人のもの

「まさか、泣いてたのですか? 円グラフ」


「何を言う。マロが泣くわけがなかろう。これは、長い間暗い所にいて目が明るさになれてないだけだ」


 トーチャが打ち倒した巨人、サタジットの崩した城壁に、集まる二人、城壁上より倒した弓兵やスノーノイズからの略奪品を両手に抱えて触手で降りてきたマルクが、内部から這い出てきた涙目のダンと合流していた。


「はぁん。そっちはずいぶんと楽だったみたいだなぁおい」


 そこへケルズス、軽く息を切らしながらやってくる。額には汗が光り、それを拭うと汗と共にそれ相当の抜け毛が張り付ているのをみて凍り付く。


「いや、これは、あれだ。俺様は、ハゲてねぇしぃ」


「勘弁してくださいよ少数点」


 取り乱し始めたケルズスにまたかとため息をつくマルク、そこへ最後の一人、トーチャが降りてくる。


「おい。お前ら、俺っちを囮に使いやがったな」


「そんなわけなかろう」


 いきなりの言いがかりに涙を拭い終えたダンが応じる。


「囮とは、目立ち、脅威と見なされ、引き寄せる餌に他ならない。貴殿にその脅威が微塵でもあるか?」


「あ? 俺様がどれだけ注目浴びてたか、そこで寝てるデカぶつに聞いてみろや」


 変わらずもめる四人、だがそれが急に顔を上げ、ほぼ同時に上を、崩れて露になった城の上部四回当たりに目を向けた。


 そこには獣のような人影、両手をついて下を覗き込んでいるモコの姿があった。


 無表情の老婆の顔、見られたと知るやすぐさま顔を引っ込め奥へと消える。


「……誘ってる、んでしょうね比喩的表現」


「はぁん。なら、乗ってやるか」


「逃げる時間を稼ぐ散弾かも知れん」


「おい、俺っちの囮の話スルーしてんじゃねぇぞゴラ」


 ぶつくさ四人、瓦礫を乗り越え城の中へ。


 壁の一面が崩れたとはいえ中の大半は無事、だけども警備の関係か各階ごとの階段は離れた場所にあり、四階まで上がるのにそこそこあるかされた。


 道中に妨害は無い。それどころか人の姿もなく、他の救助に回っているのか、あるいは邪魔の入らないようにとの配慮なのか、そうまでして誘い出されたのはあからさまに豪勢な両開きの扉、ケルズスが蹴り破れば中は別世界だった。


 広い広い広い部屋、普通の一軒家なら四件は入る広大なスペース、天井は二階分はあろう高さで、床は磨かれた白黒の石を細かく並べて幾何学模様を描いてある。左右の壁には太い柱が並び、その間には大ガラスの窓がずらりと並び、外の光を取り込んでいる。


 そして一番奥、階段三つを登った赤いカーテンがまとわりつく壇上に赤い布を張られた金細工の椅子が三つ、並んでいた。


 謁見の間、王が、この国の場合は女王が、謁見するための特別な部屋、入るどころか見るのも初めての四人でもそうに違いないと思えた。


 ならば並ぶ椅子は玉座、その中央、一際大きく立派な椅子、一番の権力者が座すべき椅子に、白色の飾り気もボリュームもないワンピースのスカート、そして何も穿いてない足を優雅に組んで座るのは偽の姫だった。


 そしてその前、壇の下左側に控えるのはモコ、そして右側にはモカが、そしてその手にとらわれているのはわかれた時と同じ服装なリーアだった。


 そのリーア、四人を見るなり一瞬顔をほころばせ、だけどもすぐに引き締める。


「何よ! 何で助けに来てるのよ!」


「勘違いしないでいただきたい」


 リーアの驚きと、それと隠し切れない嬉しさとが混ざった声に、ダンは右手の掌を差し出し止める。


「マロはただ、あの時受けた近衛騎士団からの屈辱を返しに来ただけ、あれほどの酷い言葉を投げつけられて謝りもしない自称姫などを助ける義理は無い。一応、言葉にしなければ伝わらないらしいので念のため、伝えておく」


 厳しい反応に言葉に詰まるリーア、そこへ追い打ち、マルクが続く。


「まったくもって、珍しくその通りですよ。そもそも僕が浮けた依頼は、あなたを姫として認定させること、それはそちらの、今の姫様からのお言葉でほぼ終わっています。それから後のいざこざは別料金、関与するものではないのです。まぁ、僕は頭が悪いので、これで合ってるかはいささか自信はありませんがねぇ」


「はぁん。まぁそういうこったお嬢ちゃん。俺様はリベンジ果たして、城門突破の伝説作れて大満足だぁ。今晩は美味い酒が飲めそうだぁなぁ」


「じゃあな。あばよ。ざまぁみろ。俺っちは帰る。お前は残る。逃がしちまったのがどれだけ出かかったかたっぷり後悔してなってんだ」


 言うだけ言って背を向けて本当に返ろうとしてる四人に、唖然として声もでないリーア、そこに笑い声と手を叩く音、偽姫だけが爆笑していた。


「いいですね! ホント、素晴らしいです! 小国とは言え、その王城にたった四人で殴りこんで! 近衛騎士団壊滅させて! それでなんですこのオチは! ここまできて! 囚われの姫を助けないとか! 本当に、現実って楽しいですね!」


 続く笑い声には、上品だけど、侮蔑を含む音色があった。


 それが気に障った四人、立ち止まり振り返り睨みつけると、それに気が付いた偽姫がポンと手を叩いて笑いを納める。


「あなたたちは本当に素晴らしい。だからこそ何も知らないこの小娘が色々できたわけです。本当に本当に、素晴らしい。欲しくなっちゃいました」


 ペロリと舌を出し、蠱惑的に笑う偽姫に、そこから何を企んでるか察したリーアが声を上げる。


「やめなさい!」


 だけども偽姫は止めず、その右手指先を立て、中指に光る指輪の赤い石を四人へ見せつける。


 そこからのこと、察して四人同時にバラバラに行動委出すも、偽姫の方が腹かった。


「Yiba owami」


 短い呪文、赤い閃光、謁見の間を赤く染め上げる中、ただ一か所、リーアの周囲だけが青く反射していた。


 光源はその胸元のペンダント、いつか誰かが言っていた洗脳よけのアーティファクト、それがこれだったと思ううちに光は終わっていた。


 そして、四人も逃れられていなかった。


「さぁ、あなたたち、もっと近くに来て、そんなところにいては私の声も届かないでしょう?」


 お願いのような命令に、四人、まるでそよ風に吹かれた木の葉のように、フラフラとこちらへ、玉座へ、偽姫の元へとやってくる。


 その目は虚ろ、まるでいつものダンのような思考の抜け落ちた表情、魔法にかかっていると、リーアにもいやがおうにもわかった。


「素晴らしいでしょ? こうやってあなたのお父様もお母様も、私のものになったんですよ?」


 挑発的な物言いに睨みつけようとしたリーア、だけどそれより先、引っ張られ、部屋の中心、玉座と四人との間に、雑に放り出された。


 突いた手と肘と、ぶつけた顎とそれ以外とが痛む中、それでも起き上がったリーアの目の前に、四人は迫っていた。


「最初の命令よ。いえ、これは私のものになったご褒美かしら? 今、この場で、この小娘に思い知らせてあげなさい。方法は、お任せしますわ」


 ……思わず振りかえったリーアが見たのは、底知れない悪意に溢れた偽姫の邪悪な笑顔だった。


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