冒涜と契約
木霊する声、騒がしい足音、程なくして現れた四人は部屋に溢れるお宝に目を輝かせる。
「こいつぁ、寄り道して余計なもん拾ってる場合じゃなかったなおい」
ケルズス、腋に抱えて持ってきた半裸の女性の石像を傍らに置いてから、金貨の山を見回す。
「これはこれは、これだけ財宝を死蔵していれば財政難にもなりますよ」
マルク、言いながらもすでに腰を曲げ、金貨を摘み上げ、吟味し、拾い集めている。
「嘆かわしい。金品に目が眩み己を見失うとは、修行が足らんな」
ダン、その手には近衛兵の兜を逆さにしたカップを、さも大事そうに抱えていた。
「ヨシわかった。じゃあおめぇはいらねぇんだな」
「そう言うことですよね。それからもう少し離れてください」
ケルズスとマルクに言われてダンは露骨に慌てたの表情を見せる。
その横をすり抜けてトーチャ、ひょろりと飛んできて、積まれた金貨の上のカップを拾い上げると無言で来た道を戻っていった。
四人、相変らずの傍若無人、ここが聖域だと知らないのか、自由だった。
その姿、いつものリーアだったら怒鳴りつけてるところ、だけども状況が状況だからか、本来浮かべてはいけない笑顔を壁てしまっていた。
それを見られたのか、精霊がその黄金の体を震わせる。
キーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
途端に響き渡る金属音、耳に刺さる不快な音はまさしく精霊の怒りを鳴り示していた。
「なんだ終わっちまったか?」
カップをどこかに置いてきてトーチャが戻ってくる。
「なるほど、流石に聖域、もう精霊が実体化してるのですね」
金貨をしまいながらマルク、やっと杖を構える。
「はぁん。こいつぁ元気じゃねぇかぁ」
笑いながらケルズスもやっと剣を引き抜いた。
「これは、倒してしまっていいのか?」
兜をそっと金貨の上に置くダン、それから不思議そうな表情で訊ねる。
それにリーアがだめだという前に残り三人が応える。
「だめに決まってんだろ。俺っちがやるんだから邪魔すんな」
「できないことは言わない方がいいですよ。それから手を洗いましたか? でないならあの猫と同じ場所へ」
「おうおうおめぇもな、俺様の活躍を端っこで見学してな」
「よくわかった。倒していいなら倒してしまおう。そのついでに楽しませてもらおうか」
「だめよ!」
やっとリーアが口を挟めた。
「これは、彼は、精霊よ! そしてこれは妾と、国との契約よ。それをややこしくしないで!」
「そのことなんですがね」
マルク、余裕を持って窘めるように眼鏡をクイっとやる。
「精霊との契約をする際、人の方が行えることは二つ、与えることと奪うこと、魔力の供給やここにある供物は前者ですね」
そう言って足元の金貨を足で蹴る。
「それに対して提供されるのが魔法ですが、その価値がないと示すのが後者です」
「何よそれ」
わからないリーアに、マルクは笑って見せる。
「要は、この場でボコボコにしてどちらが上かわからせればいいんですよ。あなたのご先祖様もそうやって王様になったんですよ」
そう言ってマルクは杖を構える。
「モチロン途中での再契約もありだ。俺様のこの手もそうやって手に入れた」
ケルズス、自慢げに黄金の右手をかざして見せた。
「お前んとこの近衛は無理だと諦めちまってたみたいだけど、そいつら潰した俺っちなら余裕だぜ!」
トーチャ、赤く燃え上がりながらくるりと飛び回る。
「だから、貴殿は死ぬ必要はない。マロがそいつを倒す。問題は解決だ」
ダン、まっすぐリーアを見つめる表情には嘘は見られなかった。
そんな自信に溢れた四人を見て、リーアは、ひょっとしたらと思ってしまう。
その頭上に黄金の輝きが煌いた。
振り向くリーア、そこにはいつのまにか目前まで迫ってきていた精霊、その黄金の右腕が振り上げられていた。
先端は鋭い。針とも槍とも剣とも形容できる手の先を真っすぐ振り下ろす最中だった。
それと同時にリーアが目にしたのは、天井から垂れ下がる無数の水触手だった。
まるで、下品な例えながら、滴り落ちる鼻水のように、粘り気を持ってしなり、うねり、黄金の両手と首に巻き付き拘束する。
「まだ話している最中だというのに、礼節を知らない精霊のようですね」
余裕を見せるマルクの表情、だけどすぐに曇る。
同時に、音もなく触手が千切れていく。それだけの力、発揮する精霊の右手が再び振り下ろされ、鼻先少し前を掠めた。
そうさせたのはダン、素早く背後まで駆け寄り、あの二本指、人差し指中指立てて襟首引っ掛け引き倒してその身を守って見せた。
同時に倒れたリーアを跨ぎ、前に、精霊に対峙する。
「それでは数えてもらおうか」
ダン、呟くと息を呑み、そして飛び掛かる。
ブベギン!
同時に残像となる両腕、いつか見せた連撃、だけども精霊は微動だにしなかった。
「アイッチャー!」
遅れてダンの掛け声は、実は悲鳴だった。
リーアを跨いだまま重心だけ退くダンが凄い顔で見つめる両手、左右の人差し指中指、べっきりと折れていた。
「退いてろ!」
ケルズスの声、反応して身を屈めたダンの上を掠めるように降られた大剣、雷纏った本気の横薙ぎが精霊の顔面にめり込んだ。
否、めり込んだのは大剣の方、精霊の顔はそのままに、金属の塊のような剣の刃がメコリと凹み、変形していた。
「なんて硬さだおいぃ」
「今度は俺っちの番だ!」
ケルズスの愚痴に重ねるはトーチャ、全身を赤い炎に包んで、精霊の真上からほぼ垂直に、まるで落雷のようにその頭部へと落ちた。
「燃えろ全部燃えちまえ!」
直撃と同時に吹き上がる炎、それが頭上より大剣巻き込み下がっていって、終には足元まですっぽりと覆う大火となった。
見るのもつらい熱気、足元に転がる金貨がとろけてるのがわかるほどの高熱、だけども、精霊のシルエットに変化は見られず、平然と動いて見せた。
「不味い!」
叫んだのはダン、同時にその二本ずつ指の折れた手でリーアを抱きかかえる。
そして世界が揺れて、気が付けばリーアの体に衝撃と痛み、戻った視野が目にしたのは精霊に吹っ飛ばされた後だった。
「これは、参ったな」
覆いかぶさっていたダン、退くとその背中に赤黒い火傷、同時に鼻につく嫌なにおいが漂う。その表情、苦痛を食いしばっている表情だった。
「クッソ助けちまった」
愚痴るのはケルズス、その厚手の鎧の背中部分がごっそりと削り取られている。そして前川、抱えていて今しがた捨てたのが呆然と立ち尽くしていた偽姫だった。
「熱の追加ダメージは、こいつのせいです」
不機嫌さを隠さないのが丸く、歪んだ眼鏡をクイッとやるも、その両の鼻の穴からとめどもなく鼻血が溢れていた。
「チックショー! どっかの馬鹿が水ぶっかけてたから焼き殺し損ねたぜ!」
やたらと元気なトーチャの声、位置から察するに弾かれてマルクに激突したらしい。その体は、小さすぎて怪我の有無までは見えないものの、弱弱しい跳び方から無事ではないだろうとわかってしまった。
四人の同時攻撃、その全てを受けた精霊は、にもかかわらずダメージの一切が見られなかった。
やっぱり、ダメだった。
精霊、一国を支える存在、そんなの相手に、いくらこの四人でもかなうはずがない。
どうする?
今からでも生贄で許してもらう?
けどそれはこれまでの分、ここでやらかした分はまた別の何かが必要?
既に諦め、次を計算するリーア、それを置いてダンが立ち上がる。
「不甲斐ない。マロがここまで未熟とは、修行が足りな過ぎた」
それに応じるようにケルズスも立ち上がる。
「はぁん。しょうがねぇ。一騎打ちは今んとこ、そっちの勝ちってことにしといてやらぁよ」
ブゥ! 右の鼻を指で押さえるマルク、息を噴き出し鼻血を追い出す。
「これは、この手ばかりはやりたくないです。ですが、他に手が無いのも事実、ここは、我慢するしかないんでしょうね」
三人の言葉に、トーチャがふわりと浮かび上がる。
「いいぜ。しょうがないぜ。やってやるぜ。我慢してやるぜ。これっきりだぜ。特別だぜ」
トーチャは嬉しそうな声で続ける。
「喰らわせてやるよ。俺っちとその下僕三人の、合体技だ」
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