首から上も愛してる

ちびまるフォイ

やっぱり人間は顔か! 顔なのか!

「おぉーー。〇〇さん!」


名前を呼ばれて振り返ると、スーツを来た男が近寄ってきた。


「あの仕事以来ですねぇ。元気でしたか?」


「あはは……そ、そうですね」


頭はフル回転をはじめる。

顔を見ただけでピンときたが名前が出てこない。


「今はなにをされてるんですか」

「新商品の顔パックの開発なんかを……」


「また今度飲みに行きましょうよ」

「ソウデスネー……」


しどろもどろで、歯切れの悪い対応に気づいたのか男はついに聞いてしまった。


「……あの、僕のこと覚えてます?」



「おっ、覚えてますよ!? その……▲▲さんですよねっ」


男はきまずそうに愛想笑いして、名前間違いを教えてくれた。

このやり取りを見ていた上司は顔をひきつらせ、あとで部屋に呼び出される。


「お前!! 取引先の相手の名前を間違えるなんてありえないぞ!!!」


「すみません、どうにも人の名前と顔を覚えるのが苦手で……」


「苦手をできない理由にするんじゃねぇよ!

 お前のせいで取引が減ったらどうするんだ!!」


「はい……はい……すみません……」


ペコペコと頭を下げたが、自分の性質は自分が一番よくわかってる。

仮に必死こいて覚えたとしても、覚えなくちゃいけない人間の総数が多すぎる。

今度は覚えた人間がごちゃごちゃになってしまいそう。


「はぁ……もうみんな名札つけてほしい……」


昔は左胸ポケットに名札があったので名前が覚えられなくても、名札を読むだけで名前を覚えているっぽくごまかせる。

けれど今は名前もプライバシーのひとつとして取り扱っている。

名札をつけるなんて、自分の口座の暗証番号を見せつけているようなものだ。


凹みながら家に帰る。

手元にある名刺を見てはその人の顔を思い出すようにしていた。


「あなた、なにやっているの?」


「実は今日、取引先で相手の名前を間違ってしまったんだ。

 顔は見覚えがあるのに名前が出てこないんだよ」


「あなたは昔から名前を覚えるの苦手だったわね」


「顔は忘れないんだけどなぁ……」


「ああ、それだったらこういうのがあるみたいよ」


妻はスマホからショッピングサイト開いてみせた。


「顔自動認識メガネ……?」


「そう。顔を自動で判別して、その横に名前を表示してくれるの」


「まじで!?」


まさに今自分が欲しい物だった。

ネットで注文して届くまでモヤモヤすることも耐えられず、電器屋さんへ直行した。


「自動認識メガネありますか!?」


「ええ、こちらにございますよ。今、ビジネスマンの間で非常にリピートいただいています」


「ひとつください!」


見た目には普通のメガネにしか見えない顔認証メガネを買った。

メガネを掛けると、相手の顔をターゲットして名前を表示してくれる。


「店員さんは、佐藤さんであっていますか」


「はい。そうですよ。私は佐藤です」


「すごい! これでもうやらかさないぞ!!」


顔自動認識メガネを常にかけるようにして会社へと向かった。

今までは話しかけられたときに名前を間違わないよう神経をすり減らしていたが、今は名前が表示されているので怖くない。


すると、会社にまた別の男がやってきた。


「じゃまするぜぇ」


すぐさま脳は「あーー誰だっけなぁ」と思い出しモードに入る。

脳による顔と名前の一致を待たずして、顔認識メガネが相手の名前を映し出した。


俺は自信をもって話しかけた。


「ようこそ。こんにちは、山田さん」


男はテーブルに置いてあった熱いお茶の湯のみをつかんで、粗茶をぶちかけた。


「あっつ!!! あっつい!!」


「誰が山田だこのヤロウ! オレは田中だ!! 奥歯に手を突っ込んでお尻ガタガタいわせたろかぃ!!」


「すみませんすみません!!!」


脊髄が折れるんじゃないかという速さで何度も何度も謝り倒した。

表面的には謝っているが、心のなかでは電器屋さんへの怒りがわいていた。

鼻息荒くまた電器屋さんへ乗り込んだ。


「おい!! そこの佐藤!!」


「ああ、お客様いらっしゃいませ。その後いかがですか?」


「いかがもなにもないんだよ! 不良品をつかませやがって!

 このメガネで書かれている名前はめちゃくちゃじゃないか!

 思いっきり間違えて、めっちゃ怒られたんだぞ!!」


「不良品なんてめっそうもない」


「どうせお前が佐藤だっていうのも、本当は嘘なんだろう!」


「嘘じゃありませんよ。ほら免許証を見てください」


「あ……本当だ」


免許証には佐藤という名前がちゃんと書かれていた。


「おかしいなぁ……。このメガネが不良品じゃないならどうして間違えたんだろう……」


まるでキツネに騙されたような腑に落ちない気分。

その足で家路につくと、視界には今日死ぬほど見た「山田××」という名前が表示された。


(田中様がちかくにいる!?)


慌てて襟を正し、背骨が変形するほどのお辞儀の準備をする。

けれど見知った名前は視界のはしっこに映るだけで動いていない。


バスでも待っているのかと名前の先を目で追う。

そこは生首専門店だった。


ショーケースに並ぶ生首の一つに「山田××」というものがあった。

顔認識で顔の横に同じ名前が表示されている。


「これって……?」


ガラスを眺めていると店員がやってきた。


「お客さん、その生首がほしいんっすか?」


「ほしいとかじゃなく、取引先の人の顔なんだよ。

 まさかここで首を切られて死んでしまったのか……!?」


「そんなわけないでしょう。首をすげかえてるんでしょう。

 中年のお客さんに多いんっすよ。若い頭にする人」


「そういうことか……」


顔認識メガネはけして壊れてなどいない。

なのに田中の名前を、山田と表示されていた。


それは田中さんが山田の首を取り付けていたに違いない。

だから名前と顔が一致しなかったんだ。


「で、お客さんは生首買うんっすか」


「買うわけ無いだろう。だいたいね、親からもらった首をすげかえるなんて信じられない。

 ブサイクでもハゲでも自分の顔と向き合うべきなんだよ。

 別の首をすげかえるなんて、現実を受け入れられない人がやるものだ」


「はぁ……まあ、そう思う人もいるっすね」


「とにかく、私は生首なんていらないし、そんなものを必要とする人にも関わりたくないっ」


ぴしゃりといいのけて生首専門店を離れた。

上機嫌で家に帰ると、早めの帰宅に妻も驚いていた。


「あなた、今日はずいぶん早いじゃない」


「君の顔が見たくなったんだよ」

「あら嬉しい」


たまには新婚のときのようなアツアツな関係になりたいと思い、妻にキスをしてから愛をささやいた。


「愛しているよ、優子」








「私は雅美よ」


鬼の形相となった妻からの説教地獄がはじまった。

いつから妻の首がすげ替えられていたのか、思い出すことも確かめることもできなかった。

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