その女、どうかしている

@rinkochan

第1話 連れの女

 その女は狂っている。そうに違いない。同情すべき女なんだ。そう自分に言い聞かせることで嫉妬心が和らぐ。でも、もし、女の言っていることが本当だったら……。これまで見えていた世界のすべてが、私の人生が、変わってしまう――。



「あらサクさん、いらっしゃい! サクさんが女の人連れて来るなんて初めてですね」

 佐久間は微かに頰を紅潮させ、ちょこんと頭を下げると、カウンター席の一番奥の端に座った。控えめに後からついてきた女がその横に腰を下ろすと、「妻です」と佐久間が紹介した。

「えーっ! サクさん、結婚したんですかっ! しばらく見ないと思ったら。綺麗な人ですね」

 「初めまして」女は柔らかに微笑んだ。澄んだ深い瞳。化粧は薄く、淡いピンクの紅をさしているだけのようだが、華やかな雰囲気がする。スレンダーな体つきで、髪は肩よりも長い。女は佐久間より10歳くらい年下に見えた。

 佐久間は四十代後半の自衛官で、ママから聞くと、20年来のお得意さんだ。転勤があるらしく、ふといなくなるが、いくつか四季が過ぎるとまた姿を現す。近くに自衛隊の基地があり、この店は自衛官御用達だ。今も、7人の若い男ばかりの自衛官のグループが、すっかり出来上がっていて、カラオケのマイクを奪い合いながら羽目を外している。佐久間はたいていいつも一人だが、最後に来たのは二年前の冬だったように記憶している。

 幸い佐久間のボトルはまだ置いてあった。

「もう来られないんじゃないかと思って、ボトルをどうしようかってママが迷っていたところだったんですよ。よかったです」

「すいません」佐久間が悪そうな顔をした。

 佐久間には焼酎の水割りを、女にはオレンジジュースを出した。女は下戸だという。佐久間はタバコを吸い始めた。いつものやつだ。

 女はタバコもやらないらしい。佐久間の前で猫をかぶる上品ぶっているやつなのか。いや、元からそういう人なんだろう。

「お化粧もほとんどしていないのに綺麗なタイプなんですね。なんか羨ましい。私なんてこんな厚化粧しないとやってられなくって、恥ずかしいです」

 思ったままのことを口にしてから、自分の丸い顔と太めの体を隠したくなった。

「ありがとうございます。でも、あなたは若くてとても可愛らしいですよ。それに……」と女。年上だからなのか、綺麗だし余裕たっぷりなんだろう。佐久間も頷いているが、私の心はどんどんひねくれていく。

「あーやさん、ビールもう一杯お願いしてもいい?」カウンター席の別の客から声をかけられた。

「はーい! 少しお待ちください。じゃあサクさん、奥様もごゆっくり」内心ホッとしながら会釈して二人から離れた。


 それまで、佐久間に女の影が見えたことはなかった。おとなしく飲んでいてあまり話もしないし、プライベートなことは何も知らない。佐久間は美男子ではないが、ちょっとミステリアスで魅力的な男性に映る。それでも、私とは、少なくともふた回りは年が離れている中年男なのだ。そんな男が結婚したからと言って私には関係無い。なのに、無性に腹立たしい。

 私は、この女が嫌いだ。


 

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