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「すまないが、合体技とはなんだ?」
ダン、根本を覆す質問をする。本気なのか冗談なのかはわからないけれど、折れた人差し指中指を残る親指薬指小指で掴んでまっすぐ戻す作業は、表情見なくとも痛そうだと伝わった。
「あれですよ。ちょうど一年ぐらい前の、定例バトルロイヤルでのこと、思いっきり盛り上がった挙句に全部台無しになって酷い目にあったじゃないですか」
マルク、説明しながら止まらない鼻血を袖で拭う。その際、本人は気が付いていない様子ながら、粘り気のある赤がその手や杖に触れると、そこに残っていた水の雫と混ざって蠢き、うぶ毛のような細かな触手が蠢いて背筋が凍る光景となっていた。
「無理もねぇよ。こいつぁ、巻き込まれただけであんときはなぁんもしてなかったからなぁ」
ケルズス、ボロボロになった鎧を剥ぎ棄てる。露になったのはぶ厚い胸板、下に何か着ているのかと見間違えるほどビッチりと這えた胸毛が、これはこれで背筋の凍る光景だった。
「あん時は急に来たから対応どじっちまったが、ちゃんと来るってわかってりゃ何も怖くなんかないぜ。今度こそちゃんと制御して見せるぜ見てろよ見てろよ!」
トーチャ、三人の真ん中にふわりと浮かぶ。その声、その動作、どこか嬉しそうで、ワクワクしている感じがした。
「ひょっとして、あれのことを言っているのか?」
「そうです。あれが何だかわかりませんがあれです」
「おいぃ、早くしろ。おめぇも一応いなきゃ危ねぇんだからよぉ」
「早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ」
「危ない来てる!」
この期に及んで揉め続けてる四人、その間を割り込みリーアが指さした先、無視され続けてた精霊がノシリとこちらに来ていた。
「あぁもうやんぞ!」
ケルズスの号令、同時にリーアを背後へと投げ置くと、四人準備に入る。
「Skydda denna fjäderbugg!」
叫ぶマルク、同時に水触手が沸いて絡んで、トーチャを捕らえるとぐるりと巻き付き水球の毛玉となってふわりとダンの前、膝の高さに降りる。
「びばだ! ばれい!」
ブクブク水の中、泡と共に絶叫するトーチャ、それにマルクの視線から、次はダンの番らしいのだけど、肝心の本人がどうしていいかわかってない顔をしている。
「はぁん。どうせ途中まで暇なんだ。手伝ってやらぁ」
アワアワしてるダンの背中にケルズス、その黄金の手を添える。
「受け取れ筋肉の祝福だぁ!」
バチバチバチバチ、途端に騒ぐ雷鳴、黄金の籠手から発せられる電撃がダンの体で暴れ狂う。
「今です! これ蹴飛ばして!」
マルクの指示にダン、激痛と驚きに目と歯茎を剥きながらも従い、思い切り右足を後ろへ引いてケルズスの股間を蹴り上げ、そして反動乗せた全力蹴りで、トーチャの水玉を蹴り飛ばした。
バウン!
その反動、まき散らされる風圧、吹っ飛ばされたトーチャ入り水玉が水の尾を引いて、まるで彗星のように、まっすぐ突っ込む先は精霊だった。
そして激突、両手広げた胸の真ん中に抉りこむと、あれほど攻撃の効かなかった黄金の体を一瞬浮かせ、さらに数歩分後退させた。
けど、そこまで、精霊は踏みとどまり、その体にダメージは見られない。
失敗、に見えるけれども、マルクは平然としていた。
「ご存知ですか? 水って灰なんです」
訳の分からないことを言い出すマルク、それでリーア、壊れたんだと思った。
「水素というガスが燃えて残るのが水、もう燃え尽きた後だから燃えないんです。だけど水の凄い所は、灰なのに元に戻せるんですよ」
チラリとリーアに振り向くマルク、その眼鏡は反射で光って目は見えない。それがよけに壊れた風に見せる。
「それに必要なのは雷なのですが」
「わぁってる、急かすな」
応えたのはケルズス、全身の毛を逆立てて固まってるダンを横に押しのけ、股の間を左手で押さえながらよろよろと前にでて、そして未だに残っていた水玉の残した水の尾に、その黄金の籠手を漬ける。
「お嬢ちゃん、こいつぁ世にも珍しい電気分解ってやつだぁ。強力な雷使えなきゃ見られねぇ現象だぜ!」
強めた語尾と共に発せられる雷、輝く蛇となって水の尾を辿り、そして先端水の頭へと到達するや弾けた。
シュパン!
思ったよりも地味な爆発、煙の代わりに白い霧、威力もそれなりで、やはり精霊にダメージは見られない。
「そして、分解された水は、また燃える」
マルクが眼鏡をクイっとやるとそれを合図にしたかのように白い霧が閃光に変わる。
「思い、だした」
リーアの横にふらつきながらダンが立ち並ぶ。
「貴殿らが魔法で打ち合い混ざり合い、次の瞬間大爆発、次の定例バトルまでベットから抜け出せなかった」
ダンの言葉にリーア、目を見開く。
「ちょっと待って! ここ地下よ! 爆発とか落盤するじゃないの!」
「だとしたらもう手遅れですよ。どうやら今回は、上手く行ったようですね」
マルクがのんきに言うのとほぼ同時に閃光が、まるで煙が吸い上げられるみたいに、収縮していく。
それを前にマルク、にやりと笑う。
「魔法の基本は呼び出し、操る。そしてそれを妖精は呼吸するようにやってのける。爆発も炎なら操れるのが道理、そして拡散してしまう威力を再圧縮すれば、まぁ強いですよ」
勝ち誇った声、それに呼応するように全てが晴れて、残るのは精霊、その黄金をさらに輝かせる眩い光、その中心にトーチャがいた。
「はっはー! やったぞ見ろ! 爆発全部食ってやったぜ!」
嬉しそうに叫ぶトーチャ、その輝きは太陽のよう、だけども不思議と熱は感じられず、むしろ涼しいぐらいだった。
普通ではないトーチャの姿に、戸惑うリーア、だけど精霊に迷いはなく、その鋭い右手を振り下ろす。
それはダンとケルズスの巨体を吹っ飛ばした一撃、だけれど、トーチャは避けないどころかそのまま受ける。
けれどもトーチャの小さな体は浮かんだまま、微動だにもせず、ダメージもない。
ダメージがあったのは精霊の方、吹っ飛ばすどころか逆にその右手が当たり負け、いかなる高熱か、どろりと溶けて曲がっていた。
それを前に、トーチャが笑ってるのはリーアにもわかった。
「ちゃちな攻撃だ。本当に精霊か?」
トーチャ、言うやその右手を突き上げると拳を精霊に向けた。
「いいか? 攻撃ってのはこうやるんだぜ!」
そして閃光、放たれたのは光線、一瞬目が眩んだ後、リーアが見たのは上半身がとろけて飛び散った精霊の変わり果てた姿に、その前で光を失い、へらりと落ちるトーチャの姿だった。
「あぁ、やったったぜ」
満足げなトーチャの声、どちゃりと足元の金貨の上に落ちて寝そべった。
決着だった。
ほっとしてるリーア、そして遅れてやっちゃったことの重大さに血の気が引いていく。
どうしよう。精霊、倒しちゃった。
目をぱちくりさせるリーアの横でマルクが眼鏡をクイクイやる。
「心配はないですよ。精霊は実態を持ちません。今はただ仮初の肉体を失っただけ、それを与えるというだけでも十分交渉になるでしょう」
四人の内、一人だけ元気なマルク、そこへ無事だったモカとモコが襲い掛かった。
「ちょ! 今! 今ですか! 今はそうの段階終わってるでしょ!ちょっと!」
慌てて触手を這わせて身を守るも防戦一方となっていた。
そこにふらつきながら参戦するケルズスとダン、ギッタンバッタンやってるのを背にしながら、リーアは崩れ落ちた精霊から目が離せなかった。
と、足元、金貨の上に蠢く黄金、それが精霊の千切れた頭部だと気が付くのに少しかかった。
それでもぴくぴくと、弱弱しく動く黄金に、リーアは一歩退いてスカートを左右に広げ、改めて頭を垂れた。
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