帝国最高峰の魔法使い君、こっそり露払いをする

「さてと、名残惜しいですがいったん帰らなければ……」


 ジョセフィーヌのいる山を下りて、小屋があった方向を名残惜しそうに振り返るグランツ。

 彼は少し不機嫌そうな顔で、思い出して考える。


(正直、ジョセフィーヌさんがこうもスムーズにと研究に協力してくれるとは思わなかった。だってそうだろう、他人である男に色々と調べられるんだ。どうかしている)


 出てくるのは深い溜め息と、胸中に抑えきれない気持ち。


「……本当にジョセフィーヌさんはどうかしていますよ、まったく」


 それでも協力してくれたのは、グランツを信用してくれたからだろう。

 たった三週間、一緒に筋トレをしただけで情にほだされてしまうとは、どれだけチョロい……もとい純粋なのか――と思うしかない。

 それと同時に、グランツはまだジョセフィーヌに言っていないことがあった。

 罪悪感めいた気持ちが渦巻く。


「彼女は勘違いして、『帝国のロット魔導研究所の使いっ走りは大変そう……』とか言ってたけど……」


 再び溜め息を吐いたところ、遠くから軍用馬車が何台かやってきていることに気が付いた。

 ――いや、今のタイミングで気が付いたのではない。

 下山したところ、何故かさらに体内の魔力が研ぎ澄まされて、それくらいは察知していた。

 兵士の人数、馬車の数、それから積み荷の中身すら――


「そこの魔法使い、つかぬことを聞くが、この辺りに小屋はないか? 若い女一人で住んでいる小屋だ」


 先頭の兵士が話しかけてきたが、グランツは作り笑いをして首を横に振った。


「いいえ、知りませんね」


「そうか。この辺りに王国を脅かした悪女が潜んでいるらしくてな。不思議なことに、道が入り組んでいてなかなか辿り着けん」


「……悪女?」


 グランツは笑顔のまま聞き返した。


「ああ、第二王子や、その他の王侯貴族たちを淫らな身体で惑わせたという悪女だ。まったく、美しい外見に対して、どんな汚物のような醜い心を秘めているのか」


「ほう?」


 その言葉を聞いてグランツの表情は豹変した。

 氷のように冷たく、目の前の存在を人間とは見なさない魔法使い本来の恐ろしい――知識の探求以外は興味なしという達観した表情。


「ま、待て……魔法使い……お前……その顔見たことがあるぞ……」


 何かに気が付いた兵士は、目の前の存在に怯えきっていた。

 トンと杖で地面を小突く音がした。

 展開される巨大な魔法陣。


「帝国最高峰の魔法使いにして、ロット魔導研究所の若き所長……グランツ・ロット……!?」


「正解です、王国の兵士さん」


 広がっていく魔法陣は輝きを増し、何かが起こる兆候を示していた。

 蟻地獄に囚われつつある〝アリ〟の立場だと気付いた兵士は、必死に言葉を話す。


「な、なぜだ!? 我々王国とそちらの帝国は敵対はしていないはずだ!」


「ですが、そこまで友好的でもありません。このグランツ・ロットが友人を貶められたのなら、個人的に敵対してもおかしくはないでしょう?」


「ゆ、友人……まさかジョセフィーヌなんぞと!?」


「ほう? ジョセフィーヌなんぞと言いましたか?」


「い、いや……言葉の綾だ! 我らは妹のカロリーヌ様からの御命令で、姉のジョセフィーヌ様を探索するだけの役目……決して傷付けるような真似は……」


 なるほど、とグランツは笑顔を見せた。


「その馬車の荷台に積まれている魔道具、人間一人の痕跡を消すための極小焼却装置ですよね? ボクも共同開発したので魔力感知でわかってしまうんですよ」


「ひっ!?」


「嘘はダメですよ――まぁボクが言えた義理じゃありませんがね」


 グランツの杖から炎が溢れだし、それが山サイズの炎の巨人を形作っていく。

 力ある言葉が紡がれ、グランツの鍛え上げられた肉体を触媒として機能させる。


極炎世界ムスペルヘイムの門番にして、黒き炎剣レーヴァテインの担い手よ。終末の祝福ラグナロクを生き延びし我に力を。そして、眼前の小さき者を紅焔で灰燼に帰せ。火極大魔法――〝終焉招きし炎巨人フォルブランニル・スルト〟」


 炎の巨人が咆哮すると、兵士たちの周囲を灼熱地獄が支配していく。

 それはまるで地面から太陽が出現したかのようだった。

 この世の理から外れた尋常では無い光景だ。


「トレーニングの成果が出すぎて、少しやり過ぎたかもしれませんね……」


 グランツは事の顛末自体は確認する興味すらなく、それを背に帝国への帰路についた。


「はぁ……ボクとしたことが。……これじゃあ下にいる数千人の魔法使いに示しがつかないな。こんなにもボクの心を惑わせるジョセフィーヌさんは、たしかに天然の悪女なのかもしれない……いかんいかん、心を落ち着かせなければ」


 ジョセフィーヌのことを紹介してきた幼なじみ――アースを軽く恨んでしまう。

 アースは最初から自らがジョセフィーヌに好意を抱いていることを教えつつ、グランツにも紹介したのだ。


「まったく、アイツは本当にどうかしてる……」

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