何もかも焼き尽くしてやるぜ!

 当然ながら、城にとって表門は顔だった。


 それもただ建物の顔と言うわけではなく、国民には威光を、来客には威厳を、住まう王には威信を与える、国としての顔だった。


 だからこそ、体面を保つため、必要以上に化粧をする。


 磨かれた鉄格子の門は城壁と同じ高さ、ただの開閉に二十人力を必要とする大掛かりなもの、その左右を挟むように置かれた本物そっくりの二頭の獅子の石像、控える門番もピカピカの鎧を着せた男前を揃え、まさしく絵にかいたような、実際には絵にかいても恥ずかしくないような、綺麗な体面を整えてある。


 その門の正面は行軍にもパレードにも使える幅広の大通り、石畳を敷き詰められた左右の角には警察騎士団の本陣に国営銀行、各庁本部、さらには各国大使館がずらりと並んでいた。


 それぞれの建物に用事のある人と表門を見学に来た観光客、そこそこ混雑する大通り、正にこの国の権力の中心でトーチャが怒鳴っていた。


「おらぁ! 殴りこみじゃあ! かかってこいやぁ!」


 小さな体から発せられる大きな怒鳴り声、飛び回るその姿はかなり目立つ。


 しかし怒鳴られている方、表門の門番は無視を続けている。正確には、洗脳の影響下で侵入者への対応以外の考えが抜けているだけなのだが、反応しないのは同じだった。


「ビビってんのか? あ? ビビってんのかおりゃああ!」


 ガラの悪すぎる怒声に無関係な者たちはそそくさと距離を取り、警察騎士は飛び出すも城の警備は管轄外、縄張り意識よりも怠惰を取って傍観を決める。


 結果、かなり長い時間、トーチャの怒声は続いていた。


 ……四人で別々に襲撃することになり、真っ先にトーチャが声を上げて、正面を取った。


 理由は一番目立つから、戦略性やら利便性やら細かなことをどう並べようとも結局一番の顔を潰されるのを相手は嫌い、だからこそ一番強い兵がいるに決まっている。


 単純明快な思考、そして真正面にたどり着き、怒声を、トーチャなりの挑発を繰り返していた。


「良いからさっさとかかってこいや!」


 襲撃という不義を行いながらも手を出すのは相手が先、変なこだわり、だけども空回りして、襲撃の時間は他三人とほぼ一緒だったというのに、だけども未だに怒鳴る以外してなかった。


「なんだよ。ちっともやる気ねぇな」


 怒鳴りつかれたトーチャ、反応の無さにやっと気が付いたころ、周囲が騒めき出す。ただしそれはトーチャとは別の理由からだった。


「襲撃?」


 呟きは白革の鎧の男、傍観してた警察の一人からだった。当然ながらその恰好はキッチリしているが、ただその表情は弛んだものだった。


「裏門です。どうやらもう突破され、内部に入られている様子ですが、どうします?」


「中は管轄外だ。だが、あれは別だ。確保の準備を、小さいから虫取り網がいるな」


「は。ですが、あの酔っ払いが何か?」


「タイミングを見ればあれは囮だろう。どうせはした金で雇われた何も知らない使い捨てだろうが、それでも税金分仕事しないとな」


 ボ。


 トーチャが燃え上がる。


 酔っ払い? 雇われ? 使い捨て?


 挙句に自分が囮に使われてると知り、キレた。


 これまで怒声に回してた力を火力に変え、遅れて反応した警察たちを置いてけぼりに、そしてまどろっこしいのを飛ばして、中へ、表門へと突撃する。


 これにやっと反応示す門番たち、だけども皮肉なことに今度はトーチャの方が眼中に納めず、無視して突っ切っていた。


 表門入った先は石像並ぶ広場、そこからまた次の門に門番、それを抜けて長い通路、左右の高い壁丈夫に弓兵、抜けて三番目の門までの一切を無視してトーチャは突っ切る。


 そして三番目の門を抜けた先にまた広場、今度は何もないまっ平らな石畳の奥、城の本体の前に立ちふさがるは巨大な人影、あの時の巨人、名前は確かサタジット、城壁や城とほぼ同じ背丈、分厚い巨体を板金の鎧で包み、頭部は鉄面で隠していた。


 そしてその手の大きな諸刃の斧をまた扇のように持ち構え、金槌のようにトーチャへと振り下ろしていた。


 迫る影はもはや天井、常人でも紙化不可避の圧倒的物理攻撃を前に、粋がるトーチャも回避に入る。


 突入した勢いをなお加速させ、斧の下より抜けると同時に背後から爆風、斧に押しつぶされた空気が押し飛ばされて奔流となり、トーチャの小さな体をもみくちゃにする。


 これで、あの時やられた。


 思い出すは吹き飛ばされてガラス窓に突っ込んだ苦い記憶、それを燃料になお燃え上がり、風を無視して上空へと跳ね上がる。


 登って登って、そうしてやっと妖精のトーチャと巨人のサタジット、同じ目線となった。


 ……巨人は、この地よりはるか南方の大陸に住まう少数民族だった。


 その地では太古の恐竜や巨大な昆虫、原始の森が広がる人には巨大すぎる大地、そこで強くたくましく生きている彼らは、その巨体だからか文化技術は石器時代で止まっており、文字すら持たない蛮族だった。


 彼らが北上しないのは間の海を渡れないからだとも、生態として魔法が使えないからこちらを恐れているとも言われているが、実際のところはその腹を満たせるほど食料がない、そう思われてるからだというのが通説だった。


 それでも、全くわたってこないわけではない。


 ごく少数ながら確実に北上し、こちらの文化に馴染む者たち、中には先祖代々暮らすものも存在している。


 彼らは己の過去について語りたがらない。過去を残す文化が乏しいというのもあるが、その内心に南方で生きてはいけずにこちらに逃げてきたという負い目が少なからず関係していた。


 巨人族の中では弱い方、それでも一人で百人の働きをし、規格外の巨体は他種族の追随を許さない。


 一つの例としてボクシング、種族、体重による区切りを撤廃した無差別級でさえも巨人の参加は禁止されていた。


 唯一の弱点として装備の作りにくさ、大きさに比例して材料の必要量が増え、技術も事情で跳ね上がる。それをクリアしたサタジットに弱点は無かった。


 対して全種族中、最小の妖精のトーチャ、体格比は人と蟻に等しい。


 それでも臆することなく燃え上がる。


「おい。ちょっとばかしでかいからっていい気になってんじゃねぇぞおら。おい。聞こえてんなら返事しろや!」


 怒鳴るトーチャへ、サタジットはまさに虫を追うように斧を振るう。


 これを距離を取ってかわすトーチャ、吹きすさぶ暴風、燃え上がる炎が風に流されどこまでも伸びる赤い線となる。


 けれどもトーチャ、風に抗いその点で止まった。


「いいぜ。全力だ」


 ボゥ!


「何もかも焼きるしてやるぜ!」


 赤い炎が一層燃えて輝き光球に、まるで太陽がもう一つ増えたかのように明るくなった。


「モードチェンジ☆プロミネンス☆ギガンテス!」


 ドン!


 重い熱風が全てを叩く。


 瞬時に季節が変わったかのような高熱、乾燥、だけどもそれらが些細に思えるほどの、光、城の上空にて光り輝く。


 それは、逞しい男の上半身、赤く輝く半裸は巨人のサタジットを前にしてなお一回り大きい。その姿は実のところトーチャの姿を引き伸ばした炎の像だった。


 その炎象が構える。


 開いた左手を前に突き出し、右手の拳を顔のすぐ横に引き上げた構えは、全力でぶん殴ると言っている。


 そしてその通り、顔面目掛けてその拳を放った。


 それを前に、驚きも何も見せずに構え直すサタジット、斧を振り上げ、拳の前へ、力任せに振り下ろした。


 炎像と巨人、拳と斧、巨大同士のぶつかり合い、勝ったのは、斧だった。


 赤く煌き形を保ちながらも斧の刃に拳の中指から左右に引き裂かれる右腕、それでも勢いは弱まらず、進み続けるから裂かれる面が広がって、だけどもそのままサタジットの顔面に、割れた拳を叩きつけた。


 カウンター気味に入った顔面パンチ、巨体の首が大きくのけ反るクリーンヒット、だけども、踏みとどまり、逆に前のめりに押し返す。


 その顔面に張り付いたままの拳は、押し返された衝撃に潰れて変形し、最早人の手の形を失っていた。


 像を形作っても炎は炎、熱風としての力場は持っていたとしても、物理的な影響力は燃焼と高熱の他には弱い。それでも打撃と呼べる威力を出せたのは炎としての爆発力と、トーチャのごり押しがあったからに他ならなかった。


 だけどもそれもここまで、顔面に入ったパンチから、その炎像は火花となって飛び散り、消え去っていく。


 はかない光景はどこか幻想的、消え去った炎像のかなからポツリと残るはトーチャの炎、それを前にするサタジットの鎧からは煙なのか湯気なのか、陽炎がたとい登っていた。


 その中で


「へぇ。ちょっとはやるみたいだな。だが次はもっとすごいのやってやるぜ!」


 負け惜しみなのか余裕なのか、まだ喋れてるトーチャ、それを無言で見返すサタジット、だけども次の瞬間、巨体がぐらつく。


「おい!」


 声もむなしく巨体はそのまま倒壊するように倒れ、その先にあった城の本体に凭れかかると石造りの城壁を押しつぶし、凄まじい破壊音と共に瓦礫の中へと潜り込んでいった。


「おいふざけんなこっちはちっともやりきれてねぇぞおい!」


 慌てて怒鳴りつけるトーチャ、だけどもサタジットは動かない。


 それどころか上空から見渡す限りの周辺、城壁上の弓兵たちがバタバタと倒れている。


 その中には炎に触れていないものも多分に含まれている。


 彼らが気を失った理由、それは巨大な炎の発生に伴う燃焼による周囲からの大量の酸素の消失、つまりは酸欠だった。


 その後の上昇気流で新たな空気が入ったとはいえ急激な酸素低下は意識を奪うのに十分であり、呼吸できない状況は巨人も弓兵も等しく苦しいものだった。


 ……その中で一人、トーチャだけ無事だったのはあの魔法が己を炎と同化する妖精における奥義の『化身化』だったからに他ならない。


 だけどもそれを理屈ではなく本能でやっていたトーチャにとっては、ただ周りが勝手に倒れてるだけに見えた。


「ふざけんなチクショー! おい誰か! だれでもいいから俺っちと戦えコンチクショー!」


 残熱残る中での怒声に反応するものは無く、だけども残り三人の耳にはしっかりと届いていた。

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