スランプ魔法使い君、筋肉の可能性を知る

「えーっと、魔法使いのスランプに筋トレ……?」


「ボクにもわからないのですが、あのアースが言うのだから藁をも掴む感じで……。突然、女性の家に押しかけて申し訳ないのですが、ご教示願えないでしょうか?」


 グランツは真剣な表情でそう言ってきた。

 どうやら冗談ではなく本気のようだ。

 一時は悪役令嬢と呼ばれたジョセフィーヌだが、そういう困っている人間には手を差し伸べたくなってしまう。


「うーん、筋トレなんて普通のことしかしてないと思うけど……。まぁ、気分転換がスランプ解消になるかもしれないし、いいわ。一緒にやりましょう!」


「ありがとうございます!」


 そこからグランツとの筋トレが始まった。

 まずは最初に物は試しと、鉄球を使うことにした。


「じゃあ、これを持ち上げられるか試してみて」


「わかりました。20kgですね。これくらいなら魔力を使えば――」


 重さが40kgから20kgに戻っているのはさておき、『魔力を使えば』というところが気になった。


「グランツ、魔力を使うってどういうこと?」


「ああ、失敬。これは魔法を学んでないとわかりにくかったですね。ええと、魔力を操れる人間は、筋肉に魔力を通して力を上げることができるのです」


 これは戦闘などを生業とする職が、自然と行っている魔力操作だ。

 たとえば、筋骨隆々の男性でも魔力0なら大岩を持ち上げられないが、か弱い女性でも多大な魔力さえあれば大岩を持ち上げることができる。

 一種の筋力を強化する魔法ともいえなくもない。


「といっても、魔力だけあれば何とかなるというものではありません。元からの筋力があってこそですし、筋肉が魔力を通しにくい体質だと力を発揮できません」


「なるほど~」


 ジョセフィーヌはよくわかっていなかったが、魔力の応用がすごいということである。


「ちなみにボクは筋力はあまりないですが、魔力が高いので100kgくらいなら持ち上げられます。少し自慢でもありますよ」


「じゃあ、この20kgなんて楽勝ですわね」


「はい!」


 そう言って、グランツは20kgの鉄球を握りしめ、持ち上げようとしたが――


「んぎぎ……コレ、ゴッツ重い……絶対に20kg以上ありますよ……!?」


 片手では持ち上がらず、顔を真っ赤にしながら両手を使うも持ち上がらなかった。

 息を切らしながら倒れ、ジョセフィーヌがそれを不思議そうに見つめる。


「変ですわね、私的にはそんなに重くないと思うのですが……」


 ジョセフィーヌは鉄球を二本指で摘まむと、ヒョイッと持ち上げてしまった。

 グランツは何かブツブツと呟く。


「おかしい……鉄球が重いのかと思ったら、ボクの魔力が弱まっている……? いや、外部から魔力に負荷をかけられているのか……。何なんだこの場所は……。もしかして、伝説にある勇者の修行場……」


「ええと、平気ですの? ここに来るまでの移動で疲れたのなら、お水でも飲んだ方がいいのですわ」


「……あ、はい。ありがとうございます、ジョセフィーヌさん。何か飲んでクールダウンした方が考えがまとまりそうです」


「では、川へ水を飲みに行きますわよ!」


 指差されたのは外。


「え……?」


「5km先までレッツゴーですわ!」


 てっきり小屋の中に水が用意してある思っていたグランツは、その非常識な遠ささに表情を固まらせた。




「……コレ、マジで遠い」


 川まで到着したグランツは汗だくになっていた。


「そ、そういえば……わたくしも初回は大変でしたわね……。申し訳ないことをしましたわ」


「い、いえ……ボクが好きで付いて行っているだけなので……おかまいなく」


 グランツはそこらへんの岩に腰掛けながら休憩を取った。

 ジョセフィーヌは手慣れた様子で大きな木桶にたっぷりの水を汲んでいる。


「ジョセフィーヌさんはすごいですね……。そんなに筋肉モリモリというわけでもないのに、とても力強い……」


「ふふ、ありがとうございます。自分磨きは何事も積み重ね、日々の努力ですわ」


 ジョセフィーヌは持っていた大きな木桶10個を満タンにして、長い棒を通して両肩で支えるようにした。


「よっと、では。戻りますわよ」


「すごい絵面だ……」




 ***




 グランツは三週間ほどトレーニングを続けた。

 最初はついていくのすら精一杯だったが、ジョセフィーヌに応援されるとやる気が出てきて頑張れてしまう。

 トレーナーが重要ということですわね、とジョセフィーヌは言うのだが、なぜかグランツは照れくさそうにして目を逸らしてしまう。


「さすがにジョセフィーヌさんとまではいきませんが、ボクにも少しは筋肉がついたようです」


 トレーニングのために上半身裸になっていたグランツなのだが、曝け出された胸板は少しだけ厚くなり、腕も筋張って力強そうに見える。

 白くハリのある若い肌の表面で、玉のような汗がキラキラと光を反射している。


「……しかも、スランプで使えなかった魔法も使えるように! ありがとうございます!」


 グランツは指先から火を灯す。

 その火は魔力操作によって様々な形に変化させることが可能なようで、スランプから脱出できたことを証明していた。


 それだけではなく、三週間前より顔色もよくなり、眼も活き活きしている。

 どうやら心身共に元気になったようだ。

 それを見てジョセフィーヌは笑顔になった。


「どういたしまして。わたくしも誰かと一緒にするトレーニングも楽しかったですわ。でも、不思議ですわね? 筋トレするだけで魔法使いさんのスランプが治るなんて……」


 グランツの悩みは解決して一件落着――なのだが、まだ彼は話を続けてきた。

 それはジョセフィーヌの疑問に答えるものだった。


「そのことですが、どうやらジョセフィーヌさんの秘密と関係がありそうです」


「わ、わたくしの秘密……?」


 ジョセフィーヌは驚いた。

 秘密……それはもしかして、追放された悪役令嬢だとバレてしまったのだろうか――と、ドキッと心臓が胸打つ。

 その秘密を握られたら、大変なことになるかもしれない。


 グランツは顔を近づけてきて、それまで三週間ほど一緒に暮らしてきても、まだ見せたことのないような真剣な表情を向けてくる。

 最初は気が付かなかったが、普段の理知的で優しい表情とは違い、間近でジッと見詰める彼は鋭い視線で獲物を狙う知識の探求者だ。


「そ、それは何ですの……」


 ジョセフィーヌは思わず息を呑んでしまう。

 グランツの顔はさらに近づき、息のかかりそうな距離で告げてきた。

 視線がトレーニング後のように熱い。


「それはジョセフィーヌさんの――……筋肉の秘密です」


「筋肉の秘密」


 あまりにも予想外すぎる答えでオウム返しをしてしまった。

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