言葉の重さ
頭のどこかでこうなることは予測できていた。
だけどもあの時早々に当て身を受けて気を失っていたリーアは四人が魔法にかかってとり逃がしていた事実を知らず、その四人も雰囲気で何とかなるだろうと具体t期に何も考えずにここに来ていた。
その結果が、取り込まれた四人の姿だった。
すたり、すたりと、体を引きずるように、だけどふらつかない足取りで迫る四人の姿にリーアは本能的な恐怖を感じる。
何とかしなくては、どうにかしなくては、焦る気持ちに任せて考えを吐き出させる。
逃げるは論外、助けもあり得ない、魔法は無駄だと知っている。ならば戦って、打ち倒す?
……吐き出されても使えない考えばかり、そうしている間にも四人は迫って、そして偽姫の耳障りな笑い声だけが聞こえてくる。
「これはこれは、あなた相当怒らせたみたいですね。以前お話ししました通り、洗脳の効きやすさは燃えやすさ次第、以前から復讐したいと思ってたからこうもあっさり術中に入ってしまう。普通の方々でももう少し抵抗なさるものなんですよ?」
呷る声、いら立ち、だけども振り返るだけでも偽姫を喜ばせそうで、考えてる間に四人に、囲まれた。
焙って来るトーチャ、抜け毛を落としてくるケルズス、眼鏡をクイッとやるマルク、涎を垂らしてるダン、もう見慣れてしまったはずの四人の姿に、リーアは恐いものを感じていた。
「さぁどうです? ここはひとつ跪いて、許しの一つでも乞うてみたらいかがですか?」
……この一言に、リーアは思わず、だけどゆっくりと、偽姫に振り返った。
こちらを見て笑う笑顔に、惚けていたリーアの眼差しに力が戻る。
「嫌よ」
小さく、だけど強く、リーアは声に出す。
「妾は、謝らないわ」
そう言い放ち、囲う四人を突き破るようにすくりと立ち上がる。
「あなたたちが怒ってるのって、結局はあの焼肉屋でのことでしょ? だったら絶対に謝らないわ」
火に油を注ぐ発言、トーチャの火力が上がり室温が跳ね上がる。
だけどリーアは怯まない。その目が炙られようとも大きく見開き、トーチャへと詰め寄る。
「何よ。やっぱりちっちゃいじゃない」
「あ?」
「何よ。だってそうでしょ? ちょっとばかり気に入らないこと言われたらすぐに熱くなって、誰彼構わず噛みついて、いつかは赤ちゃんにまで火で焼こうとしてたわよね? 実力がどうであろうがどんだけ強かろうが、大きな炎だそうが、そんな器のちっちゃい男をちっちゃいって言って何が悪いのよ」
言い終え、今度は背後に迫るケルズスへ、背丈三倍はあるにもかかわらず、まるで自分が下ろしているかのように立ちふさがる。
「何よハゲ」
洗脳中でも傷つく一言、うつろなまなざしのままで開いてる左手で頭を押さえる。その拍子にまたはらり、抜け落ちた毛がリーアにかかる。
「ほらこれよ。妾が言いたいのは」
そう言ってリーア、抜けた毛をつまんで突き上げ、見せつける。
「どんな髪形しようとそれは個人の自由よ。抜け毛だって体質なんだからしょうがないでしょう。けど、だからと言って毛をまき散らしていい理屈にはならないわ。そこまで注意を聞いて、ちゃんとしてから取り乱しなさいよ。その前にばら撒かないよう何とかしなさいよ。汚いでしょ」
ペイ、と毛を捨て次はマルクへと向かう。
「訊くけど、賢いことって何よ?」
それはリーアが言い出したこと、わからないから苦労してきたマルク、むっとした表情、睨みつける。
けれどもやはり怯まなかった。
「知らないなら教えてあげる。答えは『無知』よ。わからないことはわからない。だから知ったかぶりで話さないし、わからなかったら質問するし、それがだめなら持ち帰って調べるの。いい? 賢い人ほど自分が如何に無知かを自覚してるの。だからどっしり構えて余裕を見せなさいよ。賢くなりたかったらそこからよ」
そしてその次、最後に残るダンへと振り返る。
涎を垂らし、惚けた表情、普段と同じに見える表情に、だけども少しだけ、なんとも言えない変化が見られた気がした。
「……別に、修業とかイメージとレーニングとかで集中すること自体に文句はないわ。それで実際強くなってるなら、他も取り入れるべきことなんでしょう。けど、それをやるなら、それをちゃんと周り見て、それでやることをみんなに言いなさい。周りが大変なことになってるのに気が付いたら一人で勝手に夢中になってて反応遅れて、大変なのは自分じゃないの」
良い終わり、四人の囲う中からスタスタと抜け出て玉座へ、そこへ座る偽姫へと向かい、睨みつける。
「妾は姫、妾は王族よ。発する言葉一つ一つがそこらの凡百とは重みが違うの。だから決して間違いがあってはならないわ。もしあったとしても、それを正せるのは妾だけ、決して赤の他人にとやかく言われるようなことじゃないわ」
カツン、床を踏みしめてリーア、改めて四人に振り返る。
「その上で一つだけ、謝ってあげる。ごめんあそばせ、まさか妾の貴重な進言がこうも伝わってなかったとは思わなかったわ。今度から下々にもわかりやすい言葉で話してあげるわ。感謝なさい」
完全に上から目線、謝るどころかふんぞり返る始末、一歩も怯まず振る舞う姿は、愚かしいほどに誇りに溢れていた。
そして、続いて響き渡ったのはケルズスの豪快な笑い声だった。
その隣でマルクは眼鏡をクイっと上げ、ダンは涎を袖で拭う。トーチャはふわり、飛んでリーアの目の前で止まった。
「で? ずいぶんと変った命乞いだけども、終わったか? あ?」
「はぁん。やっぱちっちぇじゃねぇか」
「あ?」
「ちっちゃいですよ。もっと余裕を見せなくては」
「なんだとてめぇ」
「ちっちゃいな。そんなだから子供にも舐められるのだ」
「上等だ。どいつもこいつもチーズみたいにこんがりキツネ色に焦がしてとろとろしにしてやる。そこに並べごらぁ」
これまで通り、元通り、四人、洗脳解けた様子だった。
これに、ガタリと偽姫が立ち上がる。
「まさか、自力で私の魔法から脱したというの?」
誰に対していったかも定かではない偽姫の一言に、四人は笑って返す。
「はぁん。まぁそういうこったな」
「感謝します。貴重な体験、学ぶことができました分数」
「貴殿は、まだそれを続けるのだな」
「もういい。俺っちをコケにしやがったやつは誰であろうが燃やしてやる。それが年端もいかない男の娘だったとしてもな」
トーチャの発言、驚くリーア、そしてそれを認めるように、偽姫の表情が変わる。
笑みが消え、驚きの顔から憎悪が滲み出る。
リーアは初めて自分をマネしてるのではない、本当の偽姫の顔を見た気がした。
「……何で、わかった」
偽姫の、敗北に等しい発言に、マルクが肩をすくめる。
「そんな顔しないでください。ただ僕たちの中にも似たような人がいるので、何となく感じとれたというだけ、一般人なら気が付かなかったでしょうね」
当たり前のように語るマルク、残る二人にも驚きの表情が見えないあたり、気が付いていた、ということなんだろう。
男の娘、話には聞いていた、女装している男子という存在、あまり同じ年頃の男子を見馴れていないリーアだったが、それでもわかるものだと思っていた。
けれど、今目の前にいる偽姫は、リーアに似ているかどうかは別にして、声とか仕草とか、普通の女の子に見える。
そうしている理由、そうなった理由を本人から聞かされていたリーアには、胸に刺さるものがあった。
「つーわけで、お前は焼く。ガキだろうが男は男、売られた喧嘩でぶっ飛ばしても器にはひびかねぇ。だから、ぶっとべ!」
そんな理由知るわけないトーチャ、誰の返事も帰ってくる前に飛び出すやまっすぐ矢のように直進、狙いは憎しみの表情の偽姫、だけども玉座裏より飛び出し、その間に割り込むものがいた。
「わああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
両手を広げ、口を大きく開け、飛び出し、立ちふさがったのは小柄で痩身の男だった。だぼだぼの絹の服に赤いマント、半端に長い黒色の髪は頭頂には生えておらず、その部分に当てはめるように大きすぎる王冠を乗せていた。
「お父様!」
飛び出た男に対し、リーアは思わず叫んでいた。
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