スランプ魔法使い君、復活する

「あっ、顔が近い!? しっ、失礼しました! ジョセフィーヌさん……!」


 グランツは我に返り、赤面しながら大慌てで離れた。

 三週間暮らして分かったが、本来の彼はとても奥手で紳士的なのだ。


「い、いえ……おかまいなく」


「ボク、昔から興味がある物事については……つい……その……本当にごめんなさい……」


 知識に対しては貪欲で、ついつい夢中になってしまったのだろう。

 ジョセフィーヌも、筋トレを始めると周りが見えなくなってしまうので気持ちはわかる。


「えーっと、それでグランツさんの仰る筋肉の秘密とは?」


「あ、はい。そうですね……コホン」


 グランツは咳払いをして心を落ち着けてから、教師のような口調で話し始める。


「まず、ボクの見たところ、ジョセフィーヌさんの魔力はそこまで大きくありません。しかも、外見上も非常に魅力的な体型を維持……んん、失敬。筋肉を付けすぎていないバランスタイプです。それなのに尋常ではないパワーがある、おかしいとは思いませんか?」


「うーん……、おかしい……? あ、以前言っていた魔力と筋力の関係ですわね!」


「その通りです。どちらかが秀でていなければ、パワーは得られない……と今までは思っていました。しかし、ジョセフィーヌさんという例外がある!」


 またグランツが熱い視線を送り始めてきたので、ジョセフィーヌは先に一歩下がっておいた。


「そこで出た結論、それは――」


「それは?」


「ただ単純に筋肉を鍛えているのではなく、筋肉の魔力伝達率を鍛えているのです!」


「なるほど、わかりませんわ」


 箱入りお嬢様だったジョセフィーヌは、外のことは疎いのだ。

 ましてや、魔法使いの専門的なことなどしらない。


「ええ、わからないことをわからないと理解するのは大切なことです。つまり、わかりやすくいうと、ジョセフィーヌさんは身体を鍛えても必要以上に筋肉の肥大化することなく、パワーだけ無制限に上がり続けていくようなものです」


「ふむふむ、たしかに引き締まった身体にはなりますが、子ども用の図鑑で見たゴリラさんのように腕が太くはなりませんわね」


「ちなみに魔力をよく観察すると、ジョセフィーヌさんの背後に鍛錬の積み重ねである魔力がうっすらと見えるのですが、ゴリラなんて比じゃないくらいのやつが浮かんでいますね……」


 グランツの視線は、ジョセフィーヌの背後の少し上に向けられている。


「え、なにそれ見たいですわ」


「見えないジョセフィーヌさんに説明しておくと、ちょっとした筋肉の化身が――」


「筋肉の化身」


「まぁ、それは置いておいて」


「筋肉の化身、置いておかれますわ」


 ジョセフィーヌはしょんぼりとしてしまう。

 グランツは気にせず話を続けた。


「その筋肉の魔力伝達率を鍛えられたのは、信じられないことに……どうやらボクも同じのようなのです」


「何かすごいんですの?」


「そりゃすごいですよ! 筋肉を鍛えることによって、魔法もスムーズに使えるようになるんですから! これは全魔法使いが筋トレを取り入れるようになります……革命です!」


 ジョセフィーヌは何かおかしいと思った。

 自分は積み重ねる努力に関しては誇れるが、それでも特別な素質を持つような女ではないと理解していたからだ。


「筋トレくらい、努力家の魔法使いさんならやっている方もいるのでは?」


「そうです、そこなんです。さすがにジョセフィーヌさんほどやっている魔法使いはいませんが、それでも多少は基礎体力を作っている方もいます。……ボクはサボっていましたが」


「ですわよね」


「そこで、特別だと思われるこの場所と――ジョセフィーヌさんを研究対象にしたいと思うんです!」


「わ、わたくしをですの?」


 いきなり自分を研究対象と言われて、予想外のジョセフィーヌは驚いてしまった。

 しかし、グランツは真剣そのものだ。


「はい、嫌だったら構いませんが、ご協力頂けるなら是非!」


「ちょ、近い近いまた近いですわ!」


 グランツが壁ドンのような形で迫ってきて、ついついジョセフィーヌは反射的に――


「す、すみません、ジョセフィーヌさん……また悪い癖で……で、その、地面に下ろしてもらえませんか?」


「あら、ごめん遊ばせ」


 片手で持ち上げていたグランツを、ゆっくりと下ろしたのだった。




 ――結局、グランツの説得が続いて研究の協力をすることとなった。

 グランツは一度、帝国のロット魔導研究所に戻ってから情報をまとめて、しばらくしたらまた来るらしい。

 やっと静かになった小屋でホッと一息吐くジョセフィーヌは、グランツの情熱ある表情を思い出しながら筋トレを再開したのであった。

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