これが完成すれば世界のパワーバランスに変化をもたらすのだが、依頼されて仕方なく着手しているだけの物なのでグランツ本人はあまり興味がない。


「それで、どうだった。親友」


「どうって……」


「その調子なら俺の言ったとおり、魔法使い生命に関わるスランプは治ったんだろう?」


「……まぁ、な」


 妙に歯切れの悪いグランツに対して、アースはイタズラっぽい笑みを浮かべて矢継ぎ早に話していく。


「ほうほう、もしかしてジョセフィーヌと何かあったか?」


「なっ!? ジョセフィーヌさんとそういうことは一切していない!! 純粋にトレーニングを一緒にしただけで……」


「で、魅力的だっただろう?」


「それは……否定はしない……」


 グランツは幼なじみに対して嘘を吐くような器用な真似はできない。

 本心を吐露しながら、頭痛がしそうな頭を片手で押さえた。


「アース、お前……ジョセフィーヌさんに惚れてるってボクに言ってたよな?」


「ああ、言ったぞ。なんだ、また一目惚れしたときの話を聞きたいのか?」


「それはもう三十回は聞いたからいい。で、だ……。なんで惚れてる人のところへ、異性であるボクを向かわせたんだ?」


 そのグランツの問いに、アースは真顔になって答えた。


「そんなの、親友がスランプで困ってたら、どんな解決方法でも提示してやるっていうのが俺だからだ」


「……どうせ、もう一つくらい理由があるんだろう」


 アースはニヤリと笑った。


「さすが親友だな。俺はな、ジョセフィーヌのところに良い男を送ってやりたかったんだ」


「はぁ……なんでまた、そんなことを?」


「そんなの決まっているだろう。俺が良い男すぎるからだ」


「話が繋がらない」


 アースとは長い付き合いだが、グランツは未だに彼のことをすべて理解したとは思えなかった。

 破天荒すぎるのだ。


「つまり、傷心のジョセフィーヌが、良い男すぎる俺だけからアタックをされたら、恋人になってしまうのは確定だろう?」


「……飲み物でも作るが、何かいるか?」


「甘めの紅茶がいい。……で、公平じゃないから、俺が知る良い男――つまり親友のお前を送り込んでみたわけだ! 丁度、スランプも解決できそうだったからな」


 バカバカしすぎる話を紛らわすために、グランツは紅茶を煎れていた。

 茶葉は部屋にあったもので、お湯は魔法で作り出している。

 アースの好みもあるので、温度は低めの70度くらいだ。


「ジョセフィーヌほどの良い女なら、複数の良い男の中から選ぶ権利があるからな。その状況を作ってやるのは当然だろう?」


「何が当然かはわからないが……もし、ジョセフィーヌさんがお前を選ばなかったらどうするんだ?」


「ふははは! そんなの、数多くの男の中から俺を選ばないなんてことはないだろう! なんせ、最高の男だからな、俺は!」


 自信がありすぎるバカな幼なじみに、グランツは溜め息を吐くしかない。


「じゃあ、その万が一の仮定だ。好み、たとえば遺伝子レベルで合わないとか。まぁ、理由はなんでもいいが、アース――お前が選ばれなかった場合はどうするんだ?」


「ははは! そんなことはないとは思うが! ……ないよな?」


「仮定だって言ってるだろ」


 アースは自信満々な表情から一転、バツの悪そうな顔をして俯いてしまう。


「そ、そのときは……アレだ……。見苦しくないように、見えないところで男泣きだ」


「お前なりに心底惚れたジョセフィーヌさんのことを第一に考えているんだろうけど……。ボクの幼なじみは本当に面倒くさい男だよ、まったく」


 帝国の第一皇子のクセに、男らしいのか女々しいのかよくわからない。

 親友だけに見せる等身大のアースは、そんな複雑な男なのだ。

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